忘却
私にはいつまでも忘れ得ない、わだかまりと言っていいものが、ひとつだけある。
それを清浄にすることは、生涯ないのだと思っていた。
もういい加減。
忘れてもいいだろうかと思う時もあるし、
忘れられたらどんなに幸せだろうと、思う時もある。
忘却
ある日のことだった。
朝、まだ早いこの時間。
フレックス出勤の夫と大学生の息子は、まだぐっすりと眠っている。
その日は快晴。
私はカーテンを開け、まだ昇ったばかりの陽の光を、全身に浴びた。
いつものように軽い朝食を取った後、マグカップに淹れたコーヒーを啜りながら、新聞に目を通す。
新聞を読むのは、私の日課となりつつある。
夫はスポーツ欄とテレビ欄だけに興味を持ち、息子はそれにすら興味を持たない。スマホがあれば事足りるんだ、などと寂しいことを言う。
私が読み、そして朝の食卓で気に留めた記事のひとつを話題にしたりしなかったりで、夫と息子の朝の準備に手をかけるのが、習慣となっていた。
一枚、一枚とゆっくり新聞をめくっていく。
リビングの窓から差し込む光が、ワックスをかけたばかりのフローリングに反射し、跳ねる。
その乱反射が眩しくて、少しだけ目を細めた時。
つと。
新聞をめくる手を止めた。それは読者の投稿欄のページ。
読み物としても、比較的読みやすい投稿欄。時間に余裕があるときには、必ず目を通す場所だ。
その中のひとつに目が留まった。
『病室にて、明日を迎える』
タイトルからしても、闘病記だと思われる。
『病室』というキーワード。
その投稿は、『病室』という言葉に、ずっとわだかまりを抱えて生きてきた、私の気を引いた。
投稿者は、六十代の男性。本名も書いてあり、実話なのだと思われる。
数週間前に腹に癌が見つかり、入院している病室から発信したものだという。
読み進めていくうちに。
私は恐れ慄いてしまった。
こんな五百字程度の文章の中に。
私が一生、抱えていくのだと思い込んでいた、そのわだかまりを揺さぶる内容が、書いてある。
しかも、淡々と。そして、切々と。
その投稿は私にとって、特別なものとなった。
いつかは忘れたいと思っていたこと。
それなのに。驚いたことに私は、意思に反して真反対の行動に出る。
投稿欄を鋏で丁寧に切り取り、財布の中に、そっと入れたのだ。
その時にはもう、死ぬまで忘れないようにと、願っていたように思う。
✳︎✳︎✳︎
それは私が高校三年の時のことだった。
一緒に暮らしていた祖母が亡くなった。
その夜、祖母の病室には、家族や近しい親戚が数人、集まっていた。
私の伯母、つまり私の父の姉が、ベッドに伏せるようにして膝をつき、大声をあげて泣いている。
「お母さん、……お母さん」
母親を失った娘の、悲しみに打ちひしがれる姿を見て、私の涙腺も緩んだ。
伯母のひとり娘、私と同い年のマコも、私の隣に並んで、涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。
孫を大事に思ってくれていた祖母だった。
私とマコ、二人の健康や学業のことをいつも気にかけては時々、それぞれの母には内緒で五百円玉を手に握らせてくれていた。
私もマコもそんな祖母が大好きで、貰った五百円を貯金しては、私たちいとこ同士で、祖母へのプレゼントやお土産を買ったりしていた。
くっつきそうなくらいのマコの肩が、小刻みに震えている。
私も大好きな祖母を失った悲しみの中で、その喪失感に溺れそうになっていた。
「うぅ、お母さん、お母さん、」
伯母は号泣しながら、何度も何度も祖母の真っ白な髪を撫でる。
父も目尻に溜まる涙を、指先でそっと拭っていた。
その時だ。
ずっと黙り込んでいた私の母が突然、口を開けた。
「冴子さん、夜も遅いですし、病室で……ここで泣くのは、ちょっと……」
亡くなった祖母の顔を、みんなで代わる代わる覗き込んでいる時のできごとだった。
もちろん、母も泣いてはいた。目も鼻も真っ赤になり、手で握りしめるハンカチはしっとりと湿っているはずだった。
「病院ですから……」
けれど、その母の言葉に。最初はみなが、キョトンとしてしまった。
晩年は寝たきりだった祖母。そんな祖母を介護し続けた母。
献身的に世話をしていた姿を見てきた私ですら、その言葉に「は?」と驚いてしまった。
はっきり言って、不快だった。怒りと言ってもいい。
その母の言動が、私がこれからずっと抱えていくことになる、わだかまりの要因となっていく。
伯母が狂ったような声を上げる。
「香也子さん、あなた何を言ってんですか? 親が死んだってのに、『泣くな』ですって?……香也子さん、私の母親が亡くなったんですよ。病院だろうがどこだろうが、親が死んで悲しむなんてことは当然のことでしょうっ‼︎ ……よくもまあ、そんなことが平気で言えますね、この人でなしっ‼︎」
