61-自分にできることを
無骨な金属の内装に覆われた宙賊船の内部、一面がまるまる窓になった艦橋に設置された鳥籠状の檻に、ケファは捕らえられていた。窓の外に広がる星空で、すでにハイアラのバリアから出てしまったことは分かる。
周囲では宙賊たちが動き回り、進路の微調整だのイリア・バリアの安定性確認だの周辺の状況確認だのと互いに指示や報告を飛ばし合っている。
手錠を掛けられたケファは、自分はこれからどうなるのだろうかと考えを巡らせていた。不幸中の幸い、というにはかなり無理があるが、このドタバタの中で自分の正体を知ったことによるショックは一時的に心から追いやられていた。悩みそのものが消えたわけではないが、まずはより喫緊の問題を解決しなければならない。
ケファ自身はあまり自覚していなかったが、何度も危険な状況を潜り抜けてきた経験のおかげで、前回捕まった時よりはずっと冷静に物事を判断できるようになっていた。
捕まった当初は、例によって悲観的な感傷に囚われてしまっていたが、次第に、前回のようにただノキアたちに助けてもらうのを待つだけではだめだ、という思いが湧き上がってきたのだ。それはたとえ少しずつでも、彼女が成長しつつある証だった。
右胸の奥にあるものを感じる。方舟で初めて自分の意思でその力を使って以来、ケファは常にその存在を感じられるようになっていた。そして老ケファとの出会いによって、ついにそのものの名が分かった。
オーラ・ギア。自らの右胸に埋め込まれているそれこそが、無限のエネルギーを生産できる究極の機械であることを、ケファは本能的に理解していた。そして、自分にはそれを制御する力があるのだということも。
スペルリタス――ルディロの狙いも、このオーラ・ギアなのだということは、想像に難くなかった。オーロラ海一の工業国であるスペルリタスにとって、永久機関が持つ意味は計り知れない。
オーラ・ギアがルディロの手に渡った時に起こることは、想像したくもなかった。自分たちの調査や実験のためだけに、ペント族たちを襲撃したり、獣人族の子どもたちを実験台にするような人間が、このオーラ・ギアを正しい目的のために使うとは思えない。
となれば、自分がこのままスペルリタスに捕らえられてしまうということは、自分自身だけでなく、極端に言えばオーロラ海全体に関わる問題なのだ。ルディロが更なる力を手に入れれば、更に多くの犠牲者が生まれてしまうだろう。
自分がルディロの実験に供され、あの獣人の子どもたちのように改造され、悪事に利用される。考えただけで背筋が凍りつくようだった。なんとかして、逃げ出さなければならない。
オーラ・ギアのエネルギーを掌に集約して撃ち出す技・ハイロウ。人工知能に操られていた時の記憶からその名が判明したその技を使えば、自らを閉じ込めるこの檻も容易に破壊することができる。しかし、脱出を試みるには大きな問題があった。
それは、仮に檻を破壊して脱出を試みたとしても、その外は人が生きられない宇宙空間だということだ。あるいはこの宙賊船を乗っ取ることが出来たとしても、ケファにはそれを操縦することができない。
(こんな時、ノキアだったらどうするだろう?)
ケファは数えきれないほど繰り返した問いを、自分に投げかけた。ノキアはどんな時も、どんな困難でも、知恵と決断力をもって乗り切ってきたのだ。その背中を思い出すだけでも、心の奥底に灯火が一つ灯るように勇気が湧き出てくるような気がした。
(ノキアなら……ノキアなら……)
ノキアなら、まず自分の置かれた状況を把握することから始めるだろう。ケファは一つひとつ考えを整理した。ここはスペルリタスの私掠船の操縦室だ。行き先はおそらくスペルリタスのアステラだろう。このままなら自分は捕らえられ、ルディロに引き渡されることになる。
自分を閉じ込めているこの檻は、前回使われたのと同じものだ。柱と柱の間は二十センチくらい、材質は多分鉄だと思われる。そのことに思い至った時、ケファは一つ胸に引っかかるものを感じた。ハイロウの威力を知っていれば、こんな檻では役に立たないことは分かりそうなものだ。
(もしかしたら、宙賊たちはあたしの力のことを知らない……?)
そんなことがあるだろううか。前回この宙賊船に捕まった時、ケファはその力を見せているのだ。
(でも)
あの時、人工知能に支配されたケファを目にしたのは、ノキアとルディロだけで、あの場に宙賊は一人もいなかった。ルディロが味方である宙賊に情報を共有していないというのは不自然なようにも思えるが、私掠船といっても宙賊なのだ。ルディロは、自分の正体を明かすほどには宙賊を信用していないのかもしれない。
もし、そうだとすれば。自分に何ができるのか、彼らが知らないとすれば。そこに脱出のチャンスはある、とケファは気付いた。この船がスペルリタスに到着してから、自分の身柄がルディロに引き渡されるまでの間。そこでハイロウを使って脱走する。そして、どこかでスペルリタスを出る船に潜り込み、スペルリタスを離れる。
以前の自分だったら思いつきもしないような大胆な作戦を練っていることに、ケファは自分で驚いていた。なんだか、自分が自分ではないようだった。
でも、ミストが『自分にできることを考えろ』といったのは、きっとそういうことなのだ。いつまでもただ助けてもらうだけの存在でいてはいけないのだ。
ノキアとミストは、きっと自分を助けるために全力で行動してくれる。以前のような願望や直感ではなく、仲間への信頼として、ケファはそう考えた。ならば、その仲間のために、自分も自分にできる全力を尽くさなければならない。
だとすれば、今自分がすべきことは何か。それはチャンスが来るまで力と作戦を隠し、宙賊たちの油断を誘うことだ。そして到着する前に、スペルリタスについての情報を収集する必要もある。
そんな手の込んだ演技が自分にできるだろうか。ケファはあまりの緊張で心臓の鼓動が高まるのを感じたが、それこそ今の自分がなすべきことだと自分に言い聞かせた。




