表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/132

54-待ち人

「とにかく一旦ここを出よう! 途中の洞窟が崩落でもしたら閉じ込められることになる!」


 ノキアが叫び、ミストとケファが頷いた。振動はだんだんと大きくなる。これ以上ひどくなる前に脱出しなければ。


 部屋を出て、オレンジ色の光に照らされた洞窟を走りながら、ノキアたちは不思議な感覚に包まれた。なんだか徐々に体が軽くなっていくような気がする。まるで知らないうちに脚力が上昇してしまったかのように、地面を蹴ると高く跳び上がってしまう。


 その浮揚感は、まるでミストに乗って急降下した時のよう――


 そこに思い至って、ノキアは今起きていることの意味が分かった。そして強まっていく振動によろよろになりながらなんとか階段を上りきった一行の目の前に広がった様相が、その考えの正しさを証明した。


 強い風が吹き荒れ、目の前の遺跡群が今にも崩壊しそうに揺れている。現に、そこここで倒壊が起きはじめていた。


 そして、さっきまでは遺跡群のずっと下にあったはずのオレンジ色の雲海は、今やはるか上空にあって、しかも彼我の距離はどんどん離れつつあった。


「二人とも、早く乗って!」


 ノキアと同じくすぐに状況を把握したらしいミストが叫ぶ。強まる揺れに二人が転びそうになりながらミストの上に這い上ると、ミストは待ち兼ねたように地面を蹴った。


 バサリ、バサリと大きく翼を羽ばたかせて、ミストは遺跡群から急速に遠ざかっていった。


 十分な距離を取り、飛行も安定して、ようやく一行は一息つくことができた。


「あの遺跡……山の天辺じゃなかったんだね」

「ええ、詳しいことは分からないけど、例の斥力バリアとかいうのの力で雲海の上に浮かんでたんでしょうね」


 今やはるか下を落ちてゆく島を見つめながら、ミストは言った。その下には広大な海が広がり、島が墜落してくるのを待ち受けている。


「随分と荒っぽい『入国』だったな……ともあれ雲海の下には来れたわけだ」


 ノキアは逆に上を見上げて言った。上空には、自分たちが通り抜けてきたオレンジ色の雲海が広がっている。


「雲が晴れはじめてるな……あれも斥力とやらの影響で維持されてたのか……?」


 雲には所々に切れ間ができ始め、その隙間からヘレアの光が差し込んでいた。それは天空のスポットライトのように空に光の帯を作り出し、幻想的な光景となっていた。


「さて、と。これからどうすればいいのかしら?」


 ミストの言葉に、ノキアも先のことを考えようと下界に目を向けた。第一印象は、これまで見たこともないような広大な海、だった。


 まだ雲海がだいぶ残っているため、雲を透過してオレンジ色になった光に照らされて、海は夕焼けのように見えた。その海に、ノキアたちがさっきまでいた遺跡の島や、他にも雲海の上に浮かんでいた島々が落下していく。


 また、ミストの前方には、元々下界にあったと思しき大きな島が一つあった。その大部分は緑の森に覆われているが、高台の上に町らしきものが小さく見えた。


「あの島に行けば何か分かるかもしれないな」


 ノキアの言葉にミストも頷いて、降下姿勢に入った。






 初めに見た時には美しく澄んでいた海だったが、ミストが着陸する頃には、落下した島々が引き起こした津波によって荒れ狂っていた。巻き込まれればひとたまりもないような激しさだったが、幸い目的地の高台までは届かないようだった。


 近づくにつれ、その町が雲海の上にあった遺跡とは似て非なるものであることが分かってきた。白っぽい材質の建物が並んでいるところは同じだが、遺跡よりずっと新しく、廃墟という感じはしない。


 また、多彩な形の建物が所狭しと林立していた遺跡と違い、ほとんど見分けが付かないほど酷似した四角い建物が、一定の距離を置いて整然と連なっていた。


「ノキア、鼓動が聞こえたりしない?」

「ここら一帯には小動物くらいしか……いや、待てよ。一人、誰かいるみたいだ」


 その言葉を聞いて、ケファが少し息を飲むのが感じられた。


「とにかく、着陸して調べてみよう。敵じゃないという保証はないから、気は抜くなよ」


 そして、ミストは不意打ちに遭うことがないよう、町の外れにある開けた空き地に降り立った。ノキアとケファが鞍から降り、ノキアは鞍の留め具に取り付けてあったクォータースタッフを取る。


「近づいてくる……こっちの位置が分かってるな」

「そりゃ、こんだけ派手に『入国』したんだから、当然でしょ」


 ノキアは接近してくる鼓動に耳をすませながら、万が一の時は即座に対応できるよう、準戦闘時の構えでスタッフを持った。


 上空の雲が急速に晴れてゆき、オレンジがかっていたヘレアの光が次第に白く変わっていく。それはまるで、夕方から昼間に時間が逆行していくかのようだった。


 やがて、微かな、ゆっくりとした足音とともに、建物の影から、一人の人間が姿を現した。その人影は背は低く、痩せていて弱々しく見えた。


 とはいえ、オーロラ海では様々な見た目のヒト族がいるため、見た目だけで危険性を判断するのは愚かなことだ。一見ひ弱そうな見た目の種族が、実はとてつもない力を秘めているということも珍しくない。


 そのためノキアはあくまで警戒を崩していなかったが、その人物は一向意に介した様子もなく歩み寄ってきた。


 長い髪は真っ白で、瞳は緑色。その目はただ、ケファ一人だけを見つめていた。ケファの方も、魅入られたように何も言わずに立ち尽くしている。


 見た目からは老婆と思われるその人物は、やがて口を開き、噛み締めるように言葉を発した。


「ミオリ……ミオリ・アスティロ……あなたを、待っていました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