4話『アンケートと恋人と卑怯な先輩』
「時に、キミには恋人と呼ばれるような関係性の女子がいたことがあるかな?」
「喧嘩売ってます?」
先輩からの不意の質問に、ノータイムで答える。
問いかけられた内容にイラッときて思わず語気が荒くなってしまったが、先輩は気にした様子もなくニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「その様子だといたことがないようだな? そうか、そうか」
「……仮に、彼女いない歴イコール年齢だった場合、それがどうかしたんですか?」
バカにされてる気がして頬が引きつらせながら、どうにか怒りを抑え込んで答える。
すると、先輩は手のひらを向けながら「まぁまぁ、ちょっと待ってくれ」と宥めてきた。
「別に喧嘩を売っている訳でも、イジろうとしている訳でもないんだ」
「……はぁぁ。それで? いきなりどうしたんですか?」
「ふむ。実はだな、昨日私はある雑誌を読んだのだよ。ティーン向けのをな」
先輩がティーン向けの雑誌? そりゃあ読むだろうけど、珍しいと思ってしまう。
先輩がよく読んでいるのは文学やミステリー、哲学書など小難しい内容の本ばかりだったはず。
そんな先輩が、それこそ女子高校生御用達のティーン向け雑誌を読むなんて、と目を丸くしていると先輩はムッとした表情を浮かべる。
「なんだ? 私だってそれぐらいは読むさ。あまり読まないだけでな」
「あぁ、すいません。ちょっと意外だったので。それで? その雑誌を読んだことが、俺に彼女がいたことがあるかの確認にどう繋がると言うんですか?」
「なんだか棘がある気がするが、まぁいい」
頬杖を着いてジトッと見つめながら言うと、先輩は苦笑いしてコホンと咳払いした。
「その雑誌で『十代女子のイマドキ恋愛事情』、なるものがあったんだ。そこで、初めて付き合った時期のアンケートがあってな、中学生の頃が四十六パーセント、高校生で十四パーセントという結果が出ていたんだよ」
「はぁ」
「で、色々と周りの女子生徒の話を聞いてみると、確かに中学生の時に男子と付き合っていたという者が多くてな。ならば、男子生徒はどうなのだろうかと疑問に思った訳だ」
なるほど、だから身近にいる男子生徒として俺を選んだってことか。
だけど、と俺は先輩をジトッと睨む。
「そういうアンケートって、ティーン雑誌を読むような頭の中がお花畑の恋愛脳の人を対象にしたものでしょう? そうなれば必然的に、中学生や高校生の段階で付き合っている人の割合が高くなりますよ。実際にこの学校でそう言ったアンケートを取れば、雑誌のものよりも低くなると思います。男子生徒は特に低いでしょうね。つまり、俺に彼女がいたことがないのは普通のことで、ごく一般的だと言えます。まぁ、仮にですけど」
「……いつになく饒舌ではないか? それと、あまり敵を作るようなことは言わない方がいいと私は思うんだが?」
顔を引きつらせながら、先輩は乾いた笑い声を上げる。
何を言いますか。これはあくまで一般的な考えを口にしているだけで、別に妬みや恨みはない。ないったら、ない。
とはいえ、ちょっと熱くなっているのは否めないな。ゆっくりと深呼吸してから、改めて先輩に目を向ける。
「結論、その雑誌のアンケートは当てにならないので、無視した方がいいですね」
「勝手に結論付けないで欲しいんだが。いや、そもそも私が話したいことはそういうことではないんだ」
先輩はコホンと咳払いしてから、本題に入った。
「私が言いたいのは、まぁアンケートの内容が正しいかどうかは置いといて……中学生や高校生で付き合うって、早くないかということだ」
今回の議題は、中学生高校生で異性と付き合うのは早くないか、というもののようだ。
ふむ、たしかに面白そうではある。
「なるほど、それで先輩は早いと考えてるんですか?」
「うむ、そうだな。付き合うことは悪いとは言わないし、それは個人の自由だからそこをとやかく言うつもりはないんだ。だが、それが自分のことだった場合、早いと思う訳だよ」
そう言って先輩は「キミはどう思う?」と問いかけてきた。
俺は顎に手を当てて考えてから、自分の考えを話す。
「まぁ、俺も同意見ですね。中学生や高校生のガキ風情が生意気だと思います」
「私はそこまで言ってないぞ!?」
あれ、言ってない? いや、同じようなものだろう。早いと思うことには、変わりないし。
「そもそもまだケツの青いガキの分際で恋愛がどうこう言っていること自体ちゃんちゃらおかしいですよ。対した脳味噌している訳でもないのに付き合うならこんな人がいいだとかイケメンで高身長がいいだとか好き勝手宣って、将来のことも考えずに恋愛は青春だとかアホなこと言ってあっちにフラフラこっちにフラフラ、発情期かって思いますよね」
「待て待て、待って! お願いだから待って!? 怖いから!? 捻くれすぎて逆に真っ直ぐに見えるぐらいになってるから!? 落ち着いて!?」
歯止めが効かずに早口で捲し立てるように自分の考えを話していると、先輩は慌てて俺のことを止めてくる。
おっと、まずいまずい。落ち着け、俺。ビークール、ビークール。
「すいません、熱くなりました」
「熱くなりすぎて生徒会室の室温が二度は上がっていた気がするぞ? とにかく、落ち着きたまえよ青少年」
