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酒席

作者:

 閉店間際の花屋に白木蓮が売っていたので抱えて帰ってきた。まだ固い蕾のついた枝をどうにかこうにか切り詰め、花瓶がわりの酒瓶に入れる。それだけでなかなか姿がいいので咲かなくてもいいと思ったのも束の間、蕾が日に日に膨らんでいくのを見ていると、やはり咲いたところを見たい気持ちが強くなっていく。

 深夜に帰る日が続いたこともあって、何を考えるともなしに枝の前の床に座るのが日課になった。そうしていると何かを思い出しそうになるのだが、これというものに思い至らず、ただ花びらの隙間を眺めるだけの時間が過ぎていく。

 一週間ほどが過ぎ、ついに花は咲いた。いつもどおり床に座り、すべすべとした花弁を持ち上げるように触れると、思った通りかすかに持ち重りする感触が心地よい。清潔な花だ。そのときふと、思い出しそうになっていたのは酒席ではないか、と思われた。こうして地べたに座り、萼ごと落ちた八重桜の花びらをいじくり回していた、あれはいつのことだろう。

 私は慌てて立ち上がり、戸棚から日本酒の瓶を取り出した。木蓮の花びらをそっと引き抜くと、やはり想像した通りの心地よい感触がある。前にも花びらを引き抜いたことがあっただろうか? 花びらに酒を注ぎ、唇をつけると、酒の香りとともに青っぽい匂いが鼻に喉にすべってゆく。八重桜の花を紙コップに入れたのは酒席ではなくままごとの記憶だろうか? 背中に当たる陽光の暖かさやごつごつとした地面の隆起ばかりが思い出されて、いつどこのことだったのか、他に誰がいたのか、具体的な思い出に結び付かない。

 酒を飲み干して、濡れて光る花弁をしばし眺めた後、口に入れた。前歯が厚みを噛み締めるざくりざくりという食感が面白い。清潔な花だ、という思いがもう一度胸をよぎる。この厚み、この感触こそが、私が求めていたものだということがはっきり分かった。

 数日同じことを繰り返すうちに木蓮は枝だけになった。踏みつけて折り、紙袋に入れて燃えるごみに出した。ほどなくして異動の通知があり、深夜に帰宅することはなくなった。


イメージソース:

https://twitter.com/heartmugi/status/1428014411675930635

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