5-4.「紗絵君の遺した日記なのだが」
「紗絵君の遺した日記なのだが」
絢哉と同じく煙を吐き出しながら雪彦が言った。
「その日記は、一体どれだけの期間、一日にどれだけの文量があったのだね」
「期間は、紗絵が高校一年になる年の元日から、彼女が死ぬ前日の五月九日まで。所謂三年日記というやつだよ。文章量は――どの日も空白がないくらいにびっしり書かれていたのだから原稿用紙一枚程度だろうな」
「なるほど。日々の記録にしては中々の量だな。では内容のほどはどうかね。何か特徴のようなものはあっただろうか」
「特にこれといったものはなかったように思う。万年筆で書かれた、事実とそれに伴う所感を素直に、そして誰にも分かるような平易に書かれた――如何にも彼女が書きそうな日記だったよ。だからこそ読むのは本当に難儀した。文章量も相まって今でも全部を読めずにいるよ」
最初見た時は気が狂うかと思った、と絢哉が零せば、君は狂ってなどいないから安心し給え、と雪彦が慰めを寄越す。
「記述には、沙羅君のことは何か書かれてあったかい」
「それが、ほとんど書かれてなかった。強いて言うなら、あの娘は私を決して許しはしないだろうという思わせぶりな一文くらいだったよ。尤も、俺だって全てを読んだわけではないから断言しかねるが」
「あの子は、私を決して許しはしないだろう」
鸚鵡返しに雪彦は呟いた。
「それくらいさ。具体的には何も書かれていなかったし、紗絵からは何も聞いていない。何らかの確執はあったのだろうが、それ以上のことは分からない」
「日記をそのまま信じるのであれば。紗絵君は、沙羅君に対して何らかの罪を犯したということになってしまうね」
「まあ、そうなるな。今となっては確かめる術もないが。いや、沙羅本人に直接尋ねることはできるだろうが、あえて聞く意味もないだろう」
「そうだな。君は沙羅君を刺激しない方がいいだろう。二人の確執についても、紗絵君が蘇ったことについても、できる限り距離をとった方がいいだろうな」
「それはどういう意味だ。やはりお前は、沙羅が嘘を吐いていると言いたいのか」
「まあ、そうだね」
「だが、俺は――」
「待ち給え。落ち着いてくれ。僕が本当に言いたいのは、何度も言っていると思うが結論を急いではならぬということだ。決して君が間違っていると言うつもりはないのだ。君がどのような選択をするかについては君の人生だ。僕の与り知るところではない。君の友として応援したいと思うがな。だが、なあ」
雪彦は僅かに言い淀んでから。
「今の君のように冷静さを欠いていれば、とてもよい結果を生むとは言い難いと思うぜ。もう一度言う。落ち着け。激情に駆り立てられるがままに動いて、今まで良い結果に結びついた経験などあったかね」
と諫めにかかる。
「そう言われると耳が痛い。君の言う通りだ」
しかしながら。
己が、紗絵のことを死んでも信じ抜くという事実だけは、冷静であろうがそうでなかろうが覆してはならぬ事実である。むしろ数少ない己の利点である冷静さを取り戻した今、紗絵が蘇ったことをより強く信じるようになった。死んだ人間が蘇るなど現実的ではないという懐疑も当然あったが、絢哉の意志を覆すには至らない。
このような閉鎖的な土地に、死者を追って多くの者が全国から訪うのだ。それならそれでいいのだ。彼らにとっても己にとっても、それが真実である。
「ところで渡会君。君はこの前、夢を見たと言っていたが、今日はどうだったかね」
雪彦に尋ねられ、絢哉は今日の夢見が頗る悪かったことを思い出す。正確には、夢の顛末云々よりも、己が紗絵を見捨てて逃げ帰ろうとした事実を認めたくなかった。
夢であるとはいえども――否、夢だからこそ、本能的に紗絵を拒んでしまったという気がして――忸怩たる思いに駆られたのだ。
