1話 知らん世界をナビゲーターとして案内することになった件について
初めまして、陽仁と申します。初投稿ですので温かい目で見守っていただけると幸いです。
最初は恋愛要素皆無ですが物語が進むにつれこの作品は男女の恋愛の他に、男性同士の恋愛表現や女性同士の恋愛表現を多く含みます。
何気ない日常。
朝起きて、冷蔵庫の中を見る。賞味期限の切れたパンを取り出して、トースターはないからグリルでパンを焼く。焼いている間に教科書とノートパソコンをリュックに入れる。パンを食べたら歯を磨いて学校に向かう。
始発に乗り遅れたのか上司に謝罪の連絡を入れるサラリーマンであったり、歩きながらスマホを操作するせいで前に進むのが遅い女子高生を目の端に捉えながら電車に乗り空いている席めがけて速足で歩き容赦なく座る。座って一息ついたところで広告を眺める。日本の電車内の広告って不思議だ。異常に脱毛系の広告が多い。スマホを触るのもあれだからその脱毛の広告を見る。広告に起用されている女優さんって本当にあの系列の会社で脱毛しているのだろうか。男の俺には縁のゆかりもないのだけど気になってしまう。いや、関係はあるか。元カノに脱毛しろ言われたような気がする。
そんなことをぼんやり考えながら学校の最寄駅で下車する。科学は偉大だ。時計が定期がわりになるのだから。「切符をなくした」と幼い頃の俺のように泣き喚くこともなく駅員さんの前を素通りする。そしてちょっと頭皮が怪しい駅員さんの前を横切って2つ目の角を曲がり3番出口に出る。そしたら数分もしない内に大学に着く。
授業は退屈というほどでもないのだけど、1年と2年であらかた必修単位を取り終えている俺は楽をしている方だと思う。2年の後期も友達と連夜飲み歩いたが、単位は落とさなかったし、まあ要領は良い方なのだろう。しかし、大学生って高校生程毎日を必死に生きる必要がなくてなんだか気が抜けてしまいがちだ。
午後はゼミに顔を出したら真っ直ぐバイト先の飲食店に向かい、そのまま働いた。2年目ということもあって、だいぶ仕事にも慣れてきているし特にミスすることもなく1日が終わる。
今日は特筆していうこともない一日だった。強いていうならバイト帰りに先輩がコンビニでパンを買ってくれたことぐらいだ。二食もパンなのはちょっと気になるな。明日は学食でカレーを食べようとか朝はご飯を炊こうとか、どうしようもないことを考えながら布団の中に入って寝る。これが俺の1日だ。平和。平和そのもの。きっと平凡で幸せな日常とはこのことをいうのだ。
一人暮らしを許可してくれた両親ありがとう。なんてこともない普通、平凡な1日を送っていたはずだったのだ。
だから驚いた。
いやこれは誰でも驚くだろう。10畳一間。学生に優しい家賃で提供されるワンルーム。俺はその部屋の隅っこで寝ていたはずだった。朝起きると俺は、寝る前に自身にかけた布団はどこかに行った状態に陥っていた。少し肌寒い思いをしながら、ただ雲一つ見当たらない真っ青な空を見上げている。いや、まじで
「ここどこだよ」
起き上がる気すら沸かないので誰に言うのでもなく口に出してみた。そうだ。ここはどこなのだろう。横になったまま周りをぐるりと見渡すと草!草!草!見渡す限り草だった。俺が知る限りこんなところに訪れたことは一度もない。検討もつかない場所に目が覚めて起きたらここにいましたって怖すぎるだろう。拉致・監禁・誘拐などが次々に頭の中に浮かぶが心当たりも何もない。俺は至って普通の大学生なのだから。
佐々木一。20歳。大学三年生。北海道生まれ北海道育ち。山に囲まれたド辺境で高校卒業までの間青春を謳歌し、大学入学と共に札幌に来た。札幌に来てから彼女もできたけど今はいない。普通に喧嘩して別れた。友達もまあまあいた。だけど誰かに恨みを買うようなことは一切していない。そして金だが、俺には金がない。必要最低限度の金しかない。さらに言えば山の麓で木を伐採し続けている俺の親にはもっと金がない。祖父母なんてどうやって生活を送っているのか謎なぐらい金がない。佐々木家には金がない。
