最終話
カナは瓜子姫に音声で次々瓜子姫に世界を見せた。
そして瓜子姫の髪を指もてそっと梳いて洗い……次に見えない瓜子姫の体を洗って不快な匂いを消し……時期にそっと口を交わす仲となり……最後に瓜子姫をカナは「食べた」のだ。
瓜子姫はすべてを受け止めた。だって自分にあらゆる世界を見せてくれた恩人なのだから。
カナは瓜子姫に化粧を施したりもした。瓜子姫は逆に文様が出る機織りをカナにさせた。
カナは機織りが下手だったがそれでも鮮やかな衣服が出来るようになっていた。
機織りがへたくそでぎこちない音が秘密を知られるのではないかと二人はいつもどきどきしていた。
瓜子姫は出来た織物に呪文を唱えていた。だからちょっとした傷が治せるのかとカナは感心した。
カナは時折留守を見計らってはふもとの街を瓜子姫に見せた。カナは瓜子姫に隠れ蓑を着せ空の旅を教えた。二人で隠れ蓑を着れば空を飛べるだけでなく姿も隠せる。一石二鳥だ。
「これが、空だよ。瓜子姫」
二人はぎゅっと手を繋いだ。
「私、あなたと出会えなければこんな光景を感じる事、『見る』ことが出来なかったのね」
「私、うれしいわ」
「おいおい、泣くなって!」
二人は空で大いに笑った。
久留米という街に着くと二人は隠れ蓑を脱いで買い物をした。カナは人間にばれないように頭巾で角を隠した。籠の鳥であり目が見えない瓜子姫にとってそれは全くの初体験であった。
「これ」
「これは?」
「髪飾りだよ」
「これ、買ってあげる」
「店主、瓜子姫に似合うかい?」
「似合うぜ!! べっぴんさんだな!」
瓜子姫は思わず照れてしまった。髪飾りは瓜子姫の大事な宝物となった。
◆◇◆◇
しばらく経って瓜子姫はこう言った。
「私、あなたにさらわれたって事にしたい」
「実はね私、長者のもとに引き取られるの」
「私、瓜から生まれたなんて嘘だって分かったの」
「本当は生まれたからしばらくたって目が見えない子だと分かって瓜が入った箱へ私を入れて川に流されたの」
「穀潰しだからって」
「そこに子宝に恵まれないじいとばあやに拾われたの」
「だから私の名前は瓜子姫」
「でもじいとばあやももう私を養うのも限界なんですって」
「だから、私、家から出されるの」
「そんなの、嫌」
瓜子姫は泣き崩れた。
「愛のない婚なんて婚じゃない」
「王女だから貴方もいずれは結婚するんでしょ?」
「でも形の上だけで結婚ということにして本当の愛は二人にあるということにしたいの」
「もちろん鬼の村でも穀潰しにならないよう機織り頑張るわ」
それを聞いたカナは……。
そっと抱いて口づけをした。
カナはそっと離して瓜子姫の味を確かめるように己の濡れた唇を舐めた。そして両手で肩を掴み面と向かって瓜子姫に、言った。
「何言ってるんだい。困ったら助け合うのが当たり前だろ」
「今日、僕はお前をさらう」
「鬼の村で一緒に生きような!」
「ありがとう……!」
こうして瓜子姫は鬼に「さらわれる」こととなった。
さらわれたことを知った老夫婦は悲しみもしなかったという。
瓜子姫はそれを聞いて自分の決断が間違ってなかったこと、愛の形に違いはないという事を確認した。
もちろん鬼の村では2人の愛は公然の秘密だった。
そして瓜子姫は機織りの傍ら書院を訪れ鬼の眼で見た文字を音訳したものを聴くこととなった。
瓜子姫の別名は「百目鬼」(どうめき)となった。百の眼がある鬼と同等という意味だ。
◆◇◆◇
しかし二人の愛はある日突然引き裂かれた。
鬼退治である。
鬼を殲滅するべく次々と魔術を持った刀で切られていく。カナも応戦したがなすすべも無く塵となって消えた。
瓜子姫が救い出される。だが瓜子姫は泣き崩れた。
やがて瓜子姫は長者のもとに嫁いだ後に自らの伝承を口伝で伝えた。
筑後の天邪鬼らはこうして滅ぼされ、以来餓鬼道に落ちた亡者を救うのは筑前の国の天邪鬼の役割となった。
この真の愛と刹那の物語が伝わったのは北方の英彦山の神社からであった。鬼を殲滅するための修行場であり修験道の山で有名な英彦山の神社から巻物が見つかったのだ。二一世紀に生きるものは江戸時代から伝わる愛の物語を知り、感動を覚えたという。




