序章 1話
最近のゲームは飽和状態だ。
特にスマートフォンでできる「ソーシャルゲーム」は大量にあり、
すべてに手を出していてはきりがない。
やりこむには時間が足りない。
おまけにスタミナ制という
「しばらく数時間待ってスタミナを回復してからゲームプレイをしましょう!」
などと言われ、夢中になって楽しく一気に進めても、いいところストップをかけられる。
この現象を初めて体験した当時中学生の短気な子どもであった俺は
どうしてもどうしてもゲームの続きが気になって
やがてスタミナ回復を待つことができずじれったくなり
「あぁぁあぁ゛゛!!」
と奇声をあげてスマホをベッドにたたきつけるように投げた。
スマホを床や壁でなくやわらかいベッドの上に投げつけたのはかろうじて理性が残っていたのだった。
さらに勢いあってそのゲームのアンインストールまでしてしまった。後悔はない。
後悔はない、後悔は決してないが、その夜はそのゲームの続きが気になりもやもやして眠れなかった。
しかし翌日そのゲームのネタバレサイトと実況プレイを動画で見て満足した。
世の中こんなものである。
一種の悟りを開いたかのような俺はゲームの付き合い方を変えていった。
「広く浅く楽しく」
周回ゲーム?そんなの嫌だ。
ただでさえ体育の持久走だって嫌になってるのに
ゲームの中まで周回させられてたまるか。
なんて・・・・・頭の中でひとり言を展開しても、走る距離は変わらない。
現在体育の持久走中だ。
苦しい時間は早く過ぎてくれない。息絶え絶えになりながらいまグラウンド5周目にさしかかる。
はぁ・・・はぁ・・・・・あと1周だ・・・。
体育の持久走考えたやつ、死なねーかな。
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憂鬱な体育が終わった。走らすならサッカーとかやらせろ。
そんな悪態をつきながら、帰路につく。
(今日は新しいゲームをダウンロードするか)
自分のスマホ画面を眺めてはそう思った。
(このネズミと猫のソシャゲ面白くなかった)
アニメ調のゲームで鬼と逃げるほうにわかれて遊ぶゲームだ。
アニメーションがよく動き見応えはあるのだが、いまいち飽きがはやかった。
すすっと指で画面を操作してネズミと猫のアンインストールをした。
最近はずっとこの繰り返しだ。
新しいゲームをインストールしては1週間から長くて1か月間遊んだ後、アンインストールする。
何か面白いゲームないかなー
そんなことを考えながら自宅へ到着する。
「ただいまー」
・・・おかえりの返事が返ってこなかったのでまだ家には誰もいないだろう。
手洗いをすませ自分の部屋に行く。
学生かばんを床に置いてベッドで横になり、スマホからゲームのダウンロードサイトを見ながら
新作ゲーム一覧を見る。市場は新作ゲームであふれている。
1つ1つチェックするのが面倒になったので無意識で適当にポチポチダウンロードした。
ダウンロード中に眠くなったので寝る気はないけどなんとなく目をつぶった。
『・・・起きなし、起きなーし!!』
突然、スマホから声が聞こえる。
(やべっ間違えて電話しちゃったか?)
しかし女の声だった。女の友達は誰一人いない。
すると不自然なため、目をぱっちりあけてスマホ画面を見る。
『いっすうっすダウンロードサンキュー!』
画面にはカメラ越しに金髪の高校生らしき服装を着た女の子が映っていた。
身長は大きめでお尻まである長い金髪のツインテールだ。ギャルっぽく目元のアイラインが濃いが化粧が濃い印象はない。
なかなか良いキャラクターではないか。
「よくできてるなこのキャラクターの3Dモデルは」
『はあ??あんたに話しかけてんすけど??』
「・・・・?」
『あんたよ、おバカみたいな顔のそこらへんにいそうな髪型してる男子高校生っぽいあんたよ』
「お、おおう・・・」
わかった、通話してるんだなこれ。そういうアプリをインストールしちまったんだ。
「間違えましたごめんなさい」
そう言って通話を切るボタンを画面からさがすも見つからない。
『あんたさぁ、ゲームさがしてるっしょ』
金髪のギャルはけだるそうに言った。最初のハイテンションどこいった?
「まあ・・・そうだけど」
『このゲーム進めてほしいのよ、それだけって感じぃ』
そういうと金髪のギャルの下にタイトルのように文字が浮かぶ。
勇者サポートセンター?