「嫌なことを思い出せないでくれよ」
「その反応から察するに、相当酷いものだったようだね。是非とも聞かせてほしいが――おい、そう睨むんじゃない。君の外面は威圧的なのだ。女子供が見たら泣くぜ」
「そう思うのなら察してくれよ。それとも、これもカウンセリングの一環なのか」
絢哉が聞けば、それもないわけではないのだが、と雪彦は濁したのち。
「君と彼の治療に必要なことなのだ」
と言った。
彼とは一体誰のことか――否、聞くまでもない。今までの会話で出てきた第三者など一人しかいない。沙羅の想い人である。自分と同時期にこの里にやって来て、雪彦が定期的に診察している――俺ではない他の誰かである。
絢哉は、顔も知らぬ何者かに嫉妬している己を発見する。そんな自分が情けないやら悲しいやらで、肩を落とすことしかできなかった。なぜ夢の説明がそいつの治療に繋がるのかという当然の疑問は失念していた。
「渡会君。君がどうしても言いたくないのなら僕も無理に聞く真似はしないが、悩みや厭夢というものは重ければ重いほど、難解であればあるほど、誰かに打ち明けた方が気が楽になると思う」
「それは、そうだな。つまらない話だが、もう少しばかり付き合ってくれ」
観念した絢哉は、夢の一部始終を余すことなく語る。
暗い鍾乳洞で目が覚めたことを。そこが夢であると早々に自覚していたことを。紗絵を連れ戻す使命感に燃えていたことを。桟橋の先に紗絵がいたことを。その紗絵が醜い屍人になっていたことを。恐怖に呑まれて遁走してしまったことを。ところが走れずに転倒して、嗄れた声しか出せなかったことを。一度は夢から覚めたと思ったが、枕元に紗絵が立っていたことを。慌てて部屋から逃げ出し、旅館の廊下らしき場所を走っていたことを。いつまで経っても夢が覚めず、夢と現実の境界が酷く曖昧だったことを――。
「本当に悪夢だったよ。別に、紗絵の腐り果てた姿を見たくなかったとか、そういう話じゃないんだ。まあ、精神的に参ってしまったのは確かなのだが、紗絵を連れ戻しに来たにも関わらず、その紗絵が屍になったというだけで逃げ出してしまったんだ。彼女がどんな姿になっても愛してやろうなどと息巻いていたが、脚が勝手に動いた。自分がこんな簡単に他人を裏切ることのできる人間だなんて思いもしなかったよ」
絢哉は半分以上残っていた煙草の火を消した。
もう喫う気分にもなれなかった。
「雪彦。夢というのは人間の願望なのだろうか。俺は、本心では紗絵と一緒にいる資格がないと悟っているのだろうか」
「まさか。夢占いだとかいう胡散臭いものでは、深層心理などといって人間の欲求のように語られるが――所詮記憶の整理でしかない。そう深刻に捉えることはないさ。これは僕の分析だが――君の夢は、伊邪那岐命と伊邪那美命の神話――根堅州国から着想を得たのだろう。ほら、君と初めて会った時に話したじゃないか。石段側の長椅子で」
「ああ、そういえばそうだったな」
「男神イザナギは、醜く腐り果てた妻を見て、その恐ろしさのあまり逃げだした。神話ではイザナギが生者の国と死者の国の境――黄泉比良坂に千引之岩を置くのだ。女神イザナミが『この世界の人間を一日で千人殺してやろう』と言い、対するイザナギが『ならば私は千五百の産屋を建てよう』と応える――という綺麗な結末になるのだが、君達の場合はそうはならなかったようだね」
「まあ、そうだな。逃げようとした。だが脚が縺れて転倒してしまった」
「縺れたって、具体的には?」
「いやに細かいことを聞くなあ。夢の中で身体を動かせないのはよくあることだろ」
「生憎僕は夢を見ない気質でね。ここ何十年と見ていないのだ」
「それはまた随分と話を盛るじゃないか」
「僕のことなんかどうでもいいんだよ。それで、君はどこをどう動かせなかったのだ」
