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3 男装令嬢は出会う

 慌ただしく朝食を食べ、旅装を整えると、走って職場である第3騎士団の倉庫へ向かう。

 もう、秋空というよりも冬の足音が聞こえそうな曇天だった。

 今日から7日間の遠征だった。


「おう、ディート。物資の確認は済んでるか」

「はい。滞りなく」

 声を掛けてきた大柄な男に、確認の済んだ一覧を渡す。食糧、薬品、生活物資と、矢のような消耗品の武器名にと、綺麗に並んだ品目と数字に、無精ひげの顎を撫でながら副団長のエドムントがにんまりと笑う。

「やっぱ、こういう仕事をやらせると、お前よりできる奴いねえよな」

 大きな掌で、少し襟足が伸びてしまった緋色の髪をガシャガシャとかき混ぜられる。手荒い扱いだが、ディートは嫌いではなかった。


「んじゃ、各自馬車に物資を積み込め」

 エドムントの号令で、一斉に騎士たちが動き出した。


 今回は長期討伐の先陣との交替だ。戦線は維持されていて、魔物の侵入を防いでいる。

 いわゆるスタンピードが起こったのは一月前だが、団長の素早い判断で、緩衝地帯から人間の生活圏へ影響は無かった。

 それでも、その魔物との境界はすぐ側にあり、大規模な作戦が展開中なのだった。


「よぉし、そんじゃあ出発するか!」

 ディートはまだ自分の馬を貰っていないため、その物資等の管理能力から今回は補給担当に配置されていた。現在は荷馬車の操作を任されている。軽く2頭の馬に合図すると、ゆっくりと歩き出した。


 天候は快晴ではないが、ディートの気持ちは明るかった。それは、この部隊を指揮する団長に、しばらくぶりに会えるからだ。

 団長はギルベルト・アーレンスと言って、7年前のスタンピードの際に国境戦線の攻防で活躍した、国の英雄だった。騎士団を志す若者で、彼に憧れない人間はいない。


 残念なことに、ディートは噂を耳にしたことはあったが、ギルベルトに憧れて騎士団に入った訳では無いので、最初は「何だ、この無表情な上官は」と、自分の無表情を棚に上げて観察していたが、今この部隊にいるのは、入団試験の際に彼の推薦があってこそだった。

 この部隊に所属して2年と少しが経った。


 今では、入団当時不可解だった若者たちの憧れが、いろいろな意味で、少し分かるようになったのだ。



 *  *  *


 2年前のあの日、家を出てからのひと月は、伯爵家からの追手をかわしながらの旅程だった。


 旅費は十分にあったので、追手を撒くのに山中に入ってボロボロになった服を替えたり、数日宿で引きこもったりしても余裕があった。


 そして無事に王都に辿り着いた時は感慨深いものがあった。少なくとも7歳までは王都に住んでいたのだが、まったく土地勘というものはなくなっていたが。

 それでも、古い建物や教会など、変わらないものやよく行っていた場所に辿り着くと、薄っすらながら記憶が蘇ってくる。それが何とも哀しくも嬉しい事だった。


 新兵の試験は、騎士も一般兵もひと月後であり、ディートは王都に慣れるために下町の安い宿屋に長逗留を決めていた。



 王都に着いて数日が経って、ディートは18歳の誕生日を迎えた。

 ここ数年祝われたことも無いが、今日は成人の特別な誕生日で、自分の為に何か記念になるものをと思い、城壁から少し行った山に生える「祝福の実」を取りに行こうと思い立った。


 手の爪ほどの大きさの赤い実が鈴なりになっている実で、一年中季節を問わずに栄養価の高い実を付け、弱くはあるが傷や毒を治す効果もあるので、怪我や遭難などの緊急の時に命を繋ぐ実ということで、神からの「祝福」という意味で付けられた名らしい。


 昼過ぎに山に入ってみたが、思いのほか見つからずに時間が掛かってしまった。午後も深くなってからようやく一房見つけ、宿への道を急いで帰ろうとした。


 山から下りる途中、王都へ向かう街道から少し山へ入った所で、顔を日よけ布で覆った体格の良い男性がいるのに遭遇した。どうやら街道を逸れて歩いている途中で、毒蛇を誤って踏んでしまい、足を噛まれたらしい。

 強い毒ではないが、足が痺れて難儀していたらしい。男性がたどたどしく説明してくれたが、それは毒のせいというよりも、男性が極度に口下手であることが原因のようだった。


 ディートは先ほど採った祝福の実を半分男性に分けた。祝福の実だけでは効果が薄いので、ディートは授かっている補助の魔法を掛けてよいか、男性に尋ねた。ディートの魔法は、人や物が持つ力や効果を増幅させる力があったからだ。


 男性が了承の意を示すと、魔法を掛ける。アンネへ何千何万と掛けた魔法だから、絶対に失敗することはなかった。

 掛け終わると、男性の僅かにだけ見えていた灰褐色の瞳が、大きく見開かれたようだった。


 しばらくして毒は抜け去ったようだったが、まだ痺れて歩行が難しいようで、じき日も暮れることから送っていこうと言うと相手が固辞したので、誕生日に他人に善行を施すと良いことがあるといって、無理やり肩を貸した。

 男性は更に恐縮したようだったが、街道に出るとすぐに王都へ向かう行商の馬車と出会ったので、男性を送ってくれるように頼んだ。

 行商人が快く引き受けてくれたので、別れを告げると、男性はお礼にとディートの名を聞きたがったが、見返りをもらったら善行じゃなくなると言って、相手に何も言わずに別れた。


