59-刹那
船首に巨大な髑髏の印を持つ、波間に揺れる宙賊船の上甲板に、伏せる大柄な狼頭の獣人の姿があった。手には重そうなリボルビングライフル。バレルの下に長い銃剣が伸びるその銃には、今はさらに追加で二脚とスコープが取り付けられていた。
船の上からの狙撃など、普通なら正気の沙汰ではない。長距離狙撃では、僅かなズレも許されないからだ。しかし、アロールは、他に方法はないと手下たちの諌めを強引に振り切った。
気に食わない話だが、あのノキアという少年の手強さは前回十分に味わわされた。だからこそリベンジしたいという気持ちもあったが、目的を達成することが第一だ。そのために、余分な感情は切り捨てた。
魂の鼓動を聞き取るノキアに存在をギリギリまで悟られないようにしつつ、目標を捕縛する。そのための作戦だった。
スコープには、拡大された目標の姿が写っていた。陸地の丘の上に立つ少女は、まだこちらの船影に気付いていないのか、今のところ動きは見せていない。しかし、いずれは気付かれる。もはや猶予はない。
焦りを押し殺し、アロールは狙いを定めた。もっとも、今回は命中させる必要はない、いや、むしろ命中させてはいけないのだ。そのため、風と重力も考慮した上で、目標より僅かにずらして照準する。規則的な船の揺れも体で感じつつ、タイミングを見極める。
全てが整った刹那、呼吸を止め、アロールは引き金を引いた。撃鉄が振り下ろされ、押し出されたファイアリングピンが雷管を打つ。点火した火薬が鋭い爆音と共に弾丸を撃ち出す。
アロールは同時に自らの内に眠る能力を解放し、イリア鉱製の特殊弾頭が弾道に残すイリア・エネルギーの軌跡を辿り、瞬間移動を行った。
*****
ヒュッ、と小さな何かが風を切る音がすぐそばで聞こえた気がして、ケファは反射的に振り返った。そして、そこにロングコート姿の狼頭の宙賊船長が立っているのを目にした。
「すまんな、お嬢さん。来てもらうぞ」
あまりに突然のことに状況を掴めずにいる内に、アロールは左腕でケファの体を荒々しく掴み、右手に構えたリボルビングライフルを海へと向けた。
ダンッという音が鳴ったかと思うと、ケファはアロールに捕まったまま空中へと瞬間移動していた。それは陸地から遠く離れた、海の上だった。
「なっ……!」
「喋ると舌を噛むぞ」
アロールは今度は下の方、海に浮かぶ黄土色の船に大まかに狙いを付けた。再びダンッと銃声が響き、次の瞬間には二人は宙賊船の甲板にいた。
「野郎ども、船を出せ! ずらかるぞ!!」
甲板で待機していた宙賊たちにアロールが指示を出した。端から準備済みだった宙賊たちは、すぐさま仕事に取り掛かる。
それは、攫われたのだと理解する間もないほどに一瞬の誘拐劇だった。
*****
「くそっ、敵の気配がなかったからと言って、ケファを一人にするべきじゃなかった……!」
ノキアは、空を飛ぶミストの上から辺りを見回しつつ、魂の鼓動を阻害する宙賊船の存在を忘れていた自分自身を呪うように言った。
「私がそうさせたのよ……これは私の責任だわ」
ミストも流石に狼狽えていた。ノキアが最後にケファの鼓動を感じた丘の上まで飛んできたが、もはやそこには誰の人影もなかった。
「ノキア、鼓動は……? もう聞こえないの?」
「……っ! だめだ……前回あの宙賊船に遭遇した時は、五十メートルくらいの距離に近付かれるまで気付けなかった。恐らくもう、それより遠くに行ってしまったんだ……」
「目視で探すしかないってことね」
ミストは翼をはためかせ、速度を上げた。ルエル人の町がある島の周りの海を飛び回り、ケファを乗せているであろう船の影を探した。しかし、どれほど探しても、それを見つけることは出来なかった。
島に隠れてやり過ごそうとしているという可能性も考えて、見える範囲の島々のすぐそばまで近づき、鼓動に耳を澄ませることもしたが、結局、成果はなかった。
「時間をかけ過ぎたな……向こうはもう、このアステラの外に出ているはずだ……」
「どうする、ノキア?」
「宇宙に出られたなら、もう闇雲に探しても無駄だ」
ノキアは言い切った。海上ならともかく、宇宙ではあの船はミストよりも速い。そのことは身をもって経験していた。
「一度、あのお婆さんのところに戻ろう。冷静になって考える時間が必要だ……」
ノキアは、やりきれない思いで言った。ケファを奪われてしまったこと、何よりあんなに取り乱していたケファを守り抜けなかったこと、その現実が、ノキアの心にポッカリと風穴を開けていた。
(また、自分の過ちのせいで大切なものを失うのか……俺はあの時から、何一つ成長してなかったのか……?)
脳裏に、再びあの光景が映る。かつての幼かった自分、弱かった自分、強くなるために旅に出る、その一番最初のきっかけとなったあの日の光景――
「……奴らの狙いはオーラ・ギアに違いない。それを制御できる唯一の存在であるケファを、手荒には扱わないはずだ。落ち着いて、救出の作戦を練るんだ……」
ノキアは、自分に言い聞かせるように呟いたが、自分の言葉を自分で信用していなかった。ルディロが獣人の子どもを容赦なく利用し、切り捨てた様子を目の当たりにしたのだから。
ミストは、何も言わなかった。
ふたりは失意のうちに、白い町に降下していった。




