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07-エンデスティアの園

 ケファは夢を見ていた。その夢の中でケファは、自分でも見たことのない場所に立っていた。


 地上には草原が広がっていた。辺り一面にピンク色の可愛らしい花が咲き乱れている。その花の名前も、ケファは知らなかった。


 空は水色に透き通り、綿のような白い雲が所々に浮かんでいる。その中心にはまばゆい太陽が輝き、全てを美しく照らし出していた。


 ここは、故郷だ。ケファは、なんの根拠もなくそう思った。自分が何者であるかを教えてくれる場所、自分の存在を無条件に肯定してくれる場所。


 ここにたどり着ければ、全てが分かる。やはり根拠はなかったが、それは本能的な確信だった。ここは、自分の『本当の名前』を教えてくれる場所だと。


 ケファの脳裏に、ある短い詩が浮かんだ。



――いざ帰り行かん、緑なす祝福の地へ――

――いざ帰り行かん、麗しきエンデスティアの園へ――






 目覚めたケファをまず襲ったのは、全身に走る激しい痛みだった。束の間の夢の幸福感は跡形もなく消え失せ、重い倦怠感がそれに取って代わる。


 何もしたくないという欲求がふつふつと込み上げてきたが、何が起こっているのか知りたいという思いがそれに勝った。


 なんとか体を持ち上げながら目を開くと、自分が鉄格子の中に囚われていることが分かった。それは円形にケファを囲み、上の方でカーブして一点に収束している。言い換えるなら、巨大な鳥籠だ。


 格子越しには、大きな部屋が広がっていた。大部分は鉄の壁に囲まれているが、一面だけはガラス張りになっていて、星空とオーロラ海が見渡せる。


 部屋の中央奥には大きな椅子があり、大男が座っていた。茶色のロングコートに包まれた体は人のようだが、頭は黒っぽい毛に覆われ、口が前に長く伸びた狼の姿をしていた。


「お目覚めかい、お嬢さん」


 狼の口から、人の声と狼の唸り声が混じったような声が発せられた。その手は座席の前にある舵輪の縁に掛けられている。


「あなたは……」

「すまんな。誇りある宙賊として、かよわいお嬢さんに手荒な真似をするのは本意では無かったがね。悪いがこれも仕事なんでな」


 全く悪いとは思っていない口調だった。落ち着いた声でありながら、どこか背筋をゾッとさせるものがあった。


「ここはどこ……? ノキアと、ミストは?」

「生きていマスよ。今のところハね」


 答えたのは別の声だった。男性の声だが、甲高く、どこか妙な調子があった。


 声のした方を振り向くと、今しも別の人間がドアを開けて入ってきたところだった。白衣に身を包んだ中背の体と頭は人の姿をしていたが、代わりに袖に隠れた左腕が妙に膨れ上がっていた。


「あなたたちは、だれ……?」

「その質問に答える理由は思いつきまセンね。あと、これはあらかじめ言っておきマスが、ハイロウは使ってはいけまセンよ。お友達の安全のためにモね」

「はいろう……?」


 それはケファには聞き覚えのない言葉だった。一体この人は、自分について何を知っているのだろう。


「知らないんデスかね? それともしらばっくれているだけでショウか? いずれにせよ、あの少年と竜の処遇は、アナタの態度に掛かっているということデスよ」


 白衣の男は右手で大げさな手振りをしながら言った。その顔はケファの方を見ていたが、その目はどこかさらに遠くを見ているようにぼんやりとしていた。そのことがまた、ケファの不安を煽り立てる。


 男はケファの問いを巧みに躱し、ほとんど何の情報も与えてくれなかったが、それでもケファにも分かったことが一つあった。それは、自分の存在のせいでノキアとミストが危ない目に遭っているということだ。


(ノキア、ミスト、どうか無事でいて)


 それなのにケファには、祈ることしかできなかった。




*****




「それにしても、なんでお前がこの船に乗ってたんだ、クエル?」


 ノキアは後ろに立つクエルに問うた。場所は宙賊船の薄暗い船倉、足元には気絶した宙賊が一人倒れている。


 クエルは、レクシリルでノキアが拠点にしている下宿の同居人だ。かなり腕の立つ男であることは知っていたが、それがここにいることは、ノキアにとって想定外の事だった。


「なんでもなにも、てめえが出て行った後に宙賊船が同じ方角に出航準備始めたっていうから探りを入れてみたんだ。そしたらベッズの奴が同乗してることが分かったから、こうして潜入して付いてきたってわけだ」


 クエルは頭を掻きながら説明した。


「あいつは信用できないと前から思ってたんだが、間違ってなかったようだな。冒険するのは結構だが、背中にはちゃんと気をつけた方が身のためだぜ、ノキア」

「へいへい、ご忠告どうも」


 ノキアは暗がりを手探りしながら、あまり気の入っていない答え方をした。本心では助けてくれたことに感謝しているのだが、どうにもクエルの前では素直になれないのだ。


「あ、あったあった」


 ノキアはそう言うと、ゴチャゴチャに積まれた荷の中から自分の持ち物を引っ張り出した。ベルトポーチと短剣とクォータースタッフが一括りにロープで縛ってある。


「中身も無事みたいだな……さて、次はミストか」


 ノキアは続けて言った。ケファのことも心配ではあったが、ケファの拉致が敵の目的なら、すぐに手荒なことはされないだろう。戦力増強の観点からも、ミストを先に助ける方が理にかなっている。まだ生きていれば、ということになるが、悪い想像はしない方がいい。


「ミストが連行されるところは見てたぜ。ここより一つ下の階層だ。ここの奴らは竜を殺せるような装備は持ってねえから安心しな」


 ノキアの心配を見越してか、クエルは慰めるように言った。口は荒いが、実は気の利く質なのだ。もしかしたらクエルに対して素直になれないのは、劣等感を感じるからかもしれない、とノキアはちらりと思った。

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