 もしかすると、亡き両親と過ごした誕生日以外で、一番いい思い出になったかもしれないと、ディートは晴れやかな気持ちで宿に帰った。



 そして、月が変わって入団試験の日になった。

 ディートは騎士団希望だが、戦闘職になるつもりはく、後方支援での入団を希望していた。騎士ではなく、文官の騎士団職員となるが、もちろん騎士よりは給料は劣るものの、一人で身を立てていく分には十分過ぎるほどの金額だった。


 まず各職共通の筆記の試験があり、その後に面接、最後に専門試験がある。

 筆記試験は難なくできたと思われたが、面接から少し雰囲気がおかしくなった。


 面接官は、事務長と何と騎士団長と副団長が務めたのだ。

 明らかに事務方と分かる人はさておき、団長と副団長がどちらかさっぱり分からなかった。筋骨隆々の30代後半の人と、20代後半の体格はいいがやたらと整った容貌の人で、筋骨隆々の方が団長だろうと当たりを付けていたが、若い方に敬語を使いだしたのでどうやら美形が団長らしいことを知った。


「リーフェンシュタール学園となると、アールスマイヤー伯の血縁か?」「学園の専攻は?」「魔法の属性は?」「長時間労働が出来ない身体的理由はあるか?」「王都ではどこに滞在している?」「双子の兄弟姉妹はいるか?」


 面接は、動機や得意分野を伝え、どう騎士団に役立つかを主張する場だと思っていたが、何故か団長から次々と質問が飛んできた。プライベートなことも含んでいて、ディートには答えづらいこともあったが、相手は恐らく気分をほぐそうとコミュニケーションを図っているのだと思った。

 ただ、それにしては驚くほど無表情であったが。


 とりあえず、全てが嘘や隠し事だと、どこで露呈するか分からないため、ディートは父が生きていた時を基本に答えることにする。

 伯爵家の血縁との問いは、直系ではないが血縁であると答え、双子の兄弟姉妹はいるかという問いには、一人っ子なのでいないと答える。

 最後の質問は、まったく意味が分からなかったが、きっと何か意図があるのだろうと思うことにした。


 団長の質問の間、他の二人が何故かギョッとしていたが、ディートは緊張でいっぱいだったので、団長からの質問に答えるので精一杯であったのだ。


 そして専門試験であるが、事務方用の筆記試験かと思っていたら、何故か訓練場に連れて行かれた。

 昨今は後方支援も実技が必要なのかと思い、言われるがまま得意の補助魔法を掛けまくった。居合わせた騎士たちに何故か拍手されて実技は終わったが、その後事務方の試験はどうするのか試験官に尋ねると、先ほどのが最終審査だと言われた。


 試験結果は2、3日で出ると言い渡され、首を傾げながらも宿へ帰った。


 そして悶々としながら数日を過ごすと、通知の宛先を宿屋にしていたため、朝いちばんで宿屋の亭主から通知を手渡された。

 恐る恐る開けると、そこには合格の文字が。

 じんわりと喜びが湧き、密かにベッドに転がって悶えた。これだけの喜びを最後に感じたのはいつだろう。


 そうして、入団式を迎えた。

 職場に行ってみると配属が指示された。


 何と、希望していた後方支援ではなく、団長直属の部隊への配置だった。副団長に何かの間違いではないか、と尋ねたが、ディートは間違いなくこの部隊の配置のようだった。


 他の隊よりは書類仕事が多い場所なので、書類が扱える人間が必要だったと言われたが、最たる理由は、最前線で戦うこの部隊には、ディートの補助の力が必要だったからだという。

 それだからといって疑問が残った。ディートは第二試験からすでに実戦部隊を想定した面接をさせられていた。そして最終試験は言わずもがなである。


 副団長に食い下がっていると、ちょっと言いにくそうにボソッと告白した。

 ディートの部隊入りは、団長の肝入りらしかった。どこで知ったのか語らなかったが、面接時点でディートの補助魔法を知っていたらしい。

 そして、本人の希望を無視して最終試験に至った。あんな優秀な補助魔法を後方支援に置くなど、宝の持ち腐れでしかない、と言って。


「あんなにしゃべる団長見たの久しぶりだ。団長があんなに入れ込むの珍しいんだぜ。そういう訳だから、観念しな」

 そう言って副団長は豪快に笑った後、ディートの背中をバシバシ叩き、あまりの勢いにディートの身体が吹っ飛んだのは、実戦部隊始まって以来の戦闘非専門職と一緒に伝説になっていた。


 ディートの散々な入団初日の元凶である団長は、式の時に切れ長の目でディートを見やってから、軽く口角を上げたように見えた。

 

 そのことが隊全体に波紋を投げかけるとは思いもよらず。


 団長は、鉄壁の無口、無表情から「鉄仮面」やら「永久凍土の君」やら「虚無の英雄」などと呼ばれているらしい。

 隊員たちからは、「あれは微笑んだのか?」「いや、くしゃみがしたかったんだ」「もしかすると寝不足で表情筋が痙攣したのかも」と議論され、最終的な結論は、「あれは幻だった」に落ち着いた。


 それが、ディートが初めて知る国の英雄の評価だった。

時間軸は、2年後→家出直後→試験→入団です。


閲覧ありがとうございました。

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