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13 男装令嬢は遭遇する

途中まで第三者視点です。

ざまぁ、なのかな?

 晩秋の祝宴で、最大の話題になったのは、もちろん再びスタンピードを収め、爵位を上げたギルベルト・アーレンス伯であるが、それは、人嫌いで「永久凍土の君」と呼ばれて貴族世界を離れた彼が爵位を望んだからではなかった。


 陞爵の儀の後の祝宴で、彼が一人の美しい令嬢を伴ってきたからだ。

 しかも、「永久凍土の君」と言われる程、冷たい表情が動かないことで有名だった彼が、その令嬢を見て愛おし気に微笑んだのだ。


 その麗しさに、国の「英雄」を狙っていた各門の令嬢たちはため息を吐いたと同時に、その彼の眼差しを一身に受ける令嬢を探るために囁き合った。


 その色彩の特徴から、その令嬢は南の名家であるアールスマイヤー家の令嬢と思われたが、その令嬢は会場の別の場所にいたので、更に貴族たちは混迷状態となった。今までこの社交界で、アールスマイヤー家の「二女」の姿を見た者はいなかったからだ。


 燃えるような緋色の髪を柔らかくまとめ、名匠の彫刻のように整ったかんばせに軽く色味を乗せただけの化粧なのに、まるで花が咲き誇っているかのように艶やかだった。

 そして、その吸い込まれるような金の瞳が視線を向ければ、誰もが絡めとられたように動きを止めた。

 スラリと高い背にピタリと合った光沢のあるグレイッシュブルーのドレスは、首元までレースに覆われ、顔だけしか肌を露出していないのに、豊かな双丘と細腰を際立たせ、とても魅惑的に見えた。

 しかもそのドレスは「英雄」の正装である式典用の軍服の色味と合わせているのはもちろん、彼の瞳の色にも似ていて、その執着ぶりがよく分かった。


 その隣に影のように寄り添う「英雄」を、適切な距離を保とうと時折窘める様子を見せるので、初々しさと奥ゆかしさに好感が湧くが、それでも片時も離れない「英雄」が、どれほど彼女の虜であるか一目瞭然であり、それもまた微笑ましく見えた。


 やがてその二人に王太子が近付き、親し気に挨拶をかわす様は、その令嬢とも王太子が浅からぬ知人であることが窺えた。

 どうやら王太子は、令嬢をダンスに誘おうとして、「英雄」に断られたようだ。それに気を悪くすることも無く、王太子との談笑は途切れることなく続いていて、ますます物見高い貴族たちは令嬢の正体を知りたいと躍起になった。


 その令嬢の背後に、一人の令嬢が近付くのに大勢が気付いた。その令嬢は、渦中の令嬢と同じく赤い髪に金の目をしていた。


 最初に気付いたのは王太子で、その精悍な顔に猛禽のような笑みを微かに浮かべ、「そなたらに話しかけたいようだ」と言って、二人に振り返るよう伝える。どうやら王太子はその場にとどまって、その様子を見守るつもりのようだ。


 振り返った二人を見て、近付いた令嬢は一瞬鼻白んだようだった。

 だがすぐに持ち直すと、それは無邪気な笑みを浮かべた。


「ディート、これはどういうことか説明してもらえる?」

 王族を前に、挨拶も無くしゃべり始めた令嬢に、背の高い令嬢は王太子へ詫びるように軽く腰を折ると、非礼に気付かない令嬢へ向き直る。


「アンネ。私もいろいろと話したいことがある。でもその前に、王太子殿下へご挨拶を……」

 常識的に窘める令嬢に、もう一人は険しい顔をして睨む。だがすぐに王太子がいることを思い出したのか、にこやかな顔にすり替えて王太子へ礼をした。そして、王太子の許しも待たずに挨拶をしたのだ。それは明らかな不敬行為だった。


「お初にお目にかかります。わたくしはアールスマイヤー伯家の一女のアンネマリーと申します。王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます」

