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1 男装令嬢は虐げられる

初めましての方も、お久しぶりですの方もよろしくお願いします。

2話まではずっと虐げられています。

タイトルどおりです。


「本当に役立たずね、ディートリヒ。早く言うとおりになさい!」


 今日も朝から姉アンネマリーの怒声が響く。だが今日はまだマシな方だ。コップの水を浴びせられることもなく、扇で叩かれることもないからだ。

 今朝は、ディートの持ってきた服がお気に召さなかったようで、ベッドの上から怒鳴りつけるだけだった。それも、その服は昨夜、姉が指定したものだったはずだが。


 アンネは、ディートと同い年だが数か月早い生まれで、今年の春で18歳になった。

 南の一領主であるアールスマイヤー家は、古くから魔物の脅威から人間を守る聖女を輩出する家系として有名で、建国期からある旧家だ。

 四方地域に数名しかいない聖女だが、その中でもアールスマイヤーは聖女の頂点である「大聖女」を度々送り出してきた。

 男児にも聖魔力を持って聖人となる者もいるが、何故か聖性は、家系的に生まれにくい女性の方が強かったため、アンネは生まれた時からずっと聖女候補として甘やかされて育ってきた。


 ディートは、床に投げ捨てられたドレスを拾いながら、床に膝を突いて軽く頭を下げた。下男のような古びたスラックスなので汚れは気にならないが、こうしないとアンネは、癇癪をもっと募らせるかもしれないからだ。


 ドレスを持って部屋を出ると、若いメイドが不快気にディートが持っていたドレスをもぎ取った。ディートのせいで仕事が増えてしまったと思っているのだろう。


 私が持って行かなければ、今頃姉さまは着替えをされて、あのドレスのしわ伸ばしをしなくて済んだだろうから。


 はあ、とため息を吐くと、メイドが「こっちがため息を吐きたいくらいです」と吐き捨てるように言った。ディートは「すまなかった」と言ってメイドを見つめると、メイドは俄かに頬を赤らめて何かを口ごもりながら去って行った。

 きっとあのメイドが新しい服を持って行ってくれるはずだ。そうすれば、文句を言いながらも着替えを済ませるだろう。あのメイドは姉のお気に入りだから。


 アンネは大層な癇癪持ちで、メイドと違って自分の意見を言える侍女が長続きしたことがなかった。今も髪も服もメイドに任せていた。

 ただ唯々諾々と自分の言うことに従うメイドでないと、下手をすると怪我をさせてしまうこともあったので、仕方ないことだった。


 この後は、着替えよりもまずアンネの朝食を取りに行かなければ、と今後の予定を頭に浮かべた。

 アンネは朝が弱いと言って、部屋で朝食を摂っている。それを運ぶのもディートの仕事だ。


 料理長はともかく、配膳の料理人は素直に食事を渡してくれるだろうか。彼もアンネマリーのお気に入りだ。


 姉のお気に入りの使用人は、皆一様にディートを虐げる。

 それを主人であるアンネが望んでいるからで、主人に似たのか類が友を呼び寄せるのか、本来なら傅くべき伯爵家の人間を見下せることに愉悦を覚える人間が揃っていた。


「遅かったな。また女でも誑かしてたのか?」

 自分とアンネの2食分が載ったワゴンを渡される。食事を貰うのにもやはり嫌味を言われた。この若い料理人は、どうやらディートが他の女性と話しているのが、どうにも気に食わないらしい。

 決まり文句は「女みたいな顔しやがって」で、去り際に聞こえよがしに吐き捨てるのが定型だ。

 だが、今日は特に自分の分の食事を減らされたり異物を入れられたりしていないので、やはり悪くない日だった。


 ワゴンの上の食事の8割を占めるアンネの朝食を届けると、先ほどのメイドとのおしゃべりに夢中で、わざとディートを無視しているが、こういう時は下手に声を掛けるとうるさいので、挨拶だけして下がった。

 その後、狭い屋根裏の自室でスープとパンと目玉焼きだけの、使用人より質素な自分の食事を摂っていると、ドアがノックされた。


 この部屋のドアをノックするのは、祖父の代から伯爵家に仕えている数名の使用人だ。ディートがこうなる前の、幸せだった日を知っている古参の使用人は、父の忘れ形見として私の境遇を憂いていて、密やかだがディートを敬ってくれている。

 ドアを開けると、やはり最古参の老執事のリックだった。


「ディートリンデ様。お待ちかねの身分証が届きましたよ」

 そっと秘め事のように名前を呼ばれる。

「……ありがとう、リック」


 手渡された封筒を思わず握りしめそうになる。それを堪えて、開封して中を見た。


 〝ディートリヒ・アールスマイヤー 聖歴238年8月生 男 聖歴256年9月リーフェンシュタール学園卒業資格を有することを証す 本学園は当該生徒を王立騎士団事務職へ推薦する〝