黒い字で安っぽいフォントだ。クソゲーの予感がする。
さらにタイトルの下にスタートという文字が出てきた。
『どうせ暇?暇まんじっしょ?だるいわ~っつ顔してたもんねあんた』
「・・・・」
画面の中の金髪のギャルはよく動く。まるで生きている人間のようだ。
『スタート押してみろよ』
なんか嫌だな。やれって言われるとやりたくなくなる。
なんかよくわからんが断ろう。
「今日は学校でつかれ『まっ、あたしがスタート押しちゃうんだけどさぁー』
金髪のギャルがそういうとスマホの中から右手首がでてきてスマホの画面をタッチした。
は?
テロロロンとスマホから音が鳴る。
「おいおいおいおいやばいって!」
スマホから手が出てるって!ゲームどころじゃない!やばいやばいって!
『それじゃあゲームスタートでええす!!」
金髪のギャルが半笑いで言った直後、謎の力で体全体が引っ張られる。
一瞬景色がゆがんだと思ったら、いつの間にか森のような場所にいた。
周りは木ばかりでひらけた場所にいる。鳥の鳴き声が四方八方から聞こえる。
な、なにをされたんだいったい・・・。
『説明するのだるいマックスなんだけどぉ、聞きたい?」
「わけがわからないので帰りたいです」
『説明聞いたら帰してやんよ」
シャドーボクシングをしながら金髪のギャルはそう言った。
俺は考えた。
この理解不能な現象、不安だ。
人間未知のことがあると不安が襲ってくると聞いたことがあり、今の自分はまさにその状態だ。
つまるところ早く帰りたい。
しかし帰るにはこの金髪ギャルキャラクターの協力が絶対必要だ。
どうすれば家に帰ることができるかわからない状況。
「説明聞いたら家に帰してくれますか?」
『当たり前じゃん、こーみえてあたしぃ、優しいんだから』
「他人をこんな状況に陥らせて不安にさせる人は優しくないと思います」
『・・・確かにぃ』
金髪のギャルが初めて小声の低いトーンで話した。
俺は一瞬金髪のギャルの表情が曇るのを見逃さなかった。
『まあまあ!説明に入るわ・・・ってなに?』
そう言ってギャルがこちらに近づいてのぞきこんでくる。
『ふーん・・・』
近い・・・とても近い。このまま下からのグーでアッパーカットが叩き込めそうな距離だ。
しかしこのキャラクターかわいいな。人気でそうででないキャラクターデザインだ・・・。
『あたしの好みじゃないけど、あんたならあたしも期待が持てる、今、確信したところで・・・』
金髪のギャルはくるっとまわって自分から距離をとりポーズをとってこう言った。
『あたしの説明を聞きなさい!月にかわって説明よ!』
ちょっと古いと思う。
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金髪のギャルから説明を聞いた。まとめると3つのことだ。
1つ、どうやらこの世界は「ゲーム」の中らしい。
『あんたの星ってーか国?ニポンってところは科学水準が低いの、マジウケないわ』
「にほんな」
感覚フルダイブ式のゲームなのだが・・・。
俺は目の前にある葉っぱをつかもうとする。手がすり抜けて葉っぱがつかめない。
『物理的な干渉は不可能なんすよね~~~~あと人間の干渉も』
モノに触れたり動かしたりすることができない。
視覚や聴覚はあるが触覚はないってところか?
「まぁこれはまだ理解できるが・・・」
2つ、信じがたいことであるが、このツインテール金髪のギャルは
『女神でっす!』
そう、女神らしい。
『あたしこう見えて・・・幸運の女神よ!』
そういってピシッとポーズを決めている。
なぜだかしらんが彼女から後光がさしている。まぶしい。
『あ~~~~女神でもタピりてぇ~~タピオカ成分足りないっす』
「・・・ただの表情変化が目まぐるしいギャル女だな」
『まだ疑ってる感じぃ~~?じゃあ明日あんたにいいこと起こしてやんよ。何がいい?スケベ系?お金系?』
いいことか・・・。
「じゃあ金くれ金。現実の人間にとって大量の金は神様の力のようなもんだ。なんでもできる無敵感がある」
『おけまるおけまる、お金ね。後で楽しみにしといて~~』
自称女神はニヤリと笑った。
3つ目は、これからここに勇者が現れる。
しかしその勇者は呪いをかけられている。
その勇者をサポートし魔王退治まで導くのがこのゲームのクリアだ。
『向こうはあんたとあたしの存在を認識できないわ。ゲームでプレイヤーの存在を認識してたらこわいっしょ』
「つまり話したり触れたりすることができない?」
『グッド!理解が早くてよろしい。あー期待持てるわぁ、あたしの好みじゃないけど』
