第一話
エトが長のワトの家に行く。そこで生贄の心構えと注意を聞くのだ。まず生贄になった者は親子から引き離されるということ、次に人間の瓜姫と出会い、生贄の儀式を行う場所まで連れて行く。そしてその瓜姫を殺し、心臓を祭壇に捧げ、生贄と決まった瓜姫を天邪鬼が食べ、皮を剥ぎ、大地に瓜姫の血を撒いた後に瓜姫の皮を被って呪文を唱え自分が瓜姫に成り代わって人間の村に戻り、最後は人間の村にある祭壇で天邪鬼が生贄となってまずは心臓を捧げさらに血肉を大地に差し出すというものであった。生贄となった天邪鬼を殺す役は瓜姫を育てた父だという。人間の血肉と混ざった鬼の血肉がこの大地を豊かにし、生贄の旅は成功に終わる。これが生贄の旅の概要だった。
エトだってごくたまに親が仕留めた人間の肉を焼いて食べたことがある。だが余りの凄惨な殺し方にエトはすべてを聞き終えると吐瀉物を吐いた。耐えられなかったのだ。
しかし、失敗するとこの大地に飢餓が襲い、鬼も人間も死滅するという。そして生贄の旅を失敗させようとする集団がいるというのだ。東北が強くなって京に反逆する事を恐れ、この儀式を失敗にさせようと生贄になった瓜姫や天邪鬼を殺しにやって来るのだという。暗殺者集団の名前は『鬼亡』という。
「わかったかい?」
淡々と語るワト。
「逃げたら……僕が逃げたらどうなるの?」
「分かっているだろう?そうなる前に君たちを始末するよ。監視の者がいるのでね。その時は監視者が代わりに君たちの心臓を祭壇に捧げることになる。ただし、効果は五分の一だ。限りなく失敗に近い」
「それから合言葉だ。この合言葉で違う行為を行ったり、違う言葉を言う瓜姫は偽物と思って構わない」
「その合言葉は?」
うめきながら聞くエト。
「『扉を開けてくれ』とそなたが言う。姫は『だめです。だれが来ても入れてはいけないと言われています』と答えるはずじゃ。そなたは『そこをなんとか』と言いながら指が入る程度の戸を開ける。姫は『だめです。』と答える。さらに『そこをなんとか』と言うのだ。その後そなたはゆっくり戸を開ける。その子が生贄の瓜姫じゃ。生贄の瓜姫は神社横の庵に住んでおる。機を織る音がするはずじゃ。生贄の姫の印がある布を織っているはず。時間に余裕があればそなたのものも作ってくれる」
「それからこれが出立のお金と武器じゃ」
「『被りの術』の呪文はこの巻物に書かれているものを旅の最中に覚えるのじゃ」
渡されたのは二日分の宿代に短刀と巻物だった。
「実は、武器もお金も自分で集めることがこの旅に課せられた試練の一つなのじゃ」
「そんな」
「分かってくれ。それから場所じゃ。場所は女川という場所になる。そこに瓜姫はいる」
遠かった。ここは栗駒山の山麓である。歩いて5日はかかるかも。
「瓜姫の生贄となる祭壇は和賀じゃ」
「そしてそなたを捧げる祭壇がある場所は石巻じゃ」
「最後、そなたは婚礼の衣装を着て大地と結ばれる。ただし、婚礼の儀式は省略できる。人間の親が希望すれば婚礼の儀式を行う事ができる。なにせ、お前は男だしの」
「わかったよ……。わかったよ長老」
泣き崩れるエト。
長老の家に泊まり、翌日エトは生贄の旅に出発した。
長老はしばらくしてから山を登り谷に向かって黒い矢を放つ。屋根に黒い矢が刺さった。その屋根に住むものはエトの友人オルであった。いつも山彦でいたずらしていたエトの親友。翌日オルは長老の家に来た。その目には涙……。
「分かっておるな?」
「はい」
「今日からお前はオルではない。エトの生贄の旅が終わるまで『狐鬼』(こき)と名乗るのだ」
そう言うと長老は白色の狐の面を渡す。狐の面の中央には赤い宝石が埋められている……。
オルは狐の面を被った。すると己の貌にぴたりと付いた。さらに頭頂の角が体内に埋まり、声も変わった。面から全身の力がみなぎってくる。己の赤き皮膚がより赤みを増していく。呪を唱えると掌に焔が生じた。まさに狐火だ。
「エトと瓜姫を監視してほしい。出来れば助けてほしい」
「長老、承知しました」
その声はもう涙声ではなく北風の声に変っていた。掌にあった焔を消し、狐鬼は旅に出た。