09-反撃
「ノキア……」
ミストが目を開いた。しかしその動きはどことなく大儀そうだった。それを見てノキアは心が痛んだが、感傷に浸っている暇はなかった。クエルが開閉レバーを守ってくれている間に脱出しないと、船倉内に閉じ込められることになってしまう。
「待ってろミスト、すぐに全部解いてやるからな……体は動きそうか?」
「あちこち痛むけど、動くことはできそう……宙賊のやつら、本当に無茶してくれるわ……」
ノキアの作業は、口、前脚と終わり、今は後脚へと取り掛かっていた。動き回られるのを恐れたのか、脚の拘束は特にきつかった。ミストに合う大きさの足枷がなかったためか、鎖で縛られているだけで錠が掛かっていないことがせめてもの救いだった。
「それだけあいつらにビビられてるってことだと思えば、少しは慰めになるんじゃないか?」
「……仮にもレディに向かってそれはないんじゃないの? まあ、思い知らせてはあげるつもりだけど」
「そうそう、その意気だ」
ようやく四本の脚全てを解放することができた。後は翼を残すのみだ。そうしている間にも、船倉の外では銃撃戦が続いていた。
いくらクエルが手練れだとしても、いつまでも任せきりにはできないだろう。というかむしろ、あの人数差でこれほど持ちこたえていることの方が不思議だ。
逸る気持ちを抑えて、ノキアは翼の拘束解除に取り掛かった。
*****
「……ガキが逃げ出しただと? ならモタクサしてないでさっさと捕まえろ」
狼頭の大男が、舵輪の横に取り付けられた伝声管に向かって話す声が聞こえた。
「なに? 大船倉に向かって行ったらしい? いいか、絶対にたどり着かせるんじゃねえぞ」
荒げてはいないのに、その声音には聞く者を怯ませるほどの威圧感があった。ケファは内心怯えながら、その話を一言も聞きもらすまいと集中していた。
ガキ、というのはノキアの事だろう。どうやら牢に監禁されていたところを脱出したようだ。ケファはひと安心したが、同時にいくつもの新たな心配が首を擡げてきた。
ミストはどうなっているのだろうか。ノキアは無事にこの船から脱出できるだろうか。そして自分は――
助けてほしい、という気持ちとそれは高望みだ、という気持ちとがケファの中で綯い交ぜになった。冷静に考えれば、自分がノキアに助けてもらえる理由はない。ノキアとは出会ったばかりなのだし、自分のせいで宙賊に捕まることになったという事も、きっとノキアなら感づいているだろう。そんな相手を助ける義理などあるはずがない。
しかし一方で、自分が助けられるに値するかどうかに関係なく、ノキアは自分を見捨てないでくれるような予感もあった。第一印象で決めつけるのも良くないが、ノキアはそういう人間だという不思議な確信が、ケファの中にはあったのだ。
だが、そのことが一層、ケファに申し訳ない気持ちを募らせた。せめて、自分の方にノキアを助けられる力があればいいのに。ケファは鉄格子を握る手に力を込めた。
その時、ケファの胸の奥で何か疼くものがあったが、それが一体何なのか、ケファにはまだ分からなかった。
*****
「クエルさん、伏せて!!」
突然の声にクエルが驚きつつその場に身を投げ出すと、その頭上を紫色の炎の奔流が通過していった。
「ぬおっ! くそっ! 竜のやつか!」
「うぉっと! 危ねぇ!」
「ここは一度退くぞ!」
炎に巻かれそうになった宙賊たちが、負傷した仲間を抱えて出入り口から上層へと逃げ去っていく。炎は波のように壁に打ち寄せ、庫内を満たした。
このままだと自分もやばいのではないかとクエルが嫌な予感を巡らせていると、突然目の前に半透明のバリアが出現し、クエルを寄せ返す炎から守った。
「オレごと焼き払うつもりなのかと思ったぜ、ミスト」
次第に消滅していく炎を眺めながら、クエルは振り返りもせずに言った。
「結果オーライでしょ」
背後から歩み寄ってきたミストは自慢気な声でそう言ってから、神妙な声音に切り替えた。
「助けに来てくれて、ありがとうございます……どうせノキアはお礼も言ってないんでしょう?」
図星を突かれてノキアはむっとした。付き合いの長いミストには、こういう事も全部見透かされてしまうのだ。
「……感謝は、してるよ」
はっきり認めてしまうのも悔しいが、お礼を言わなければいけない事も分かってはいたので、ノキアはぼそっと言った。
「へいへい、どーも。相変わらず意地っ張りなやつだな……さてと、これからどうするかだが、一つ上の階層に出口があるはずだ。ミスト、体痛めてるところ悪いが、オレたちを乗せて飛ぶのは大丈夫そうか?」
「できるもできないも、やるしかないんでしょ?」
「そりゃそうなんだけどな。それじゃあ脱出の経路だが……」
「ちょっと待ってくれ」
クエルとミストの間でどんどん話が進んでいくのを見ていたノキアが、待ったをかけた。
「もう一人、助けないといけない人がいるんだ」
「あー、やっぱりそう来るか。一緒に捕まったあの女の子、だろ?」
ノキアの言葉に、クエルは少し眉根を寄せた。そして口調を変えて、冷たく言い放った。
「どういう経緯で出会ったのかは知らねえが……あの子には関わらない方が身のためだと思うぜ」