一瞬親が俺を売ったのか、と思ったがそれはないだろう。そんなに稼げてないくせに、実家に帰る度に俺のために豪勢な料理を用意してくれる両親だ。そんなことをする人達ではないのは俺が一番理解している。実家に強制送還されたのかも、とも思ったが、こんなに均一な草が生い茂っているところは実家近辺にはなかったので違うだろう。手荒なことをされたのかと最初はつい悩んでしまったけど、その割には俺の体に変なところもないし服も寝た時のままだ。そのまま置き去りにされたのか、はたまた死んでしまったのか。
「俺、死んだのかな」
声に出すと怖くなって現実味が増してくる。だってこれは夢ではないのだ。土の匂い。草の匂い。そして風の音に俺の心臓の音。バカみたいに綺麗な空。何もかもがリアルでこれは夢ではないと全身の五感がそう伝えてくる。
俺はこの人生で何をしたのだろうか。何もしていない。父と母にいつか安眠枕を買ってやろうと思っていたので、通販サイトの欲しいものリストに登録しただけでまだ買っていない。去年、連日飲み歩いていたことを今になって後悔する。本当にバカすぎる。そんな金があるのなら両親に枕ぐらい買ってやればよかった。
後悔後悔後悔。あれをやればよかった、これをやればよかった、ウダウダとそんなことを考えていたら人の声が聞こえてきた。
何やら話し声が段々と大きくなって聞こえてくる。遠くてよく聞こえないが性別はおそらく男?だろうか。人数的には2人か、3人か。
急に訪れた俺の希望に目は眩み、力任せに起き上がった。頭が臭い。草と土の匂いがする。ずっと横になっていたせいで立ちくらみで頭がきんと痛んだがそんなことは知らない。
「あのーーーーーーー!!!!!!すみませ―――ん!!!!!!!」
遠くてよくわからないが人らしき人達に全力で叫んだ。俺にはこんな声が出たのかと驚いた。こんな声を出したのはいつぶりかわからないほど、それはもうでかい声で叫んだ。
だってこんなわけもわからず草原の中で死ぬなんて嫌に決まっているだろう。
しかし、俺は知らなかった。ここから俺の人生が180度違うものに変わるなんて思いもしなかったのだ。
草原に訪れていた2人はやはり男だった。
1人の男は名を「サマエル=フォン=リーニュ」と名乗った。ここでなんとなく察してしまったもなんも、俺はこの2人を見た瞬間に異世界に転生?してしまったのではないかと理解した。なぜならこの2人どう見ても日本人ではないのだ。
なんなら、欧米人でもないだろう。言うなればスマホのアプリゲームなどに出てくる冒険者、に当てはめるのが妥当なほど見たこともない奇抜な見た目をしていた。ほぼ原色に近い赤髪の人間なんて街中歩いても1人出会うかで出会わないかだ。こいつは目元もキツくて、俺はこいつが近づいてくる度に逃げ出したくなったが、頑張って耐えて草原の中で話を聞いた。
この赤髪の男サマエルもなかなか奇抜だったが、俺的には横にいた柔和な白髪のイケメンの方に目を奪われた。腰にさしている剣も勇者みたいでカッケ〜とは思ったが、何より顔がとんでもなく整っていたのだ。
実家でよく見た誰もまだ触れていない白い雪原を思わせるかのような白い髪を清潔感のある長さで切り揃え、目はもちろん二重で優しげなアーモンド型。鼻も高すぎず低すぎずだけど鼻の筋は綺麗に通っていて口の位置も神が定めたのかと疑うほど完璧な位置に収まっていた。顔の大きさももちろん小さい。俺の元カノと並べたら多分リンゴと苺ぐらいの比率になるだろう。最初は見た目が厳つかったサマエルに目がいったが、顔が認識できる距離に近付いてからは白髪の男にしか目がいかなかった。
あまりにも俺が顔をガン見するものだからその男は「見過ぎじゃない?」と俺に照れたように笑いかけた。おそらくこいつはこの笑顔で何人もの女を手中に収めてきたのだろうとなんとなく察した。
この白髪の男は「レイモンド=リーニュ」と名乗った。とてもじゃないが態度・容姿を含めて考えると血縁関係には見えなかったので、そこを尋ねるとやはり血縁関係ではなかった。レイモンドは元々ここの国出身ではなく、北にある妖精国家『ノルディ』の生まれらしかった。父親と大喧嘩した際に家出を決行し行き倒れていたところをたまたまサマエルの家族に引き取られ養子になったのだと言った。妖精だとかいよいよ異世界ファンタジーじみてきたなあと思いつつ、お約束の異世界転生?者は俺以外にいるのかと尋ねるとその話をするのはここじゃあれだからと、草原から一時間程歩いたところにあるというサマエルとレイモンドの住む「リーニュ家の屋敷」を目指しているところだ。