伯母が母を罵倒する、その声の大きさに。
私は、心と身体とを同時にびくっと震わせた。
衝撃だった。
自分の中の確固たる常識が、見事なまでにがらがらと崩れていく。
もちろん、泣かないという人もいれば、泣けないという人もいるだろう。
けれど大切な人を失った時に泣くのは、人間の自然な行為なのだと純粋に思っていたし、信じて疑いもしていなかったのだ。
「泣くな」と言った母の言葉は、爆撃でも食らったかのように、私を打ちのめし、その場で直立不動にした。
言葉を忘れてしまった口。思考を停止した頭。さっきまでの嗚咽はいつのまにか、どこかへと去っていった。
私が動けないうちにも、伯母は堰を切ったように、饒舌になる。
「香也子さん、あなたね。いつもおばあちゃんの世話をする時にも思っていましたけど、ちょっと思いやりってもんに欠けるんじゃありませんか? あれだけ、身だしなみには気を使ってあげてって言ったのに、爪なんかも伸び放題。顔だって、毎日ちゃんと拭いてくれていたんですか? だから、おばあちゃんをあなたに任せるのは嫌だったんですよっっ‼︎」
泣き腫らして血走った目、振り乱す髪、引きつった顔。
伯母の取り乱した姿を初めて目の当たりにし、私は恐怖さえ覚えた。
「おい、姉さん。こんなところで、文句を言うのはやめろ。姉さんだって、母さんを香也子に任せっきりだったくせに……」
父の言葉。けれど、それはなんの効果も生まなかった。
「剛、それは仕方がないことだって何度も言ったわよねっ……そりゃ、私だって専業主婦だったらやりますよ? けれど私はね、マコを女手ひとつで育てていかなきゃいけないんですよっ。シングルマザーってのがどれだけ大変か、……」
隣にいたマコの肩が揺れて、とうとう私の肩にどんっとぶつかった。
「今はそんな話をしているんじゃないっ‼︎」
父が強く遮って、ようやく伯母は我に返った。伯母は興奮を少し落ち着かせようと胸に手を当て、深呼吸をしてからそのまま言葉を続けた。
「それでもね、おばあちゃんを介護できる人なんて香也子さんしかいなかったじゃない? それに長男の嫁が介護するのは当たり前ってもんでしょ?」
「姉さん、まだそんな時代遅れなこと……俺は姉さんが、少しぐらい香也子を手伝ってくれたって良いと思っていたけどな」
不毛な応酬が続く中、母は青い顔をして突っ立っている。
重苦しい空気の中、私はどうしていいかわからずにいた。が、この諍いが早く終われと心で祈った。
「とにかく、そんなことはどうでもいいんです。香也子さん、私の母親が亡くなったのに、あなたが私に泣くなっていうのは、おかしいって言ってるんですよっ」
父はむっとした顔を浮かべて、そっぽを向いてしまっている。
「そんなつもりは……」
母は戸惑いの表情を浮かべながら、握っていたハンカチを口元に当てて、首を横に振った。
私は悲しかった。
何に悲しみを感じていたのだろうかはわからない。
けれど、根本の原因は、伯母ではなく母だった。
確かに、祖母が寝たきりになってからでも、何ひとつ世話をすることもなく、ただ世間話や仕事の愚痴を喋るだけ喋って早々に帰っていく伯母のことを、良くは思っていなかった。
けれど今日は。今日ばかりは。
母の発した言葉が、あまりにもこの場にそぐわなさ過ぎて、耳を疑ってしまうほどだったのだ。
私はこの時に。
一瞬で、「母」への信用を失ってしまった。
お母さん、なんでそんなことを言うの? もし、お母さんが死んじゃったら、私だって大声をあげて泣くと思うよ。
そう抗議したい気持ちが、山のように積まれていく。
「……すみません。でも泣くなと言っているわけじゃないんです……。病院ですから、声を少し落として、」
「香也子さんっ‼︎ まだそんなことを言うんですか? ……わかりました。家族だけでお別れしますから、あなたは出てってくれませんか?」
伯母の、さらなる怒りを含んで、膨張し続けた声が、爆ぜた。
「部外者はここから出てけって言ってるのよっっ‼︎」
ついにその声と言葉の強制力に負け、母は青い顔をしたまま、病室から出ていった。
父ももう降参だ。母の後ろ姿に、声すら掛けなかった。
「のんちゃん」
伯母は私の名前を呼んだ。
「あんたは行かなくていいのよ。マコとここにいらっしゃい。あんたはおばあちゃんの『孫』なんだからね。家族なんだから。ここに居ていいのよ」
さっと声色を変え、「ステイ」と猫なで声で、釘をさす。
誰も母を追いかけなかった。
私も追いかけなかった。
