永遠の絆のはなし
目の前にいるこいつは、吸血鬼なのだという。
「血? 別に要らないよ。死なないってだけで、死ねないってだけで、それ以外は人間と同じ。名前負けだけどね」
切り刻んでも死なず、食事をせずとも飢えず、空気がなくても息絶えない。正真正銘のバケモノ。
「年齢? 多分、500は超えていなかったと思うけど。490くらいじゃない? 数えてないや」
ありえないほどの景色を見て、ありえないほどの知識を得て、それを悪用するでもなくただ淡々と生きている、怪異。
「どうして生まれたんだろうね。死ねないなら、一方的に増えていくだけなのにね」
そんな風に宣うこいつは、一体何を思ったのか、高校生に擬態していやがったのだった。
正直に言ってサバ読みにもほどがあると思う。コスプレどころの話じゃない。だけど、こいつの見た目は、色白で綺麗なだけの若者そのもの。それこそ、高校生に擬態していてもバレないくらいに。
だからこそ、ばっちりと騙された。普通に声を掛けて、普通に仲良くなって、後戻りができないくらい心を開いた。そこで、こいつは秘密を投げよこした。
「吸血鬼って、まじ」
「まじです」
「なんで。なんでそんなもの背負わせんの」
「んー。きみに、背負っててほしくなってさ」
「騙されたなー。他の人も、こんな風に?」
「そもそも、きみのことも騙したつもり、ないけどな。他の人間に教えたことは無いよ。これまでも、たぶんこれからも」
口から滑るように言葉を並べて、ほんの少しだけ苦く見えるような顔で、笑った。
最初はただのクラスメイトだった。仲が良かった訳じゃない。だけど、なんとなく仲良くなって、時間を、言葉を重ねて。笑い合ううちにどうしようもなくなった。それこそ、好きとか嫌いとか、そんな言葉じゃ形容できないくらいに。感情の一部分を与えてしまった。
「あんたじゃなかったら、すぐ逃げたよ。なんとか言ってさ。意味わかんないし、頭おかしいと思っただろうし」
「そっか」
「このまま、時間が経ったらさ。あんたすぐに、一人になっちゃうね」
「きみがいなくなったら、そうなるんだろうな」
「……寂しくないんだ」
「まあ、別に。元々、一人で生きてきたし」
そういうもんなんだ。心の中で独りごちる。嘘でもなんでも、寂しいって言ってくれれば良かったのに。そうしたら、あんたを悪者にして、共犯者に出来たのにな。
「あんたを一人にしたくないって思っちゃうのって、なんでなんだろうね」
「それは、すごく難しいね」
500年も生きて、知識だけは無駄にあるはずの吸血鬼さまは、困ったように言った。
一人の男が、布団の上に横たわっていた。しわくちゃな顔で、やせ細った体で、それでも幸せそうな顔で。
「吸血鬼さま。僕はね、ひととしては、随分と長く生きたと思うんだ」
「うん。109年だもんね」
「ありがたいことに、家族にも恵まれてね。可愛い妻と、子供もできた。妻は先に逝ってしまったけれど」
「そうだね。すごく素敵なお嫁さんだった」
「僕にはもったいないひとだった。幸せな、人生だった」
「うん。そっか」
「なぁ、吸血鬼さま。僕は、あのひとのいいつけを、守れていたんだろうか」
「……君がいたから、寂しくなかったよ」
「そっか。それならあのひとも、きっと褒めてくれるだろ」
幸せそうに笑って、彼は逝った。
彼は、あの子の子供で。あの子に約束を託されてしまった、少しだけ可哀想な子でもあった。
あの子に正体を打ち明けた日。想像していた通り、あの子はサラッと信じてくれたし、拒絶だってしなかった。なんでそんなもの背負わせんの、なんて、口では責めるようなことを言ったくせに。あの子は、これまでと少しも変わらずに、隣にいてくれた。
そんなあの子がある日、人を連れてきた。結婚するのだという。すごく嬉しくて、自分の事のように嬉しくて。だけど、結婚して数日、気づいてしまった。あの子は自分の伴侶のことを、少しも愛していないんだって。じゃあ何故、あの子は結婚なんてしたのだろう。
結局、二人は子供が出来て直ぐに別れてしまった。
それから、何十年も経ったある日、その理由を知ることになる。あの子が年老いて、命を落とした日。
「吸血鬼さま」
産まれたばかりの子供を抱えたまま、彼はぽつりと洩らした。
「俺が、隣にいますから。吸血鬼さまが寂しくならないように、ずっと隣にいますから」
ふと、あの子の言葉が蘇った。
『……寂しくないんだ』
『あんたを一人にしたくないって思っちゃうのって、なんでなんだろうね』
きみは。まさか、ねえ、嘘だろ。
でも、それが嘘なんかじゃないってことは、あの子の隣に居続けた自分自身が、どうしようもないほどに理解していた。
文章下手だなぁと、読み返してはつくづく思います。
読了、ありがとうございました。