6-2.沙羅と女子生徒を見送った絢哉は時間を持て余していた。
※久々の更新。今後ともひっそりと書いていきます。宜しくお願いいたします。
※改めて推敲すると我ながら悪文であると思う。不要なダッシュ(――)や句読点が目立つし、視点のブレや重複する表現など、目も当てられない。よくこんな出来映えで公募したものだと思う。逆に言えば、これら欠点を克服すれば、更に佳い小説を書けるのだから、気力が湧いてくるというものである。皆様、もう少々ばかりお付き合いいただければ幸いであります。
沙羅と女子生徒を見送った絢哉は時間を持て余していた。
窓辺の安楽椅子に座りながら、火を点けられずにいる煙草を咥え、窓の向こうの一室を見詰める。カーテンに遮られて部屋の様子は分からない。包帯男はまだ眠っているのかもしれない。
絢哉は、煙草を缶に戻すと立ち上がる。
こうしていても仕方ない。
俺は、俺にしかできぬことを為すべきだ。
駐車場に出て、朝に乗り損ねたバイクに跨がると神社まで走らせる。祭りの手伝いに出向くことにしたのだ。何かをしていないと己の存在意義が揺らいでしまう気がしたのだ。立ち止まれば、酸素供給が滞り死んでしまう回遊魚のような心持ちであった。
バイクは神社麓の広場端に停めた。
初めて雪彦と出会った場所である。
祭りも五日目ともなれば、あれだけいた神社への参列もごっそり減り、出遅れたらしい僅かな参拝客が、急な階段を一歩一歩慎重な足取りで進行するだけとなっていた。
絢哉も、彼らを追うように石段を上っていく。裏道を通り社務所まで突っ切ることも考えたが、自分の足で行くべきと思った。神域に踏み入るには、あの鉄馬ではいささか無骨に過ぎる。他の者も良い顔をしないだろうとも。
境内では、いつかと同じく里の子供達が寄り集まって駆け比べをしており、拝殿前には数名の参拝客が並んでいる。
石を積み上げて遊んでいた子供達が一斉に振り向いた。
そのうちのひとり――以前に絢哉を導いてくれた女児が、またも社務所の裏手に続く道を指差して笑みを浮かべる。その親しみ溢れる笑顔をどこかで見たような気もしたが――結局思い出せなかった。
社務所は相変わらず祭りの準備で静かな賑わいを見せていた。縁側に陣取った娘が監督しているのも変わらない。見慣れた光景であった。頭数は、昨日一昨日よりも増えている。だが雪彦の姿はなかった。
昨日の午後、作業を抜けていただけであったが、その間に櫓には華美な装飾が施され、残すところは頂点に人形が居座るだけとなっていた。己が大した役にも立っていないことに若干の引け目を感じた絢哉が立ち尽くしていれば、見かねたらしい娘が寄って来る。
「渡会さん。おはようございます。昨日は、大丈夫でしたか?」
「昨日ですか」
「ええ。昨日は怪我具合のことで院長の診察を受けていたのでしょう?」
やはり調子が優れませんか、と娘は重ねて問うた。
絢哉は、昨日雪彦の方便によって作業を抜けたことを思い出す。
「それでしたら大丈夫です。それより、お伺いしたいことがあります」
「それは構いませんが、長くなりそうですか。もし誰にも聞かれたくない話であるなら、客間までご案内致します。二人きりでお話しましょう」
「いえ、それには及びませんが――それなら縁側をお借りしても?」
「どうぞ。先に座っていてください。お茶をお持ちしますから」
絢哉が呼び止めるのも聞かず、娘は社務所の奥に引っ込んでしまった。大人しく絢哉が濡れ縁に座れば、そう時間もかからず娘と茶がやって来る。
他人へのもてなしを好む性分ならそれでいい。だが事故の責任を感じているのではないかと訝った絢哉は娘を観察するが、彼女の仕草からは何も読み取ることができなかった。
「お茶、ありがとうございます」
「粗茶で恐縮ですが。それで、いかがなさいましたか」
「この里では、本当に死者が蘇ってくれるんですね。話には聞いておりましたが、それが真実だと思いもしませんでした」