「ああ、先ほどまでは麗しかったのだがな」

 美しいカーテシーを見せるも、王太子の対応はけんもほろろであった。


「まあ、つれないおっしゃりようですわ。こちらはわたくしの妹ですの。とても楽し気にお話しでしたので、わたくしもご一緒したいと思いましたのよ」

 何事も無いかのように親し気に話す令嬢を、背の高い令嬢が思わず遮った。

「アンネ。まずは殿下に非礼をお詫びして、ここを失礼しよう。アルバン兄さまもいるのでしょう?」


「あら、わたくしに非礼などと言いがかりを。それにディートばかりズルいわ。いつもそう。楽しい事は自分ばかりで独り占めして」

「アンネ。もう子供ではないんだ。物事の分別をつけられないならこの場を去りなさい」

 厳しい言葉で諭すと、大いに不満をその顔に湛えた。


「もういいわ。あなたこそどこかへ行きなさいよ。ああ、あなたのせいで雰囲気が悪くなったじゃないの。殿下、わたくしたちは楽しくおしゃべりしましょう」

 周囲すら唖然とする中、一人だけその令嬢はどこまでも自分本位だった。


「ディート。そなたの忍耐強さに敬服したぞ。これを11年か」

「まことに申し訳ございません、殿下。お耳汚しでございました」

 王太子が妹という令嬢へ憐憫の眼差しを向ける。


「それにしても、肝だけは一級品だな。『英雄』のこの視線にも動じないとは」

 別の意味で王太子が姉という令嬢へ感心の眼差しを向けた。それを褒められたと取った姉の令嬢は、誇らし気に微笑むが、王太子の視線が冷ややかなものに変わると、訝し気にその向けられた視線の先を追って絶句した。

 そこには、『英雄』の殺気の籠った眼差しがあったからだ。その圧たるや、その視線だけで魔物も屠れそうなものだった。


「あの時、舌も手足も切り落としておくべきだった」

 この祝宴に災いをもたらすかのような呪詛だった。式典用の飾りとはいえ、その腰の剣を抜きそうな勢いに、妹の方が慌てて「英雄」を止めた。

「ギルベルト様。私は大丈夫ですから」

 そう言うと、「英雄」は大きな息を吐いた。


「あの時のことを怒っているのですか、ギルベルト様。確かに多少は取り乱しましたが、あれはギルベルト様がわたくしの話を聞いて下さらないから」

 姉は硬直から立ち直り、あれだけの殺気を向けられたにも関わらず、甘えた声で「英雄」に声を掛けた。


「名で呼ぶなと、何度も言わせるな」

 せっかく収めた怒りが湧き上がるのを周囲は感じ取った。抑えた声音がその怒りの深さを物語っている。

「何故です。ディートには許して、何故わたくしは駄目なのですか?」


 令嬢の理論に空気が冷えた。また剣を抜きそうな「英雄」に、王太子が視線でその手を止めさせた。そしてそのまま姉の令嬢へ尋ねる。


「ならば聞くが、何故『お前』がディートと同じだと思うのだ?われらは『ディートの友人』であって、お前とは友人でも何でもないはずだが。そしてお前は、私の許しも得ずに勝手に名乗り、不敬を働いたことも許されると?」

 王太子が相手を「お前」と呼んだ。温厚な王太子も令嬢を見限ったのだろうと分かった。


「だって、わたくしはディートの姉ですもの」

「姉ならば、妹のものはそのまま自分のものになるとでも?」

「そうですわ。それが姉妹ですわよね」

「であれば、お前のものも、当然ディートのものと言えるな」

「え?何故ですの?わたくしのものはわたくしのものですわ。おかしなことをおっしゃるのね」


 今度は周りが絶句する番だった。堪らずに、妹の令嬢が前へ出た。

「殿下、お叱りは後ほど必ず受けます。殿下への不敬の罰も必ず後日受けさせます。どうか辞去をお許しください。アンネ、もうやめよう。さ、兄さまのところへ戻るんだ」

「嫌よ。離しなさい」

 姉は訳が分からないとばかりに抵抗する。


「ディート。もう庇う必要はないのではないか?もう度し難いほどに侮辱を受けているのだぞ」

 そなたが、と王太子が言う。それに妹は首を振った。


「姉を庇っている訳ではありません。今日はギルベルト様のお祝いなのです」

 そう言われて王太子も「英雄」本人も、ハッとした顔になった。

「この場だけは、どうか穏便に」


 本来王家の威信を傷つけた罪はその場で収拾せねばならないが、大事な友人の晴れ舞台を穢さぬ方を王太子は選んだ。周りは王太子の寛大な処置と、命がけでそれを申し出た令嬢に感服したのだった。


「ディート!」

「兄さま」

 そこへ慌てて駆け付けた青年が、妹令嬢に声を掛けた。やはり同じような赤毛に金の瞳であり、アールスマイヤー家の御曹司だとすぐに知れた。令嬢たちによく似た美しい青年だったが、その顔は蒼白を通り越した色をしていた。今の眼前の状況を把握し、瞬時に膝を折って王太子に頭を下げた。


「妹がとんだ非礼を」

「良い。この沙汰は後日追って言い渡す」

「ご厚情に感謝申し上げます」

 兄らしき令息が床につかんばかりに頭を更に下げたところで、両親が駆け付けた。


 兄と妹が頭を下げている光景を見て、父親の伯爵は軽く顰めた表情だったが、素直に膝を折った。夫人は何を勘違いしたのか、不機嫌に立ち尽くす姉を抱き締めて軽く膝を折っただけだった。


