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72-追手

《スペルリタス奴隷村・イオテの家》


「キマイラ……なんだい、それは?」


 夕陽色の瞳の少女が言った単語に、羊の頭の獣人女性、イオテは首を傾げた。粗末な木造の家の寝室で、少女が上に座っているベッドの横に、イオテは椅子を置いて座っていた。ゆっくり話を聞く必要があると考えてのことで、側の床には座布団の上に小さな獣人の子どもが座ってぼーっとしていた。


 子鹿の頭を持ったその子は、イオテの息子で名前をナーリと言った。二歳だという歳の割には大人しく引っ込み思案のようで、二人の会話に口を挟んだりすることはなかった。


「人工知能……つまり、機械の脳を入れた機械の腕とか脚とかを取り付けて、力を強くしたり、無理やり従わせたりするんです。あたしがルエリータっていうアステラで見た獣人の子どもたちは、ルディロに操られて……戦わされていました。それが、イオテさんの言う十八地区の子たちかどうかは分かりませんけど……」


 その説明に、イオテは目を瞠った。すぐには状況を受け止めきれないようにしばらく黙っていたが、やがて深く息をついた。


「……その子たちが何の獣人だったか、覚えているかい?」

「全部は覚えていないですが……たしか、アライグマとか、イタチとか……人数は、九人くらいでした」

「アリオに、ヘロットだね……間違いない、いなくなった十八地区の子どもたちだよ」


 そう呟くイオテの目に、光るものがあった。息子のナーリは目の前の会話の意味が分からないまま、母親の顔を不思議そうに見上げている。


「ルディロ博士が、そんなことを……このこと……なんとかしてアロール船長に伝えないと……」

「……さっきも名前が出てましたけど、アロール船長って……?」


 尋ねはしたが、少女にはその名前が誰を指すのか、おおよそ分かっていた。ただ、手に入れられるうちに、より多くの情報を得ておくべきだという理性が働いたのだ。


「……私掠船ラグナージア号の船長さ。もとはわたしらと同じ奴隷で、十八地区の奴隷村の出身だった。奴隷でありながら、人を率いる才を持ったお人でね。その能力を買われて、ルディロ博士に拾われ、お仲間とともに私掠船長の地位を与えられたのさ。獣人族の人材としての有用性を示して、獣人奴隷の解放を皇帝に持ちかけようというルディロ博士の思惑だったらしい。でも……」


 突然外が騒がしくなって、イオテの話は中断させられた。原因となったのは、巨大な木が折れるような音だった。イオテの足元で、ナーリがびっくりして泣き始めた。


 人々――女性や子どもたちの叫び声が外で響く。そして再び、木が折れるような音がする。


「――い、一体どうしてこんなことをなさるんですか、ルディロ博士! ああ、私の家が!!」


 一際大きな声が、壁を通して聞こえてきた。そして何か大きなもの――おそらくは家――が崩れる音が鳴り渡る。


「ルディロ博士……? まさか……」

「あたしを、探しに来たんだ……!」


 イオテと少女が口々に言った。そして少女は、まだ節々が痛む体でベッドを降り、部屋の反対側にあるドアに向かって歩き出した。


「ちょっと、あんた、今出て行ったら……」

「もしあたしのせいなら、これ以上イオテさんたちに迷惑はかけられません。何もお礼が出来なくて申し訳ないけれど、助けてくれて本当にありがとうございました」


 止めようとするイオテを振り切って、少女は表へと飛び出した。そこは、イオテの家と同じような粗末な小屋が並んだ、いかにも貧しそうな街並みだった。狭苦しい通りを、獣人たちが右に左に逃げ惑っている。人間族である少女が現れても、誰も気にする余裕すらないようだった。


 少女は、叫び声と騒音がする方向へと走った。手錠もなく自由に体を動かすのは数日ぶりだったので、はじめは時々よろけそうになったが、次第にまっすぐ走れるようになってきた。


 やがて広めの通りに出た少女は、先の方で騒々しい音とともに家がまた一軒崩れるのを目にした。まるで積み木の一番下を引き抜いたように呆気なく倒れる家の下から、這々(ほうほう)の体で住んでいた獣人たちが逃げ出していた。


 倒壊した家の奥から、犯人が姿を現した。それは円盤状の胴体に四本の機械の脚が付いていて、さらにそれぞれの脚に鎌を取り付けられた、高さ三メートルほどの機械だった。ルエリータで見た機械蜘蛛とほとんど同じ形だったが、それとは異なり胴体の上に透明な半球がくっついていた。遠目には分かりづらいが、どうやら中に人が入っているようだ。


「――逃亡した捕虜がコノ近くに落ちたコトは分かっているノデスヨ。隠シ立てはシナイことデスネ」


 その声は、機械蜘蛛の足下から聞こえてきた。並行して、その声の主が瓦礫を乗り越えてその姿を現す。


 その男――ルディロの身体は、前回に見た時からさらに変化していた。両腕だけでなく両脚も機械化されていて、さらには背後に蛇腹構造の機械の尻尾が三本屹立している。


「ですから、私たちは知りません! ルディロ博士、捜索には協力しますから、どうかこれ以上の乱暴は……」


 そう言ってなだめにかかった獣人女性は、次の瞬間には牛の姿をした頭がなくなっていた。恐るべき速度で繰り出された機械の尻尾が、その頭を砕いたのだ。あたりからいくつもの悲鳴が上がる。


「ヤメて欲しいナラ、早く捕虜ヲ見つけテ来る事デス」


 無慈悲なその言葉に、獣人たちの間にざわつきが広がっていった。辺りをきょろきょろと見回し始める人々が出てくる。しかし少女は、見つかるのを待つつもりはなかった。


 自らルディロの前に出るのは恐ろしかったが、罪もない獣人たちが家を破壊され、命を奪われるのをただ見ていることはできなかった。イオテは、なんの利益もないのに、見ず知らずの自分を助けてくれたのだ。なら、自分に出来ることで報いなければならない。


 ルディロの手下が操縦する機械蜘蛛が、再び巨大な鎌を振り上げた。その先にあるのは、次なる標的に選ばれた獣人の家。


 少女は、身体が震えそうな恐怖を押し殺しながら、両手を差し出し、狙いを定めた。その掌の先の空間に、直径一メートルの光の輪が出現した。

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