「あなたのように外から来た人が、そのように思われるのは無理もないでしょう」
答えた娘は視線で促す。その目は、そんなつまらぬことを言いに来たのではないだろう、と問うていた。
「俺は死んだ恋人に会うために、この里に参りました」
「その件であれば女将さんから話は聞いております。ですが、あなたの願いを聞き入れることはできません」
「ああ、もうそんなことは別にいいのです。その願いは叶いましたから」
「え?」
娘は絢哉を見遣る。
「渡会さん。それは、どういう意味でしょうか」
「紗絵が――俺が死なせてしまった恋人が――蘇ってくれたんです。ですから、俺にはもう参列する理由がなくなってしまいました。ああ勿論、奇跡を起こしてくれた神様への感謝のために参拝はするつもりですが――何をそんなに驚いているのですか」
「いつからですか」
「いつって」
「一体、いつあなたの恋人は来られたのですか」
「事の発覚は一昨日です」
「一昨日――」
娘は考え込むように黙ってしまった。
「確かに、俺は参列も参拝もしておりません。ですから確認したかったのです。直接参拝せずとも、ここに御座します神様は願いを聞き届けてくれるものなのか。いえ、こう言っては何ですが、正式な手順を踏んでいないにも関わらず願いが叶ったことについては正直どうだっていいんです。俺にとって紗絵がいてくれる、それだけで報われた気分になるんです。ですが」
平静を保つため、絢哉は出された湯飲み茶碗に手を伸ばす。
相変わらず味はしなかったが、とても佳い香りであった。
「この件を相談したら雪彦にも釘を刺されました。曰く、俺達に永遠を望む資格はないのだと。一緒にいられるのは祭りの期間だけであると。それについては至上の正論でしょう。そうと理解した上でお尋ねします。彼女が、紗絵が。祭りを過ぎても現世に留まっていたら、どうなってしまうのでしょうか。そもそもそんなことが可能なのでしょうか」
娘はすぐに応えなかった。
しばしの緘黙ののち。
「あくまで一般論になりますが――できますよ」
と応えた。
予想だにしていなかった返答であった。
「できるというのは」
「常世から降ってきた死者は、原則、お祭りの最終日にはまた向こうの世界に戻っていただかなければなりません。此岸と彼岸を繋ぐ門は式年祭のこの時期にしか開かれませんから。ゆえに死者が戻らずに留まるのは禁忌なのです」
娘は、両手で包むように持った湯飲みを傾ける。
「ですが。あなたの言う通り、禁忌を犯した者も確かにおります。愛する者といつまでも共に在りたい、そう思うのは人情でしょう。私とてその気持ちは大いに分かります。ですが――やはりそれは禁忌なのです。即ち、帰る時機を逸してしまえば、もう二度と常世には戻れません。さりとて土に還ることも叶いません。姿形も変わらず、老いることも死ぬこともできず、只々精神を摩耗するだけの――その場に留まり続ける存在に成り果ててしまいます。また、この里から出ることもできなくなってしまいます」
「里から出たら、どうなってしまうのですか」
「消えてしまいます」
娘は即答した。
「文献も残っておりませんから確かなこととは言い難いのですが、ひとつだけ言えることは、禁忌を犯した者がこの里を出て――帰ってきたことなど一度たりともありません。酷なこととは思いませんか?」
「え?」
どこかで聞いた言葉に、絢哉は身が竦んでしまった。
「死者を呼ぶのは、あくまで生きる側の都合でしかありません。あまつさえ、いつまでも共に在ろうとなど。永遠を押しつけ己を看取ってもらおうなど。あまりにも残酷で、身勝手であると私は思います。ゆえに私は」
娘は、猫の様に大きな瞳で絢哉を見詰めたのち。
「此岸を訪った死者の魂をあるべきところに還すことが自然であり、摂理であり、それが生きる側の務めであると考えます。如何に辛く悲しいことでも、涙を堪えてやらねばならぬことなのです」
と結んだ。
嗚呼、俺はあと数日のうちに心を決めなくてはならないのだ、と絢哉は歯噛みする。