 それは待ちに待った卒業証書を兼ねた身分証だった。卒業まで二か月もあるが、早期に卒業に必要な単位を修了したため、それに合わせて学園側に頼んであったものだ。


 騎士団に限らず、王立の機関では、文官になるにも騎士になるにもこの身分証をもって試験を受けられるようになる。だから、早めに試験を受けるため、卒業前に交付申請する生徒は少なくなかったので、ディートも怪しまれることなく身分証を発行してもらえた。

 

 そして、最後の文言が重要だった。この推薦項目があれば、就職にこれ以上なく有利になるのだ。

 それで十分と、通常試験に非常に有利になる貴族の系譜の証明は削ってもらった。

 この家から独立できる、これはその道のりの大切な切符だった。


「ようやくですね、ディートリンデお嬢様」

 そっと涙を浮かべるリックに、ディートは久しぶりに仕事をした表情筋で、目一杯微笑んだ。




 ディートリンデがディートリヒになったのは、12歳を目前にした時だった。

 ディートは元々、アールスマイヤー家現当主の弟クラウスの娘である。


 クラウスは王都で騎士団に入り、名実ともに上級騎士であった。

 王家の覚えもめでたく、功績を挙げた任務の褒賞として、多額の恩賞と長期の休暇を賜り、長らく音信が途絶えていた伯爵家へ里帰りしようとしていた。

 その道程で、両親とディートが乗った馬車が、前日までの大雨のぬかるみで崖下へ転落し、ディートは両親を失った。


 ディートはその時のことをよく覚えてないが、ディートだけは両親に庇われるようにして助かったようだ。

 投げ出されたらしい御者は遺体すら見つからず、それほど高さがあるわけではない崖だったが、大人たちは「運が悪かった」と言っていた。

 ディートが7歳の時であった。


 分家とはいえアールスマイヤーの女子であることから、聖女選定に期待され、ディートは本家の養女となった。伯爵家を離れた父だったが、十分な教育を施してくれていたので、伯爵家に入ってもディートの振る舞いや教養は問題なかった。

 むしろ、義姉となった4か月早い生まれのアンネよりも利発で、父親譲りの明るく礼儀正しい性格で、使用人たちはみんなでディートを褒めそやした。


 周囲からのディートに対する聖女候補としての期待も高まったが、それは同時に伯爵家の人間には不快に思えるものとなっていた。

 名家という高い矜持から、実子よりも養子が優秀であるなど、利がなければ受け入れがたいと感じていたほどに。

 いつしか伯爵家の人間は、虐げることこそしなかったが、ディートに対する態度は冷えていったのだ。


 そんな中、11歳のある日、アンネが聖魔法を発現させたのだ。

 どのようにして魔法が発現したのか尋ねても、アンネは「覚えてないわ」としか言わなかった。

 

 実際には、ディートの両親の形見であるリボンを、アンネが取り上げようとしてディートが抵抗したため、アンネが癇癪を起した時に聖魔法でディートを攻撃したのだ。

 だが、伯爵家の人間は、誰もそれを追求することは無かった。

 実際に背中から血を流すディートを目の当たりにしてもだ。


 攻撃型の聖魔法は、魔物の討伐で大いなる力を発揮するため、聖女の所属機関である神殿でも好待遇が予想される魔法系統だった。これならば、聖女認定が下りることは確実だろう、と。


 それからの伯爵家はお祭り騒ぎであった。もしかすると、しばらく遠ざかっていた大聖女への道も開けたと、それは狂ったような歓喜の仕方だった。

 その陰で、アンネの攻撃魔法で背中に大きな傷を負って苦しむディートは、適当な手当だけ施され放置された。


 その日から、聖女誕生の期待に活気づいた伯爵家では、それまで聖女になって伯爵家へ利益をもたらすことへの期待だけで養っていたディートを、完全に不要と見做した。

 元から肉親としての情など塵ほどにもなかったのだ。


 ディートは、12歳の魔力判定を待たずに「厄介者」として扱われるようになった。

 その最たるものが、ディートがこれ以降、聖女として認定されないよう、男児として扱うようになったことだ。


 そうして、ディートは「ディートリヒ」として生きることになった。


短編で書こうとしたら導入部分で1万字いきそうになってしまったので、連載になりました。

コメディ色を封印して頑張ってみましたので、作者の別口テイストをお召し上がりください。


長くならない予定ですので、しばらくお付き合いくださると幸いです。

閲覧ありがとうございました。

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