レイモンドは柔和・優しそうというイメージ通り先ほどから俺を気遣う素振りを見せてくれるのだが、サマエルはそうではなかった。わがままそうだなと感じたのが印象に残っていたのだが、本当にその通りで歩きにくい道をガンガンと進みどう見ても一般人の俺のことなどはお構いなしで歩くのだ。止まった際に文句を言うとスピードは落としてくれたので悪い奴ではないと思う。まあそれはそれ。これはこれだが。
俺のスピードに合わせてだらだらと歩き続けリーニュの家に着いたが、それはそれは大層ご立派な家だった。どうやらリーニュ家は佐々木家とは違いかなりの財産をお持ちのようだ。家に着くなり俺は応接間らしき部屋に通されて綺麗な靴をもらった。歩くときはサマエルの靴を借りたのだけどサイズが合わなくてイライラしていたのでありがたかった。サマエルは裸足で歩き回っていたけど疲れている空気は感じられない。化け物なのかあいつは。
「で、俺以外に異世界転生者っているの?いきなり目が覚めたらあそこにいて何がなんだか本当にわからないんだ」
俺はかねてからの謎だった疑問を口に出した。それを聞いたレイモンドが何かを言おうとしたがそんなことはお構いなしにサマエルが遮った。
「いるな」
「本当か?」
「いる。ただお前は転生者じゃなくて、ここでは転送者ってことにされてる」
転送者。まあ確かにそれが妥当かもしれない。なぜなら俺は前までいた世界で死んだ覚えはない。送られてきたのだ。誰が送り込んだのは知らんが。
「まって。別の転送者の話をする前に俺達がなんであそこにいたのか説明させてほしい」
「え、俺がいるってわかってて二人で来たの?」
「ちょっと違うんだけど、ハジメが送られてくるってことは10年前に予言されていたんだ。この世界では基本的に予言王が出した予知書によって国の統治が行われていて、20年近く前の予知書で『転送者がゲルマニィの草原に現れる』って予言されていたんだよ」
予言。予言王。予知書。スピリチュアルなものに関して全く興味のない俺からすれば、ものすごく胡散臭い。しかし目の前で必死になって話しているレイモンドは嘘をついているようには見えなかった。というかこいつの顔見て話を聞くのはものすごく不利だと感じた。
イケメンの力は絶大だ。全部が真の正義のように感じ取れてしまう。あと俺のために頑張って話してくれる姿がものすごくいい。ホストにハマる精神疾患持ちの女どもの気持ちがわかったような気がする。
「まあ俺を迎えに来たのが2人って時点で転送者ってそんなにレアなもんじゃないんだな。なんかこう壮大なお城に連れてかれるとかもないし」
「いやいや!結構転送者って貴重だぞ〜?レイの言い方だと伝わりにくいけど、予知書の影響力は絶大でその予言された数年間はあの草原人混みだらけで近づけすらしなかったからな」
「まあ僕たちがハジメと最初に会話できたのはたまたま偶然だよね。もう予言から10年も経っているのに未だに転送者を探しに来てる人いるし」
なるほど。つまり俺がこの年齢が近く物わかりのいい2人と出会えたのは奇跡で、もう少しでも日にち時間がずれていたらおっさんやババアと出会っていたのかもしれないというわけだ。
ふむふむと今まで得た知識を頭に叩き込んでいるとサマエルがいきなり身を乗り出してきた。びっくりするからやめていただきたい。あと、表情というか目が爛々と輝いていて少し怖い。
「でさ!ハジメに訊かれねえから俺がもう先に言うけど『転送者』には特別な能力が付与されてるんだ」
「はあ、」
ピンと来ていない顔の俺にイラついたのかムッとした様子のサマエル。おそらく横にいる男が短気なのを知っているだろうレイモンドはハラハラした様子だ。この2人タイプは全然違うが、違うからこそ仲がいいのかなと思った。
しかしピンとこないものはピンとこない。
「能力言われても全然変わった気がしないんだよ。視覚も聴覚もそのまま。運動能力もそのまま。俺の歩行速度の遅さに覚束なさはさっき見ただろ」
「あ?!?!転送者は凄腕の召喚士か回復士じゃねえのか?!」
「エル…、それは5年前に現れた南方の転送者だろ。予知書ちゃんと覚えてるの?」
ははあ、5年前にも来ていたらしい。そいつらは指折りの実力者だったのか。それは申し訳ない。