二度目の別れが確約されている上での再会など確かに残酷であろう。だが、これは己が望んだことなのだ。今更、泣き言を言える立場ではない。それに、紗絵と会えて嬉しかったのは事実なのだ。
「お願いします。ひとつ、頼みを聞いていただけませんか」
絢哉は堪らずに、娘に問うていた。
「俺は、今の話を聞いても、やはり永遠というものが欲しい。今度は紗絵に看取られながら死にたい。ですから、どうか祭りの最終日は、俺達の背を押していただけませんか。きっと俺は変な理屈を捏ねて泣いてしまうでしょうが――お願いいできませんかね。ああ、そうだ。正式な手順を踏んでいないから分かりませんが、何か特別な作法や神事などはあるのでしょうか」
娘は頷かない。
絢哉が疑問に思うくらい圧し黙ったのち。
「分かりました」
と何かを辛抱するような顔で頷いた。他人の心情に鋭いようで鈍い絢哉は、娘が何を思い眉根を顰めたのかを察するどころか、表情の変化にすらも気付けなかった。
「神事につきましては、特にこれといったものはありません。祭りの最終夜に、こちらにお越しいただければ、それだけで良いのです」
「それだけですか」
「本来、降り人は。常世から来た者達は。自分がどこから来て、どこに還るべきかを覚えているのです。ですからあえて案内することもありません。強いて言うなら見送る側と見送られる側の心構えさえあれば、それだけで良いのです。どうされましたか。何やら浮かぬ顔をされておりますが」
「俺と紗絵の場合、状況が特殊なものですから」
「特殊というと」
「端的に言えば、妹である沙羅の身体に、姉である紗絵の心が宿ってしまったのです。ですから、他の人と同じように彼岸へ還すことができるのかどうか」
「沙羅さんの身体に――」
娘が言葉を詰まらせる。
やはりそんな反応にもなるか、と絢哉は思う。
その時、奥の部屋で呼鈴が鳴った。旧いの目覚まし時計の鳴動にも似たけたたましい音は、いつぞや目にした電話機の呼び出し音だろう。
「電話ですか」
「――すみません、失礼します」
娘は断ったのち客間に消える。
聞き耳を立てたつもりはなかったが、襖越しに聞こえる娘の相槌からは、世間話とはほど遠い緊迫した空気がひしひしと伝わって――絢哉まで緊張してしまった。
すぐに娘は帰ってきた。他人である己が立ち入ってよい領域でもないと決め込んでいた絢哉も、娘の切迫した表情に面食らってしまった。
「大丈夫ですか。何か、悪い報せだったのでしょうか」
思わず絢哉は聞いてしまう。
「いえ、そういうわけではないのですが――私にも状況が掴めてきました。渡会さん。あなたにはこの祭りが終わるまで――十月十日まで滞在していただきます。旅館にはこちらから延長をお願いしておきます」
「待ってください。どうしたんですか急に」
「あなたには、この祭りの代表として、演者をやっていただきます」
娘は言うなり、古びた一編の冊子を絢哉に差し出した。A5ないしB5程度の控え目な規格で、三十頁にも満たぬ薄い冊子である。表紙には『宇霊羅式年祭演者之書』と書かれている。
「これは? それに演者というのは」
「お祭りの時、屋台に乗って台詞を読み上げてもらいたいのです。そのための台本です」
「台詞ですか」
釈然としない絢哉に。
「ほんの些細なお芝居ですよ」
と娘は解説する。
続けて。
「相方の役者は沙羅さんに頼もうかと思います。式年祭最終日の夜――伊邪那美命の屋台に立つ渡会さんは、伊邪那岐命の屋台に立つ沙羅さんと相対します。そこで神々の永訣を再現していただきたいのです。日ノ本の神々ですらも乗り越えられなかった死別の物語をなぞることで、端で見ている数多の死者と、彼らを呼び出した生者を慰める――いえ、納得させるのです。そんな難しいことはありません。台本をそのまま読んでいただくだけで結構ですから」
と諭しにかかる。
