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52-遺跡

 ミストでも悠々入れるような大きな入り口を潜って、一行は建物の中に入った。


 天井が大きく崩壊して恒星へレアの光が差し込んでいるので、建物内は思いの外明るかった。その光に照らされて、長年の間に石床の上に被さった土と、その上に生えた雑草が見える。


 長く伸びた雑草の間には、崩落した天井や屋根の構造材や、倒れた太い柱が横たわっている。


 外から見た時の印象のとおり、ここは聖堂なり集会所なり、公共の場所として造られたのだろう。間取りはごくシンプルで、中央のホールが建物の大部分を占めているようだ。


「少なくとも、今ここに人が住んでいないことは確かそうだな」

「多分、ここが話に聞いていた古代遺跡なんでしょうね。それにしても、どうして山頂なんかにこんなものを作ったのかしら……」


 ミストの疑問にノキアも唸る。旅人としてはこの遺跡そのものの謎にも興味が尽きないが、今回の目的はルエル人を見つけることだ。サムの言葉の通りルエル人がここに移住したのなら、仮にその後去っていったとしても、何かしらの痕跡は残されているはずだ。


 しかし改めて詳しく見てみても、この遺跡は明らかに百年では効かない時間を過ごしてきたように見える。それに、建物の材質もやはり研究所や方舟とは違うようだ。


 ここはハズレということなのか、それとも何か意味があるのか――


 その時、ケファが「あっ」と声を上げた。


「ケファ、どうかしたのか?」

「あの絵……方舟で見たのと同じ……」


 ケファがそう言って指差す先を見ると、建物の右脇に出る小さな出入り口――かつては扉がついていたのだろうが、今は朽ちてなくなっていた――の上に、場違いに目立つ紋章が描かれているのが目に入った。


 下から上に振りあげられたような金色の双翼、それに挟まれているのは、(きっさき)を天に向け、螺旋状の炎に包まれてそそり立つ銀色の剣。方舟に侵入し、初めて機械蜘蛛と戦ったホールの壁に、同じ紋章があったことをノキアも覚えていた。


「あの紋章だけ随分と鮮明ね……ここが遺跡になったずっと後に、描き足されたみたいに」

「もしかしたら、ここに移住したルエル人たちの暗号みたいなものかもしれないな……これは、あの出口を通れってことなのか……?」

「そうかもしれないね。ふたりとも、行ってみよう?」


 そこでノキアとケファはその出口から外へ出て、ミストは通れないので表から回り込んできた。


 その先には、今出てきた建物と同じような材質の、同じように朽ちかけた、しかし形は多種多様な建物が並んでいた。町のようにも見えたが、大聖堂のような建物が一番手前にあったことを考えると、神殿群なのかもしれない。


「ノキア、あそこにも同じ紋章がある!」


 今度も最初に見つけたのはケファだった。入り組んだように建ち並ぶ家々の中の一つに、またもや翼と剣の紋章がある。


「やっぱり、道標につけられたもので間違いなさそうだな。とにかく、追えるところまで追ってみよう」


 その家に入ってみると、家は手前側の半分しか残っておらず、奥はまるで庭のようにひらけた状態になっていた。そしてそこから見回すと、またもや遠くの建物に同じ紋章が刻まれている。


 ノキアたちの仮説を立証するように、その後も同じように、一つの紋章の前まで来ると、そこからギリギリ見える範囲に次の紋章が見つかるということが続いた。瓦礫が散在する歩き辛い土地に疲れ始めた頃、ノキアたちは紋章が描かれた壁にたどり着いた。念入りに周囲を見渡しても、もう次の紋章は見つからない。


「ここが行き止まり、か?」


 白っぽい謎の素材でできたレンガを積み上げた壁を見上げながら、ノキアは呟いた。壁より向こうは高い崖がそそり立っていて、その先に建物がないことをわざと見せつけているようだった。


 ノキアの横を通り過ぎて、ケファが壁に歩み寄った。そして手触りを確かめるように、ちょうど目線くらいの高さにある翼と剣の紋章の上に手を置いた。


 すると、地響きのような音が辺りに響き渡った。見ると、紋章の描かれていた壁が奥に向かって観音開きに開かれていく。


「おお、馬鹿力……」

「ち、違うよ! ちょっと触っただけだよ!」

「ちょっと触っただけでこれなら、もしかして私より腕力あるんじゃない?」

「もう、ミストまでそんなこと言って!」


 くだらないやり取りをしている間に、壁だと思っていた扉は完全に開ききっていた。その先には、岩壁を貫いて造られたと思しき、真っ暗で急角度の下り階段が続いている。


 ノキアは足下に落ちていた乾いた枝を一本拾って、ミストに一声かけた。ミストは蝋燭を吹き消す時のように口をすぼめ、枝に向かって小さく炎を吐く。ケファを後ろに下がらせて、ノキアは先端に火がついた枝を階段の中に放り込む。枝は軽い音を立てて階段を転げ落ちていき、やがて底にたどり着いてちろちろと燃え続けた。


「とりあえず、ガスの心配はなさそうだな」

「……ここ、入ってかなきゃだめかしら?」

「そんなに幽霊が怖いなら、外で待っててもいいぜ?」

「い、行くわよ、ちゃんと……一応聞いてみただけよ」


 ノキアは今度はランプに火を灯し、先導して中へと入っていった。ケファと、実に嫌そうな顔をしたミストがそれに続く。


 階段を踏む三人分のカツン、カツンという音が壁や天井に反響する。先に投げ込んだ即席松明が燃えているので距離感は掴めているつもりだったが、その間が真っ暗なせいで思ったより長く感じられた。


 また階段には所々に欠けがあり、慎重に避けて進まなければならなかったので、底についた時には、タールも塗ってない即席松明はほとんど燃え尽きていた。


 そこから先も、長くまっすぐな廊下が続いた。進んでいくと、あるところで唐突に行き止まりになったので、先頭を歩いていたノキアは危うく壁に突っ込むところだった。


 と、ノキアたちが最奥に達したことが何かのきっかけになったように、廊下がパッとオレンジ色の光に包まれて照らし出された。見ると、両側の壁に取り付けられたイリア灯に火が灯っている。


 ノキアの予想通り岩壁をそのまま抉ったらしい洞窟の壁は、重々しい無骨な外観だった。


 しかし一行が目を(みは)ったのは左右の壁ではなく、行手に立ち塞がる前方の壁に対してだった。


 その中央には文字が刻まれた大きな石板があり、それを取り囲むように様々な植物の絵柄が彫刻されていたのだ。

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