ほっとけ。
「じゃあどうやってクリアまで導くんだ。見てるだけじゃだめなんだろ」
『あんたは勇者の精神に干渉できる。その能力だけが与えられる』
「・・・?」
話を細かく聞くと、勇者の頭の中に声を響かせることができる能力だ。
例えば、勇者の頭の中に
カレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたいカレーを食べたい
と声を響かせると、不思議と勇者はカレーが食べたくなってくるのだ。
しかし実際に行動するのは勇者自身の選択である。
どれだけ勇者がカレーを食べたくなっても、勇者は我慢して魚や野菜を食べるかもしれない。
そもそもこのゲーム世界にはカレーというものがないかもしれないので「カレーが食べたい」という認識が「カレーっぽいものを食べたい」となり、「辛いものを食べたい」や「シチューのような温かい液体なものを食べたい」という認識に変化してしまうということだ。
もしこれが「茶色っぽいものが食べたい」という認識になると茶色のう〇こを食べだす可能性があるらしい。最悪だ。こんな勇者みたくない。
『きたわね』
女神がぼそっとつぶやくと
「きゃああああああああああ」
素朴な格好をした女性が悲鳴を上げこちらに走ってきた。
「ちょちょ!」
まっすぐ俺のほうに走ってきてタックルされた・・・と思ったら俺の体をすり抜けた。
『人との干渉もできないからね。物理的にはぶつからないっすよビビっちゃって情けな~い』
「・・・幽霊になった気分だ」
「にしても何から逃げてるんだ?」
『魔物よ魔物。ゲームっぽいっしょ・・・あ、こけた』
素朴な女性は転んでいた。頭からこけて痛そうだ。
・・・?立ち上がらないな。
『草に足をとられて動けないやつだね』
「なんだってそれはやばいやつじゃないのか」
『激ヤバだね』
女神はあくびをして答えた。
「…仮にも神なのに助けなくていいのか?」
女神も神様だから助けそうな気がするが
『ん~~』
とあいまいな返事をした。
そうこうしていると魔物が姿を現した。遠くから見ると犬のような形をしている。だんだんと近づいてきた。
「いやでかっ!!」
ズシンズシンと足音が聞こえてきそうなくらい大きい犬だ。犬の魔物か?
「象くらいの大きさだぞあれ!」
舌を出しよだれを垂らしながら迫ってくる。
『あたしたちは見えてないから襲われないけどね~』
「いや言ってる場合か!」
あの犬に嚙みつかれたら間違いなく死ぬぞ!
素朴な女性のほうを見ると、泣き顔でまだ立ち上がれていない。
終わりだ・・・そう思った瞬間、強い風が吹いた。
すると突然魔物が動かなくなり・・・ズシンと大きな音を立てて横になって倒れた。
チャキンと刃物の音がすぐ横で聞こえた先には、納刀する男の姿があった。
テレビで見るような整った容姿、引き締まった筋肉、威圧感を感じる装飾が施された刀を手にもった男がいた。
『勇者様マンジかっけー、まぁ見慣れちゃったんですけど』
女神がそう言った。
じゃあこいつが勇者か・・・かっこよい。
ていうかこれ俺が何かやらなくてもゲームクリアできそうじゃね?
いや性格が最悪なパターンでクリアできないやつか。
「ケガはないか」
勇者と呼ばれた男は優しく素朴な女性に話しかける。
「膝をケガしているではないか」
勇者が膝に手を触れると光が溢れる。女性の膝から血が出ていてすりむいていたが・・・みるみる傷がふさがった。
「回復魔法・・・!」
素朴な女性が言った。
いやイケメンかこいつ。女性を助けて回復までしてかっこいいだろ。
「では」
勇者は立ち去ろうとする。
「待ってください!」
素朴な女性が大きな声で言った。
「あ、あなたはもしや勇者の・・・」
男は無言で背を向けて歩きはじめる。
「お名前・・・!お名前だけでも!」
女性が言うと、勇者がピタッと立ち止まり振り返る。
「お、お・・・・・」
どうした?勇者が急にどもりはじめたぞ。
「お・・・お・・・・」
「お?」
「俺の名前は・・・・あ・・・・俺の名前は・・・・・乳首だ!」
勇者が高らかにそういった。
「ち、ちくび・・・?」
困惑した顔で素朴な女性は言う。
「乳首だ」
「ちくびってあの・・・?」
「あの乳首だ」
凛々しい顔で勇者は言い放つ。
「・・・・・」
「・・・・・」
お互い無言になっちゃったよこれ。
「ち、ちくびさんとお呼びしても・・・」
女性が言った。
「・・・くっ」
勇者が苦汁をなめさせられたような顔をし、早歩きでこの場を去っていった。
そして俺は去り際に勇者が「ちくびーむ…」とつぶやいたのを聞き逃さなかった。