「概要は分かりました。しかし、なぜ俺達なのですか。旅館の御令嬢であり、姉を亡くしたばかりの沙羅さんならまだ分かりますが、俺のような余所者が、しかも何度も死にかけた穢れた男など神事には向かないでしょう。他の人も納得しないのではありませんか」
絢哉は想像する。
秋の夜、篝火で照らされ、屋台に立つ紗絵ないし沙羅の姿を。
さぞ立派で誇らしく、また美しい光景であろうが――対面する者が己のような冴えない男であっていいはずがない。髪を不自然な色に染め、耳朶を穿ち、容姿に気を遣いこそすれどもそれは夜の繁華街に馴染むがための偽りの姿でしかない。
言ってしまえば空虚なのだ。本当の自分など、地味で不細工で、とても紗絵のような女優然とした女と並び立てる人間では決してないのだ。良くて臨時雇いの群衆がいいところである。そのような脇役にすらもなれぬ男に大役を持ってくるなど、彼女は何て人が悪いのだろうか――。
絢哉が抗議の眼差しを送れば。
「他の人など、どうでもいいでしょう」
と娘は一蹴する。
「そういう訳にもいきませんよ。俺以外にも適任はいるはずです。交通事故で旦那さんを亡くした未亡人や、火事で息子さんを亡くしてたであろう母親も俺は知っております」
尤も、彼らに演者を頼んだところで請けてくれるかは全く別の話であるが。
いずれにせよ絢哉は、己が表舞台に立つに値する人間であるとは思えなかった。己の出演が、紗絵を――もっと言えば神々を穢す行為にしかならぬとさえ思った。
「他の人ではいけませんか。俺には、とても役目を務めることができないでしょう」
「私は、あなたがいい。あなたほどの適任はおりますまい」
しかし娘は頑として譲らない。
それほど彼女と親しくした記憶はなかったが――というより未だ名前すら聞けずにいるのだから他人もいいところである――物腰の柔らかな彼女にしては珍しい態度であった。
「それは、どういう意味でしょうか」
「お誂え向きだということです。背を押してほしいと言ったのはあなたの方ではありませんか。死別を乗り越える決意を固めるには良い機会でしょう。神代から伝わる神々の遣り取りを再現するのですから」
「それは――」
確かにそうであった。反論を封じられた絢哉が仕方なしに冊子を捲れば、イザナギとイザナミの別れの場面――雪彦に言わせれば黄泉比良坂における応酬だろうか――が台本形式で書かれている。古事記ないし日本書紀の原文そのままではなく、多少の脚色もされているようであった。
文字そのものは随分と古い肉筆――旧仮名遣いで綴られており、読書家を自負していた絢哉にとっても平易に読み進められるものではなかったが、それでも横に鉛筆書きで振り仮名や用語の注釈などといった詳細が記されているため、時間をかけさえすれば十分読み解ける範囲であった。また冊子自体も厚くない。単純暗記を得意とする絢哉には問題なかった。式年祭の度に用いられていたであろうことがありありと窺える歴史ある資料であった。
「では、早速練習をしましょうか」
「え、もうですか」
「悠長にしていられる余裕はありませんよ」
見れば、娘も同じ冊子を手にして、背筋を伸ばし、朗読の体勢をつくっている。心の準備など全くできていなかったが、四の五の言っても仕方がないのは事実である。紗絵と良い別れをするためにも必要なことなのだと絢哉は己を鼓舞する。
「まずは読み合わせを――いえ、読み方の確認から参りましょう。焦らずに、ゆっくりで構いません。本番はこの冊子を持ち込むことは可能ですが、それでは却ってやりにくいでしょうから暗唱を目標としましょう」
「分かりました。では、読みますね」
「ええ、どうぞ――」
読み合わせに一区切りがついたのは空が紅に染まる頃であった。
難読漢字や言葉そのものの意味に躓くことは多々あったが、その度に娘が丁寧に解説してくれた。順調であった。本番まであと何回練習できるのかは定かではなかったが、それでも山車の上で読み上げるまではどうにか漕ぎ着けそうであった。演技力は抜きにして、という前置きがついてしまうが。
