3話 ただのマルシア
3話 ただのマルシア
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こんこん
ノック?
私の部屋、ですね。
今の私に用がある人に心当たりなんて……
いえ、きっと宿の人ですね。
「……はい」
宿の朝食でしょう。
それ以外、今の私を訪ねてくるような人に心当たりなんてありませんし。
安宿の食事です。
あまり内容には期待出来ないですけど、何か食べられるだけマシというものですね。
贅沢言っていられるような状況ではありませんし。
「お嬢様、ご無事ですか!?」
え?
この声……サクラ、よね?
何でここにいるの!?
婚約破棄なんて、勘当なんて、全部悪い夢だった?
いえ、そんなわけないことぐらいとっくに理解しているわ。
もしその可能性があったのなら、とっくにその可能性に縋って現実なんて見ようとする気なんて起きなかったもの。
でも、だとしたら何でサクラがここに?
「お嬢様、入りますよ」
「え? ちょっと待ってください」
心の準備が、
「探しましたよ、お嬢様」
やっぱり、サクラです。
紛うことなき私のメイドです。
何で、どうして?
もう無くしてしまったはずなのに、二度と手に入らないと思ってたのに。
それが、手を伸ばせば届く距離にあります。
嬉しい。
嬉しくて、自然と涙が溢れて来ます。
でも……
「えっとね、サクラ」
全て無かったことには出来ません。
仮に何も知らないサクラに私が感極まって抱きついたとして、サクラはきっと受け入れて抱き返してくれるでしょう。
だって、グベッリーニ家のメイドですから。
でも、その先は?
私は家には戻れません。
そして、サクラも仕事でもないのに私の面倒なんて見たくもないでしょ?
私がグベッリーニ家の令嬢だったからサクラは世話を焼いてくれたのです。
今の私には何の価値もありません。
「貴女は知らないのかもしれないけど、私お父様から勘当されてもうグベッリーニ家の娘じゃないの。だから……」
「私はグベッリーニ家のメイドである前にお嬢様のメイドです!」
「お嬢様を放っては置けませんし、お嬢様を勘当するような職場こっちから願い下げです」
「辞表を叩きつけてやりました!」
「こうです、こう」
そう言ってサクラは、腕をおおきく振りかぶって投げるような動作をしてみせました。
少し興奮しているのか、足まで大きく上げています。
スカートでそんなことしたら見えちゃうじゃない。
でも、変わらないわね。
みんな変わってしまったのに……
「ふふ、はしたないわよサクラ」
「あ、申し訳ございませんお嬢様。ですが、私今公爵令嬢のマルシア様ではなくただのマルシア様のメイドですので、多少の所作にかんしましてはお目溢しいただけると嬉しいなぁなんて」
「言ってくれるじゃない」
さっと姿勢を正し服装の乱れを治しながら謝った後、顔を上げたサクラがニヤニヤと笑いながらそんなことを言い出しました。
まぁ、確かに立場にはそれに相応しい振る舞いというものがあり、従者にもそれが求められます。
公爵令嬢のメイドとただの娘のメイドでは求められるものも当然違いますが……
サクラは言ってやりましたみたいな得意げな顔をしています。
非常にむかつく顔ですね、イラっときます。
でも、笑っちゃったから私の負けですね。
そっか、ただのマルシアですか。
公爵家の令嬢の私じゃなくて、ただの私を思ってくれる人もいたんですね。
「ご主人様に逆らった罰だー」
手をぐるぐる回してサクラに突撃します。
公爵令嬢とは思えない振る舞いですが、私はただのマルシアなので問題ありません。
私とサクラでは身長がだいぶ違います。
簡単に手で頭を抑えられて私のぐるぐる攻撃は止められてしまいました。
懐かしいですね。
昔こんなことよくやってた気がします。
確か、勝手におやつを食べられて……
あれ?
サクラ、あの時はまだただのマルシアでは無かったと思うのですけど。
まぁ、いっか。
「お元気になられたようでよかったです」
「ありがとね、サクラ」
「でも、本当によかったの? 公爵家のメイドなんて、そう簡単に得られるような立場じゃないのよ」
サクラは庶民の出ではありませんが、上流の方の貴族出身でも無かったはずです。
確か、男爵家の出身だった気がします。
庶民が成り上がるよりは幾分か可能性はありますが、それでも男爵家の娘にとって公爵家のメイドというのは狭き門、十分な上澄のはずです。
それを、私のために辞めてしまうなんて……
嬉しくはありますけど、申し訳なくも思います。
「さっきも言ったじゃ無いですか。お嬢様を蔑ろにするような場所はお断りですよ」
「私は地位よりもお金よりも自分の好きな人を選んだんです。それだけです。後悔なんてしてるはずありません」
「……サクラ」
「お嬢様、昔みたいに私の胸で泣いてくれてもいいのですよ」
「台無しよ、私もう子供じゃないわ」
こんなこと言って、ほんとサクラは照れ屋さんなんですから。
昔からちょっといいこと言うとすぐ照れ隠しに冗談を言うのです。
そんなところも、歳上には少し失礼かもしれませんが可愛く思います。
「昔のお嬢様はあんなに素直だったのに」
「私の胸にお顔を埋めて、お嬢様の柔肌が胸が刺激されて……思い出すだけでちょっと火照ってきます」
「何言ってるのサクラ!?」
え、
サクラってそういう趣味だったの?
初耳なんですけれど。
私、着替えもお風呂も全部サクラに任せっぱなしでした。
服の洗濯、下着とかもサクラが洗って用意したのを履いてましたし。
嘘でしょ?
でも、サクラがどうしてもっていうのなら別に……
「急に大きな声を出されて、いかがいたしましたか?」
「いや、誤魔化せない誤魔化せない。そんなんで誤魔化されるわけないでしょ?」
いくら何でも誤魔化し方が適当すぎませんか?
しかも、自分から口に出しておいてですよ。
って、あれ?
もしかして、火照ってってそういう意味以外もあるのですか?
いや、ないですよね。
でもあるとしたら、勝手に勘違いして恥ずかしがって……
処女のくせに耳年増のお嬢様とか思われてたらどうしましょう。
「あ、あのですね。サクラ」
「お嬢様、ここにいてはいけません。ここは危険です」
「急に、何の話よ!」
「都合悪くなったからって話逸らしてるんじゃないわよ! しかも、かなり無理があります」
酷いです、サクラ。
しかも、嘘が適当すぎます。
「そんなことを話してる場合ではないのです。勘当された令嬢というのは人攫いの格好の的ですし、それが公爵の娘ともなれば高い値段がつきます」
「もう勘当の噂は広まっているようで、さっき不届きものを一名処理させていただきました」
「……え?」
そう言ってサクラはナイフをどこからともなく取り出しました。
そのナイフの刃には血がべっとりと付着しています。
本当の話なのですか?
それじゃ私はどうすれば……
というか、何でそういう重要な話なんですか!
もう話戻せないじゃないですか。
まぁ、いいです。
後でしっかり聴かせてもらいますからね。
ついでに、火照るの意味もしっかり調べておかないといけませんね。
今は本当にこんなことを話している場合ではないみたいですし。
「でも、逃げると言っても私に行く当てなんて……」
「心配いりません。全て私にお任せください」
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どこにでもあるような小さな教会、その地下に伸びた階段の先にはただの地下室とは言えない大きな空間が広がっていました。
「なに、ここ?」
ここが、サクラの言っていた避難場所?
でも、こんな場所どうやって……
「ここは、反王政組織メーンベルトの拠点の一つです」
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