「ディート、またお前なのね」

 そう吐き捨てる母親に、兄が何かを言おうとするが、妹はただ静かに首を振っただけだった。


「育ててやった恩も忘れて、今すぐ伯爵家に戻って、アンネが『聖女』なるために協力なさい」

 せっかく収まった場を、夫人が蒸し返した。周囲は、いつ「英雄」が激怒して、スタンピードを収めたその剛剣を振るうのでは、と戦々恐々としていたが、当の「英雄」は黙していた。妹は王太子が好きにして良いと手を振るのに礼を言い、ただ静かに夫人に話し始めた。


「お母さま。私はこの度『聖女』に認定され、騎士団付きの聖女となりました。ですので、もうアールスマイヤー家とは関わる事はありません」

「……お前、なんて言ったの?お前が『聖女』?」

「それと、私はこちらのギルベルト・アーレンス伯と正式に婚約いたしました。殿下と騎士団統括閣下の御承認をいただきましたので、お父さまとお母さまの承認は必要ありません」

 淡々と説明をする妹令嬢に、夫人は憎悪としか言いようのない目を向ける。それはとても娘へ向けるものではなかった。


「よくも。アンネへのこの仕打ちは、お前の仕業ね。許さないわ」

 呼吸荒く、顔を赤くした夫人が震える声で言い放つ。


「……救いようのない親族だな」

 小さな王太子の呟きに、気の強そうな夫人が侮辱されたと思い、ひきつけを起こして倒れた。姉がそれを見て悲鳴を上げたのを王太子が煩わし気に見て、警護の騎士たちが騒動を起こした一家を連行していった。ただ、常識的だった兄に同情の目が向いていたのだが、それは何の慰めにもならなかっただろう。


 そんな騒動の後、気が抜けたのかふらついた妹令嬢を「英雄」がそっと抱き留めていた。

「もう大丈夫だ。頑張ったな」

「はい」


 その睦まじさに、周囲がホッと息をついた。

 それを見て王太子が仕切り直しの声を上げ、また祝宴は華やかさを取り戻した。




「伯爵は蟄居、夫人は伯爵と共に一切の社交を禁じられ、アンネマリーは北の修道院へ送られた。そう遠くはなく、伯爵は息子のアルバンに位を譲るだろう」


 伯父一家の処分をギルベルトから聞いて、ディートはようやく伯爵家との関係に一区切りがついたことに疲れが押し寄せてきた。

 これまでのものとは違い、大勢の目の前で起こったことで、王族への不敬罪であり、これまでのように言い逃れや「免罪」を使うことができずに、正当な罰を受けた。伯父はともかく、派手好きの伯母やアンネには耐え難い罰だろう。


 しばらくディートの周りでも醜聞として囁かれるだろうが、当分は社交界へ出ることもないので、いつしかその噂も消えるだろうと思われた。


 ディートは伯父一家と対峙するまでは、未だに連れ戻されるのではと心配をしていたのだが、ジークフリートの口添えで、神殿が聖女認定をすることで、伯爵家の養子の関係を一度断つことにしたのだ。


 本当の裏技だったのだが、その後第三騎士団専属の「聖女」とすることで、これまでと変わらぬ生活を送れる事になった。

 聖女の役目は、魔物の脅威から人間を守ることで、それは今までの仕事と何ら変わりはなかったので許されたことで、本当に偶然や人の善意に助けられた結果となった。


 聖女は結婚し、子を産み育てることも出来る。むしろそれが推奨されていて、聖女となると家門の権威となるため、概ね上級貴族または王族と婚姻するのだが、今回は婚約ありきの聖女認定という珍しい事例となった。

 独身のジークフリートなどは、祝宴でのディートを見て「惜しい事をした」と嘯いていたが、ギルベルトが「永久凍土の君」を復活させかねなかったので、ディートがジークフリートの冗談を叱ることで事態を収めたのだった。

ジークフリートは「冗談でもないんだがなぁ」と肩を竦めていたのは、誰も気付かなかったが。


 そうして、平穏な日々が過ぎていくように思えた。


 今日も業務終わりが同じになることが分かったので、ギルベルトがディートを執務室で待っていたのだが、その日はなかなかディートが用事から帰ってこなかった。


 つい1時間ほど前まではいたはずなのに、ディートの姿がどこにも見つからなかったのだ。


 ディートは、まだ婚約期間だからと寮に住んでいたので、行き違いになったかと寮へ連絡を入れるも、まだ部屋に戻っていないと言う。


 何故か焦燥感が溢れた。


 その日、ディートの姿が忽然と騎士団から消えたのだった。

この世の中で怖い物は、話の通じないものではないでしょうか。

作者も、日本語を話しているはずなのに、まったく会話にならない人と出会ったことがありますが、その人には他人が同じ人間に見えてないんじゃないかと怖かった覚えがあります。

ホラー映画も、怪異が会話しちゃうと、怖さが半減しますよね。

某有名漫画のラスボスも、他人に共感できない怖さをあげられてました。

というちょっぴり実体験を拝借したお話でしたが、もちろん姉のアンネ(韻踏んだ)はフィクションですよ。


それでは、またの閲覧をよろしくお願いします。

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