「悪くはありませんね。棒読みになる部分はありますが、そこはきっと、本番になれば神様が降りて補ってくれるでしょう。この調子で続けていけば宜しいでしょう」
「そう言っていただけるのは嬉しいのですが」
「どうなさいましたか」
「イザナギとイザナミの役を交代することは今からでもできませんか。俺の立場としても性別としても、どうにも男神であるイザナギの方が感情を入れやすいのです」
いつかぞやの夢ではないが、俺は紗絵に会うためにここまでやって来たのだ。屍人になった姿に驚愕して逃げ出したことも含め、己ほどイザナギに適した人物もいないだろうと絢哉は思う。
「変更は、してほしくありません」
「なぜですか。そもそも、どうして俺がイザナミ役なのでしょう」
「あなたが、ここにいる誰よりも死について知らなければならないからです」
言葉を選びつつ、娘は慎重に答えた。
「それは――」
どういう意味だろうか。
そんなこと百も承知だと言いたかった。
だが、絢哉はあえてその反論を飲み込む。
娘が聞いてほしくなさそうな顔をしていたことだけは分かったのだ。それに、これは己で悩み抜かねばならぬ命題なのだと悟ったこともある。
「これは示唆になりますが――生と死の境界だけは、踏み越えてはならぬものなのです。先程も申し上げた通り、それがこの世に生きる者の在り方――自然の摂理です。黄泉の門が開く時、常世にいる者を呼び出すことはできますが、それはあくまで一時の慰めでしかありません。降ってきた者を繋ぎ止めて永遠と為すことを禁忌と言いましたが、本来我が里に伝わる神事そのものが禁忌であると言ってもいいでしょう。少なくとも、決して有り難がって良いものではありません。自然に散っていった者を一時だけとはいえども呼び寄せてしまうわけですから。両者にとって幸せであるとは限りません。むしろ死別の悲しみが紛れるのはほんの刹那――後に、もっと大きな悲しみに直面してしまいます。あなたは、それを本当に覚悟しておりますか」
絢哉は応えることができなかった。
答えそのものを持ち合わせていなかったのだ。
「きっと。このような祭りなどない方がいいのでしょう。ですが死者を想って、全国から多くの人がやってくる。禁忌だからと。摂理だからと。そう言って簡単に想いを断てるわけがないのは私とて分かっております。この世に留まることはそう生易しいことではありませんもの。でも、今一度考えてください。今にも首から落ちて散りそうな椿の花を――否、既に落ちて地に穢された花を糊で繋ぎ留めたとて、それで何になります。花が死んでいることには変わりありません。それは花に対する侮辱です。何のために生きて何のために死んでいったのかを、残された私達が尊重してやらなければ――」
娘は言葉を探すように黙り込んだのち。
「可哀想ではありませんか」
と乞うように言った。
夕日に照らされるその生白い横顔を見て、絢哉は娘が怒っているのではなく、只々真摯に、生者と死者の両方を憐れんでいるのだと察した。
「勿論、あなたにも言い分があるのは承知しております。どうしようもなくなって、最後の最後に縋るような思いでここに来たのでしょう。今更、死者を呼ぶことの是非を問うつもりはないのです。ですが、どうかほんの少しだけでも汲んでほしいのです。生者の都合で暗い淵の底から呼び起こされる死者の思いを。そして死というものが如何に醜く、奇妙で、穢れていて――生者の国とは混じり合えないということを。イザナギとイザナミの決別は、この国の成立を語った神話ではありません。現代を生きる私達にも十二分に通用する教訓であると私は常々思っております。ですから、あなたにはイザナミを演じていただきます。そして気付いてください。生者と死者のあるべき姿というものに」
いつの間にか祭りの仕度をしていた者達の姿は消えていた。絢哉と娘の二人だけが、赤一色の世界に取り残されてしまったかのようであった。
・女児のどこかで見たような笑顔
・絢哉は女神イザナミ役を拝命する
・降り人は基本的に還る場所を覚えている