「ハジメ。エルのことは気にしないでね。ハジメは予知書によると『案内士』としての才があるらしいんだ。これは俺の予測になっちゃうんだけど、とりあえずこの地図の上に手をおいてもらえないかな」
そう言ってレイモンドが目の前に出してきたのは広大な地図だ。地形はもちろん知らないし、文字も読めない。だが、古代文字のように全く読めないかといえばそうでもなく、なんとなくアルファベットに形が似ている。勉強すれば読めるようになるだろう。大きな大陸が五つほどあり、海や山、川なども細かく描かれていた。
しかし、案内士。大昔にプレイしたことのあるRPGのゲームでそのようなポジションのキャラクターに出会ったことはない。てか、助言をくれる程度のモブがそのようなことをやっていないか?別にものすごい魔法を使いたかったわけではないけど、ちょっとショックだ。
気づかれないように小さく嘆息しながら地図の上に手をかざした。だが、何も起こらない。
「なんも起こらんのだけど、レイモンドサン」
「まあまあ。ハジメ、このおじさんの顔を思い浮かべながらもう一回やってみてよ」
光もしなければウンともスンとも鳴らない地図にうんざりして一度手を下げていたが、差し出してきた写真の中年の男を見て頭の中で思い浮かべながら手をかざしてみた。
すると先ほどまでは何も感じなかったのだが突如として掌に熱が集まるような感覚が俺を襲った。火傷をするほど熱くはないが、分厚いパーカー越しに熱々の鍋の取手をつかんだときのような熱さは感じ取れた。その出来事に少々驚きはしたが、手を引っ込めずにそのままでいると地図に描かれている小さな島がぼうっと光ったのだ。
「お前、このジジイのこと知らねえよな?」
サマエルは地図が光出したことに対して特に驚くこともせず俺にこう尋ねた。俺としては科学館で手をかざすと天井の電球がチカチカと光出したのと同じぐらいに驚いたのだが、この世界では光ることぐらいなんともないらしい。
「知らないよ」
と、端的にそう答えるとサマエルは何やら黙り込んでしまう。俺はついにこいつがキレ出して殴られでもするのかと疑ったがレイモンドは何やら楽しそうに笑っていた。
「エル。ハジメはやっぱり優れた案内士だよ。きっと彼と僕らなら石宝を集めて許可証を手に入れることができると思うよ」
「はい?石宝?」
聴き慣れない単語が挟まり俺はギョッとしてレイモンドを見るが本人は至って変わらない。
「まあな。戦うのは俺とレイで足りてるし回復も自力でできねえこともないか」
「はい?」
戦うだと?
「ということでどうかなハジメ?僕たちと一緒に石宝を探す旅に出てみないか」
「いやだ、さっきそこの赤髪の蛮族戦うとか言ってたぞ」
「まあ旅に出るのだから戦いはつきものだよね」「そうだそうだ」
「お、お前ら、俺の扱いが雑だし怪しい奴らと…」
そこまで言いかけて口を噤んだ。なぜならこの目の前にいる凶暴ではない方のイケメン、塩らしいしゅんとした顔をしたのだ。身長も175はある俺よりはでかいし、体格もしっかりしているのだが何せ顔がいい。しつこいと思われそうだが本当に顔がいい。イケメンにこんな顔をさせてしまう俺はとんでもない犯罪者なのではないかと錯覚してしまうほどに。
「ダメかな…?」
とどめにこれだ。俺は脳が拒否しているのにも関わらず気がつくと首を縦に振って了承していた。人間、時々何をしでかすかわかったもんじゃない。
しかし、サマエルもレイモンドも見た目からしてただものではなさそうだし大丈夫だろう。多分。おそらく!
ここから俺の愉快な異世界ナビゲーター物語が始まるのであった。
佐々木 一
北海道の田舎村出身。20歳。ごく普通の大学生。特にオタク趣味もない。異世界あるあるの美少女に囲まれない展開に何も疑問も持っていない。
実は昔から年下の女の子のお願いと美男美女のお願いを断れない。面食い。
サマエル=フォン=リーニュ
帝国ゲルマニィの伯爵家の息子。多分20歳そこら。腕っぷしに自信がある。
レイモンドとは血は繋がっていないが、本当の兄弟のように仲がいい。
実は蛇と会話ができる。
レイモンド=リーニュ
妖精国家ノルディ出身。多分20歳そこら。とにかく顔がいい。
サマエルとは血は繋がっていないが、本当の兄弟のように尊敬している。
実は医者になるのが夢だった。
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