「まぁ、付き合う付き合わないは個人の自由なんで、好きにすればいいと思いますよ。そのまま地獄に落ちればいい」
「落ち着いているようで、実は落ち着いてないなキミ!?」
失礼な、俺はこんなにも落ち着いて話をしているというのに。
それから数分して、先輩はため息を吐きながらメガネを指で押し上げる。
「まったく、こんな話をしたこと後悔しているよ」
「なんか、すいません」
「いや、いいんだ。私が悪いんだ……ふと思うんだが、そう言った考えを持っているキミに女子から告白があった場合、どうなるんだ?」
「俺に、告白?」
俺は鼻で笑って返した。
「ありえませんね。そんな奇特な女子は存在しませんよ」
「分からないだろう? キミはそれなりに成績優秀で、運動神経も悪くない。身長も平均より上で、顔もいい方ではないか。しかも、生徒会に所属している。モテる要素はあるように思えるが?」
先輩に褒められて悪い気はしないけど、また俺は鼻を鳴らす。
「そんな外面だけで告白してくるようなら、俺は断りますよ」
「なるほど、キミは内面を見て好きになって欲しい訳だな?」
「そういうことです。まぁ、俺の内面を知るほど付き合いがある女子なんていませんけど」
自分で言ってて悲しくなることを、肩をすくめながら言う。
だけど、先輩はニヤリと悪戯っぽく笑っていた。
「そんなこと言って、相手が可愛ければ頷くのではないか?」
「どうでしょうね? 俺はありえないと思います」
「本当かな? じゃあ、例えば……今ここで私がキミに告白した場合、キミは断るか?」
ピタリと、時間が止まった気がした。
先輩が、俺に告白する? 客観的に見てもスタイル抜群の美少女で、男女問わず人気がある、成績優秀で生徒会長を務めている、先輩が? ただの一般男子高校生の俺に?
俺の前だと何故か子供っぽい素を見せて、たまに鬱陶しいなと思うことがあるけど、それは短所ではなく長所になり得るのではないだろうか?
言い換えるならそれは可愛げ、いわゆるギャップ萌えとも言えるだろう。
そんな先輩が俺に告白する、なんてイメージが頭に過ぎる。その場合、俺は果たして断るだろうか?
何も答えずに黙って考えていると、先輩の顔がみるみる赤くなっていく。
「……そこで黙るのは、卑怯ではないか?」
モジモジとしながら、先輩は俺から目を逸らす。
先輩が醸し出しているなんとも言えない雰囲気に当てられたせいか、俺も顔が熱くなってソッと目を逸らした。
「……すいません」
「そこで謝るのも、卑怯ではないか?」
「……いや、ちょっと想像したら、その……照れ臭くなって」
「そこで正直に言うのも、卑怯だと思うが?」
そこから俺は何も言えなくなり、先輩も何も言わずに時間だけが過ぎていく。
なんとも言えないフワフワとした雰囲気に耐えきれなくなった俺は、頭をガシガシと掻きながら声を張り上げた。
「うがぁぁぁぁッ! 先輩の方が卑怯ですよ!? 幼気な男子高校生の心を弄ぶようなこと言って! どう答えていいのか困るでしょう!?」
「は、はぁ!? わ、私が悪いって言うのか!? 私は少し気になったから聞いてみただけだ! それなのにキミが、その、変な空気にするからだろう!?」
「俺が悪いって!?」
「あぁ、そうだ! キミが全部悪いんだ! 私は悪くないもん!」
そのまま俺と先輩はギャーギャーと子供のように言い合う。
絶対に退かない先輩に、俺はデスクを叩きながら立ち上がって言い放った。
「じゃあ! もしも俺が告白したら、先輩はどうするんですか!?」
「な、な、なぁぁぁぁぁぁッ!?」
意趣返しに勢いで同じ質問をすると、先輩は顔を真っ赤にして立ち上がる。
そして、右に左にと目を泳がせながら、ブツブツと独り言を呟いていた。
「そ、それは……」
「どうなんですか!? そもそも、先輩だって誰かと付き合ったことあるんですか!?」
「な、ない! 生まれてこの方、誰かと付き合ったことなどない!」
「え、ないんですか?」
先輩の答えに驚き、一瞬にして我に返った。
先輩も勢いで本当のことを答えてしまったのか、しまったと言わんばかりに口元を手で抑える。
そして、顔をリンゴのように真っ赤にしたまま、地団駄を踏んだ。
「もう! もう! なんてこと言わせるんだキミは! 本当に、キミって奴は!」
「あー、その……すいません」
「謝るな! もう知らない! 私は帰る!」
そう言って先輩はカバンを勢いよく掴むと、足早に扉に向かっていく。
ガラガラと扉を開けて去っていくかと思うと、先輩はふと足を止めた。
「その、さっきの答えだが……」
先輩はチラッと俺を見てから、恥ずかしそうに答える。
「__ちょっと、困る」
最後にそう言い捨てて、先輩は帰って行く。
取り残された俺は力なく椅子に座り、背もたれに体を預けて天井を見上げた。
「……卑怯なのは、どっちだよ」
顔から火が出そうなほど熱くなっているのを感じながら、両手で顔を覆い隠してうめき声を上げる。
困るのは、どっちの意味なのか。そもそも、ちょっとってどういう意味なのか。
答えることなく去っていった先輩を恨みながら、俺は一人で悶えるのだった。
ちょっとラブコメな感じになってきましたかね?
と言っても、この先もこんな感じでダラッと日常の一幕を書いていきます。
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次回もまたお付き合い下さいな。