「右手と右脚だよ。地底湖の中で目が覚めて――ジャケットとグローブを装備してこそいたが全身がズタボロだったんだ。右手は解放骨折していたし右脚は変な方向に捻れていた。右腕も多分折れていた。膝に至っては完全に潰れていた。それを無理矢理引き延ばして歩けるようにしたけど、やはり走るのは無理だったみたいだな。夢とは都合が良いのか悪いのか分かりやしないぜ」
「あっさりと言うが、何とも凄まじい精神力じゃないか」
「痛みはなかったんだ。痛かったら多分発狂しているぜ」
「――ふむ、全身の痛覚はなかったと。怪我や服装から察するに、バイク事故の印象によるものだろうか」
「多分な。怪我の箇所もほとんど同じだったし、近くに大破した脚部のプロテクターやヘルメットが転がっていたからな。今思えば、時間が戻ったかのようだったよ」
「時間が戻ったというと?」
「言ってなかったか。俺はこの里に来た初日、神社のあの娘を轢きかけて――それを避けた直後、ガードレールに直撃してバイク共々河原に落ちたんだ。流石に失敗ったなと思いながらも煙草を咥えて火を点けようとして――雨が降ってきたんだよ。そこから先は覚えていないが――きっと鉄砲水にでもやられたんだろう。気付いた時には夢と同じように地底湖に浮いていたんだ。そこに、あの娘が迎えに来てくれたというわけだ」
「渡会君。君が河原に落ちた時に降った雨なんだが、そんなに激しい雨だったのかい?」
「意識が朦朧としていたから、何とも言えないが――盛岡を出る前に見た気象予報では、沿岸北部と沿岸南部に、大雨と洪水の特別警報が出ていたのはハッキリ覚えているぜ」
「特別警報? ただの警報や注意報ではなく?」
「ああ。こちとら足がバイクだから、午後から本格的に降り出すと聞いて――昼前に着くよう慌てて出たんだぜ。まあ急いだ結果があの事故なのだから呆れてものも言えないが。バイク屋の店長にも頭が上がらないよ。費用のほどは考えたくもない」
「あのバイクは事故車両だろうに。廃車にしなかったんだな」
「俺もそうなると思っていたんだが、店長が直してくれたのだ」
「店長というと――ははァ、岩崎君か。さては君の承認も得ずに勝手に直してしまったというわけだな」
仰る通り、と絢哉が頷けば、如何にも彼がやりそうなことだ、と雪彦も頷く。
「しかし、費用はどう話をつけたのだね?」
「勝手にやったことだから金は取れない――と店長は言ってくれたよ。だが、なあ。部品はほぼほぼ交換だし、わざわざメーカーに頼んで取り寄せてくれたモノもあったそうだ。何が凄いって、それをたったの一日で直してくれたことだよ。向こうが無償でいいと言ってくれても、なあ。新車を買えるような値段だろうに」
この年で借金塗れというのも泣けてくるぜ、とあえて愉快そうに言えば、雪彦は何かを言おうとして――結局口を閉ざしてしまった。
「どうしたよ。同情するなら金をくれ」
「いや、なに。僕は自動車に詳しくはないのだが、君の愛車はウン十万もする最新式なのかね」
「まさか。こちとら金のないフリーターさ。あちこちガタのきている中古の絶版車だよ」
「なるほど。それは岩崎君も直すのに大層苦労したのかもしれないな」
「俺が借金塗れで高校中退の、お先真っ暗なフリーターという話なんてどうでもいいんだ。話は戻るけど――この里は大雨の被害はなかったのか。豪雨と言えば平成三〇年三月の豪雨災害を思い出してしまう。ここは山間部だし、そう水ハケの良い土地でもないのだろう。旅館の女将さんにも聞いたが不思議そうな顔をされるだけだったよ」
「まあ、何だ。被害はあったにはあったが――君が気にすることじゃない。碧さんの反応については――まあ、うん。ここの人間は君が思うよりも閉鎖的でな。余所者かつ食客である君にはきっと伝えにくかったのだろうよ。あまり深くは考えないことだ」