それもあって、私だけでなく父をも味方につけたような、そして母を排除してせいせいしたような、勝ちほこった伯母の、顔。
そんな伯母が嫌だった。けれど、出ていった母も嫌だった。
泳がせていた視線を、祖母の安らかに眠る顔へと戻す。
危篤と聞いたのは、つい今朝のこと。
駆けつけた時には、祖母の意識はすでに混濁しており、一言も言葉を交わせないままに少し前、息を引き取った。
眠る顔に、可愛がってくれた優しい祖母の面影を追うばかり。
「……おばあちゃん」
私が呟くと、父が呼応するように言った。
「……おふくろ、」
初めて聞いた父の弱々しい声に、喉の奥からせり上がってくる嗚咽を抑えきれなくなった。
「お、……おばあちゃん、おばあちゃん、う、うえ、ええ、」
病室を出ていったお母さんは、どうしているのだろう。
そんな考えが、頭をかすめていながら、私も大声で泣いた。
泣きながら私は。
「泣くな」と言った母を非難したい気持ちにまみれていく。
こんな悲しみ、抑えることなどできやしないのにと、黒々としたものに包まれていく。
ぐちゃぐちゃになった思いを抱えながら、病室で突っ立って、ただ泣いた。
皆で、泣いた。
✳︎✳︎✳︎
祖母が亡くなった日のことは、今でも鮮明に覚えている。
その日は私の人生で一番と言ってもいいほど、ちぐはぐで奇妙な一日だった。
そして、それからの葬式の時も、初七日の時も、四十九日の時も、その後に延々と続いていく法要の時も。
私は、母の言葉で頭を疑問だらけにし、不満だらけにし、そして非難の気持ちでいっぱいにしていった。
その日から、それは大きなわだかまりとなって、いつまでも私の中に居座り続けていったのだ。
冷めたコーヒーに手を伸ばす。もうすぐ夫が起きてくるはずだ。
いつもなら、起きてきた夫におはようと声をかけ、そして大学生になってもまだ、自分では起きられない情けない息子を起こしにいく。
そんな日常の朝に間違いはないはずなのに、今朝はいつもの朝とは異質だった。
新聞の一読者の投稿によって。
私は方向転換を余儀なくされた。
「……なんだ、……そっか、」
呟くと、マグカップを持った手に、ぽたっと涙が落ちた。
「……そういうことだったんだね、お母さん」
母の真意を知って。
背負っていた荷物を、今は亡き母におろして貰えたような、そんな気持ちになって、ひとり震えた。
✳︎✳︎✳︎
『病室にて、明日を迎える』
昼間に聞こえていた雑多な音。それが夜になると全て止み、昼の喧騒が嘘のように、しんと静まり返る。
夜の病院にて。
時々、滑らかに閉まるドアの音と、患者が看護師と交わす、ぼそぼそとした低い声が聞こえるのみ。
そう、病院の消灯は早い。
そんな中で私はというと、腹に感じる痛みがあっても、やはり眠気には勝てず、うつらうつらとする。
ある日。
どこかからすすり泣きが聞こえてきた。
隣の病室だろう。
五十代半ば。男性だ。トイレなどで見かけただけではあるが、寡黙な中年男性である。
検査結果が思わしくなかったのだろうか。
泣き声は、数分で止んだ。
しかし、その数日後。
わんわんと女性の甲高い泣き声が聞こえてきて、その患者が亡くなったことを知る。
こんな夜中に勘弁してくれと、正直そう思う。
響いてくる泣き声を遠くに聞きながら、私は布団の中に潜り込んだ。
考えたくはないが、考えてしまう。
次は私の番だろうか。
弱気に思うと、途端に腹の癌が疼いてくるようで、困る。
眠れない。
けれど、今日眠れなくとも、明日、いくらでも寝られるのだと思い直す。
そうだ、明日は売店で好物のいなり寿司でも買ってきて食べよう。
いや、明日は大好きな笑点を観まくって、大声で笑うのだ。
色々と思い巡らせた末に、結局は。
明日のことは、明日を迎えてから考えよう。
──病室にて。
✳︎✳︎✳︎
そっと新聞を閉じた。
一部分を切り抜かれた新聞は、波をうって上手には畳めない。
適当に畳んでみるも、しわが寄ったくしゃくしゃなその新聞は、魂でも抜かれたかのような残骸にしか見えない。
母は知っていた。
そう考えた時、確かに母は、若い頃に入退院を繰り返していた時期があったと言っていた。
新聞の切り抜きを入れた財布を、上からそっと押さえてみる。
ああ、いつか私も息子や夫に言うのだろうか。
私が死んでも、病室で泣いてはいけないよ、と。
いったい、なにが正解で、
なにが間違っているのか。
いまだに私にはわからない。
この新聞の切り抜きを手に握りしめていたとしても、もしかしたら、あの日の伯母の方が正しかったと、思うことだってあるのかも知れない。
けれど、やはり同じ言葉を言い遺し、
私の涙を奪ったまま逝ってしまった母のことを、……
ようやく、許せるような気がした。