06-宙賊
「……まったく、随分と手荒なやり方をしてくれまシタね、船長サン。衝撃でアレが壊れたらどうしてくれるつもりだったんデスか?」
「竜は航宙船より小回りが利く。速度で圧倒するしかなかった。ああしなければ躱され、逃げられていただろう」
ノキアは朦朧とする意識の中でその会話を聞いていた。荷車のようなものに乗せられ、運ばれているようだ。会話している二人のものと思われる足音が並行して響く。
「それに、結果として作戦は成功した。何か文句があるか?」
「まア、それについては満足していマスよ。あとは本国までの輸送、よろしく頼みマスね」
会話が終わったのか、一人分の足音が遠ざかるのが聞こえた。ノキアは目を開いて二人の正体を確かめようとしたが、体全体に力が入らなかった。ノキアの意識が続いたのはそこまでだった。
次に目が覚めた時、ノキアはどこか暗い部屋に一人で置き去りにされていた。全身が打撲でじんじんと痛んでいた。目を開くと、黒っぽい壁に三方を囲まれ、唯一開けている方向には鉄格子が端から端まで続いている光景が視界に入ってきた。一言で言えば、そこは牢獄だった。
駄目元で辺りを見回してみるが、壁と格子以外は何もない。クォータースタッフや短剣、その他の持ち物は当然のごとく持ち去られてしまったようだ。
「なんでこんなところに……俺は、確か……」
少しの間状況が掴めないでいたが、次第に事の経緯を思い出してきた。ノキアとミスト、そしてケファは宙賊船に叩きつけられ、抵抗力を奪われたところを船から出てきた宙賊達に捕らえられたのだ。
「ミスト、ケファ……」
二人は無事だろうか。ノキアは精神を集中し、二人の魂の鼓動を聞き取ろうとした。しかしこの場所で聞こえる鼓動はまるで曇りガラス越しに見ているようにおぼろげで、誰のものかも分からず方向もはっきりとしなかった。
ノキアは、宙賊船が気付かないうちにすぐそばまで接近していた事を思い出した。この船には、ノキアの心の耳を阻害する特殊な仕掛けがしてあるのかもしれない。
焦っても仕方ないので、ノキアはひとまず今の状況を整理した。まず宙賊についてだが、ミストも言っていた通り、こんな大きな宙賊船が理由もなくこの宙域にいるというのはおかしい。レクシリルからあの研究所のアステラまでの航路は最近発見されたばかりで、しかもなんの価値もない航路だった。
ノキアのように、研究所の隠されたお宝でも狙っていない限りは。
となればやはり、目的はケファだろう。そう考えるしかなかった。さっき聞こえた会話の中で出てきた『アレ』という言葉がケファのことを指すのなら、奴らはケファの存在を初めから知っていたことになる。
しかし、なぜノキア達がここを通ることが分かっていたのだろう? 無差別に待ち伏せをしていたらたまたまノキア達が網にかかった、というのはいくらなんでも都合が良すぎる。
しかし、その謎に関してはすぐに明かされることとなった。
「……やあやあノキアちゃん、こんなところで会うなんてすごい奇遇だねえ」
ノキアの耳に、変な抑揚のついた壮年男性の声が聞こえた。それはノキアにとって聞き覚えのある声だった。
「……ベッズ、なぜお前がここにいる?」
その質問には答えず、男は物陰からふらっとノキアの前に姿を現した。それはノキアが思った通りの人間だった。ぼろぼろの緑色の服、ボサボサの胡麻塩頭、片手には瓶を持っている。
「……お前があの研究所の情報を俺に流したのは、初めからこうするためだったんだな?」
「おっとお、怒らないでよノキアちゃん。これもビジネスでさあ。レクシリルでは騙される方が悪いっての、知らない?」
ベッズはレクシリルで知り合った情報屋だ。見かけはいかにも怪しいが、情報屋というのは大抵そういうものだ。ノキアも油断なく距離を置いて付き合っていたつもりだったが、信用が命の情報屋がこんな大胆なことをするとまでは思っていなかった。
「魂の鼓動を聞き取れる俺でなければケファを見つけることができなかった。それを承知の上での取引だったのか?」
「……その情報は有料だねえ」
ベッズはそう言ってニヤリと笑った。ノキアはムッとして睨みつけるが、そんなことで怯む相手ではないことも知っていた。
「それに、教えたとしてもここから出られないノキアちゃんには関係ないよねえ」
腹立たしいがそれは正論だった。ベッズは金で動く男だから、出すもの出せば味方に付けられるだろうが、生憎今のノキアは丸腰だ。
はいそうですねと諦められる状況ではない。しかし何か手があるわけでもない。どうしたものかと歯噛みしていたノキアだが、ふと別の鼓動が近づいてきていることに気がついた。
「ベッズ、取引相手は誰なんだ? この船は宙賊船みたいだが、後ろで糸を引いている奴がいるんじゃないのか?」
近づいてくるのが誰かは分からないが、万が一の可能性に賭けてノキアは時間稼ぎを試みた。駄目で元々だ。
「それも、ただで教える訳には行かないなあ。もし何か隠し持ってたりするなら、考えてあげても……うぐっ!」
ベッズが突然後ろから打たれたように身を強張らせ、呻きながら頽れた。鉄格子にもたれ掛かり、ずるずると落ちていく。まさかとは思ったが、どうやら賭けに勝ったようだ。
「……ったく、ノキア。心配してきてみりゃ、やっぱり面倒ごとに巻き込まれてやがったか」
ベッズの後ろからフードを脱ぎながら現れたのは、三十歳前くらいの、赤髪の青年だった。正体を隠して潜入していたのか宙賊と同じカーキ色の服を着ていたが、煙草を咥えた人相はノキアの知るところだった。
「誰かと思ったらお前か、クエル」
「可愛げのねえ奴だな。そんなだと助けてやんねえぞ……っと、鍵はどこだったかな」
クエルはそう言って自分の身の回りを探した。ノキアはその様子を見ているうちに、あることに気づく。
「おい、クエル……その口に咥えてるの、煙草じゃなくて鍵じゃないか?」
「……おお、ほんとだ! なんでこんなところに!」
「いや、自分で咥えてたんだろ!」
流石のノキアも、状況を忘れて思いっきりツッコミを入れてしまうのだった。