「被害が出ていないなら何よりだよ。けど、なあ」
「うん? どうしたのだね」
「いや、里に被害が出ていないのは何よりだ。これは紛れもない本心なのだが――俺の方はこの上ないほどに損害を受けてしまったのだから可笑しくてな。死んだ恋人を追った結果自分がうっかり死にそうになったのだから――こうなんと言うのかね。木乃伊取りが木乃伊になる――とは違うか。いずれにせよ、あのまま死んでいれば紗絵に会えたのかもしれないと思うと――いや駄目だな。俺のような悪人が紗絵と同じ場所に逝ける訳がない。いずれにしても波瀾万丈でクソみたいな人生だなと痛快に思ったのだ」
「止し給えよ。自虐は癖になる。煙草じゃないが百害あって一利なしだ」
「先にあれこれ聞いたのはお前の方だぜ。最後まで付き合ってくれよ。我ながら面白い生き様――否、死に様じゃねえか。愛した女を手前の不手際で死なせて、八つ当たりに復讐したら退学を喰らって、どうしようもなくなってこの里を紹介されたと思ったら崖から落ちて、大雨に流されて、轢きかけた女に救われて――今度は日記を読んで突発的に自殺するも死に損なって、沙羅に心配掛けて、いつの間にか沙羅に横恋慕して――果てには沙羅が紗絵だっていうんだから馬鹿げている。自業自得というのか因果応報とでもいうのか、あまりにも皮肉が効き過ぎている。なあ、雪彦。お前は自分の人生が嫌になったことはないのか。お前の細かい事情は知らないし興味もないが、お前だって似た境遇だろう。愛した女と死別したんだ、人生の虚しさくらい知っているだろう。もう一度その女に会いたいと思ったことはないのか」
「ないよ。そう思ったことはただの一度もない」
雪彦は即答した。絢哉を真正面から見据えている。その姿は、ひとりの友として、心折れた己に怒っているのだと絢哉は思った。
「教えてくれ。なぜ、そう断言できるのだ」
「僕の愛した女性は生涯をまっとうしたからだ。それ以上に僕自身が納得しているからだ。だからそんなことは思わない。思ってはいけないのだ。渡会君。いいかよく聞き給え。君の友として忠告させてもらう。紗絵君の死を嘆く君に、僕は何の薬も処方してやることはできない。だが、自分を卑下することだけはどうか止してくれ。見ていて気持ちの良いものでもないし、それは君が今まで歩んできた人生と、そんな君を愛した紗絵君に対する侮辱だろう。確かに、人生で路を違えることは多々あるだろう。我慢できないことだってあるだろう。けれど、それでも君は、君だけは、自分のことを肯定してやるしかないのだ。そうしなければ、君はもとより紗絵君のためにもならないだろう」
強く語る雪彦に、絢哉は何も言うことができなかった。正論に対して反論したところで見苦しい言い訳にしかならぬことを知っていたし、正し過ぎる助言を咀嚼することに膨大なエネルギーと少々の時間が必要だった。それだけのことである。
絢哉が項垂れていれば。
「ああ、そうだ。僕は未だ、君の相談に対する明確な返答を寄越していなかったな」
雪彦は口を開く。
「君は自己解決した気でいるようだが――あえて厳しいことを言わせてもらおう。君と紗絵君が一緒にいられるのはよくて祭りの最終日までだ。これだけは忘れないことだ」
雪彦は煙草の火を消した。
「僕からは以上だ。君からの質疑もないようだし、ここいらでお開きにしよう。何分、僕にも用事ができてしまってね」
「そうか。貴重な休日に長々と居座って済まなかったな」
「そこは謝るところじゃないぜ。友のためならお安いご用だ。それに日曜日というのは暇だから、こちらも話し相手ができてよかったよ」
「日曜日?」
「どうしたのだね」
今日は――。
十月三日の土曜日ではなかったか?
「――いや。何でもない」
何となく聞いてはいけないことのような気がして、絢哉は言及を止めた。雪彦が曜日を間違えたと思うことにした。曜日を一日違えるなど誰にだってあることだろうと。
「何でもないならいいのだが。それより問題は出歯亀だよ」
「なに、出歯亀?」
「そうとも。おい、高瀬君。そこにいるんだろう?」
盗み聞きとは感心しないぜ、と雪彦が扉に喋りかければ、院長室の重厚な扉がゆっくり開かれ、所在なさげな顔をした女子生徒が半身を出す。
「すみません。この本、前にもお借りしたもので返そうとしたんですが――その、込み入った話をされているようでしたので、どうしても入りにくくって」
「だからといって扉の前に居座ることはないだろう」
「本当にすみません」
「謝る相手が違うだろう。君が謝るのはそこにいる渡会君だ」
憤然とした雪彦に、女子生徒は泣きそうな顔をする。その表情が、紗絵の泣き顔に見えて――というより年頃の少女なら全てが紗絵に見えてしまうのだが――絢哉は思わず仲裁に入る。
「雪彦、何もそこまで怒ることもないだろ。彼女だって決して悪気があったわけじゃないだろう。俺だって全く気にしていない」
「しかしだな」
「一体何をそんなに怒っているのだ。俺に冷静になれと言ったのはお前の方だぜ」
「君のことだから、慎重にならざるを得ないのだ」
「それは、どういう意味だ?」
「ふん、分からなければそれでいいのだ。とりあえずもう出ようじゃないか。僕も旅館に行かなくてはならない。君のバイクにでも乗せてくれよ」
「旅館?」
絢哉と女子生徒は異口同音に問うた。
「変な顔をしないでくれよ。もしや男は乗せたくないとでも言うつもりかね」
「いや、そのつもりはないが。何をしに行くんだ」
「実は今朝から碧さんに呼ばれていたのを今になって思い出したのだよ。こちらとしても確認したいことができたのだから好都合というものだ。それに――そろそろ彼を診に行かなくてはならない。この時間なら向こうもきっと落ち着いているだろう」
雪彦は両袖机に置いたダレスバッグを開き、収めていた仕事道具その他諸々を検める。
「こちらは準備完了だ。行こうじゃないか。――ああ、高瀬君。君にひとつ重要な任務があるのだ」
「なんでしょうか?」
「大きな声では言えない。こちらに来てくれ」
雪彦は女子生徒に手招きをすると、何事かを耳打ちする。
「どうだ。相手に悟られず、速やかに確認してほしいところだが――可能かね」
意中の男に囁かれたせいか、あるいは異性との接触そのものに慣れていないのか。頬を染めた女子生徒は、絢哉に一瞥くれたのち小さく頷いた。
「でも先生。先程の話と食い違いませんか。さっきは動かない方がよいと仰いましたが」
「事情が変わったのだ。それで、どうだ。僕には君しか頼める相手がいないのだ。ここで君に断られると、僕とそこの彼が非常に困ったことになってしまうのだ」
「そう言われたら断れないじゃないですか。先生も狡い人ですね」
台詞とは裏腹に、嬉しそうに女子生徒は言った。
その二人を見て、お似合いだな、と絢哉は思った。雪彦には女子生徒を遠ざけているような節が見受けられ、女子生徒もそんな雪彦に戸惑っているものとばかり思っていたが、そんなことはなかった。互いに互いを必要とした生きた交流があるのだ。
絢哉は二人が羨ましくなってしまった。
「お二人さん。仲睦まじいのは結構だが、そう隠し事をされては良い気がしない。一体何を話しているんだい」
自然と冷やかすような口振りになってしまう。
「仲睦まじいと分かっているなら口を挟むのは野暮ってもんだぜ」
応えたのは雪彦である。女子生徒の方は、揶揄った絢哉の方が申し訳なくなるくらいに照れて俯いてしまっている。
「承知した。全面的に俺が悪かったよ、申し訳ない」
絢哉は素直に引き下がる。友である雪彦が聞くなと言っているのだ。踏み込みようがなかった。これ以上は己が惨めになるだけだと悟ったこともある。また雪彦が関わっている以上、悪いことにはならぬだろうという信頼もあった。
尤も二人を見ていられないことに変わりはなく、お邪魔しました、と言ってその場からそそくさと撤退することに変わりはなかったが。
・夢と現実の境界が曖昧であった
・大雨と洪水の「特別警報」
・一日で直した岩崎君の手腕
・今日は何曜日?




