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51-ハイアラ

「何だこりゃ」

「オレンジ色の海……かな?」

「いや、これは……雲だな」

「これ全部が?」


 ミストの背に乗って、風を感じながら、ケファとノキアは互いの意見を交わし合った。


「降りてみれば分かるでしょ。二人とも、しっかり捕まっててよね」


 ミストは素っ気なく言うと、首を下げて降下姿勢を取る。その進む先には、オレンジ色の流体がどこまでも広がっていた。






 方舟で出会ったメンテナンス・ボット、サムが遺してくれた言葉に従って、ノキアたちはハイアラというアステラを訪れていた。


 事前にイオーヴィアで情報収集したところによれば、ハイアラは通常のアステラとはまったく違う環境を持っているためにヒトが住むには適さない。そのため、いくつかある古代の遺構を調べに来る探検家や学者の他は、誰も立ち寄らないような場所だということだった。


 その意味は、目の前の光景をみればすぐに分かった。眼下に広がるアステラは、端から端までくまなくオレンジ色のもやもやに包まれていたのだ。


 見はるかすと、その中にぽつり、ぽつりと点が浮かんでいるのが見える。遠くにあるのでとても小さく見えるが、よく見るとそれらは、雲の上に顔を出した山の頂上のようなものらしかった。まるで、雲海に浮かぶ島々のようだ。


 ミストは次第に速度を上げていき、オレンジ色のもやもやのすぐ近くまで降下してから首を上げ、水平飛行に移った。下向きの負荷が掛かるが、ノキアはもちろんケファももう慣れっこになっていたので、特に動じた様子はなかった。


「どうやら、ノキアの意見が正しそうね。感触的には間違いなく雲だわ。見れば見るほど、不思議な色をしてるけど」


 後脚を伸ばしてもやもやの表面に触れてみて、言った。もやもやは、水のようにかき分けられることなく、ミストの足先を包んでいる。


「雲ってことは……この下に地面があるはずだよな?」

「行ってみる?」

「わたあめみたいで綺麗だけど……この雲、体に悪かったりしないかな……」


 ケファの心配を聞いたミストが、当たり前のように首を下に伸ばして雲を舐めたので、ケファは慌てた。


「ちょっとミスト、ほんとに毒だったりしたらどうするの! ミストが倒れたら、あたしたちも落ちちゃうんだよ?」

「怒鳴らなくたっていいじゃない。悪かったわよ。それにしても、味は普通の雲ね。体に害はないと思うわ。多分……」


 多分というところが引っかかったが、結局一行は突入してみることにした。入るとなったらなったで、ケファは雲の中がどんな感じか空想を膨らませた。ルエリータの白い雲は極寒のブリザードだったが、こっちはオレンジ色なのだからきっともふもふに包まれてあったかいのだろうと。そしてその夢は敢えなく砕かれた。


 雲の中に突入した途端、一行はびしょびしょになった。手が(かじか)むほどに寒くなり、視界はオレンジ色に染め上げられて、どちらに進んでいるのかも分からなくなる。


「この雲、どこまで続いてるのかしら」


 しばらく潜っても雲を抜けられないので、ミストが()れたように言った。竜族は寒さに強いが、それでも雲の中というのは心地いいものではない。


 しかし、先に微かな光が見え、ついに雲を抜けられるかと思った矢先、思いがけないことが起こった。急に激しい上昇気流に煽られたかのように、ミストが舞い上げられてしまったのだ。


「バリアでもあるのか!?」

「いえ、バリアとは違うわ。これはむしろ……」


 ミストは考え込むように呟きながら、場所を変えて幾度か降下を試みたが、どこも同じだった。空を自由に飛び回れることが誇りのミストにとっては悔しい事だったが、結局雲の突破は諦めざるを得ず、再び上昇して雲海の上に飛び出した。


「……くちゃにっ!」


 濡れた体に風が当たったのが悪かったのか、ケファが変なくしゃみをした。


「しょうがない、とりあえず近くの山頂で一旦落ち着くか」

「それが良さそうね。あの、二時の方向にあるのはどう?」


 ミストが言った方向を見ると、一際大きな山が一つ突き出ていた。雲よりも高いところにありながら、植物が生い茂っている。その中に点々と見える白い塊が何なのかは、まだ遠いのでよく分からなかった。


 ともあれ、魂の鼓動は聞こえない。危険なものはいないだろうと、ノキアは判断を下した。






 陸地に降り立つと、ケファは犬みたいに頭を振って水滴を飛ばそうとしたが、長すぎる髪が重くて思うように行かなかった。


 そこでノキアと共に乾いた落枝をなるべく多く探してきて、たき火で暖を取ることにした。


「これから、どうしようかしら?」

「とりあえず、手の届くところから当たってみるか」


 脱いだ上着を火にあてて乾かしながら、ノキアはそう言って上を見上げた。


「遠くからじゃ分からなかったが……遺跡だよな、あれ?」


 ノキアが見つめる方向には、螺旋状にこの小山――雲の下まで裾野が広がっているとすれば小山どころではないが――を囲む坂の上に、(こぼ)たれた白い建物群があった。






 服と髪を乾かし終わり、たき火を処理したノキアとケファは徒歩で天辺の建物を目指した。ミストは乗せて飛ぶと申し出てくれたが、ここまでずっと運んでもらってきたので、二人は辞退した。


 ミストは「遠慮しなくていいのに」と呟いたが、数秒後には久しぶりにひとりで自由に飛べる空を満喫していたから、多分それは社交辞令だったのだろう。


 登る坂は山頂の割には岩などが少なく、草に覆われた土の地面だったので歩きやすかった。それでも道のりは思っていたより長く、二人が白い建物群に到着する時には、ミストは待ちくたびれて欠伸していた。


「思ったとおり遺跡だけど、研究所や方舟と比べても随分古そうよね。本当にこんなアステラにルエル人が住んでるのかしら?」


 すでに空から一周見て回っていたミストが意見を言ったが、ノキアも一目で同じ印象を抱いた。


 百年間誰にも見つからなかった研究所は、ほとんど完全なまま残っていた。ハコブネは不時着した際に壊れたり、機械蜘蛛によってつけられたと思しき傷跡が多くあったが、材質そのものは研究所と同じくほとんど劣化した様子はなかった。


 しかし目の前に立つ建物群は、百年どころか千年単位の悠久の時を経てきたかのように劣化していたのだ。


 聖堂か何かを思わせる一番大きな建物は、あちこち苔むしたり、材質そのものの風化による欠けを見せながら、泰然と一行の前に建っていた。


 ノキアたちは、歴史という概念そのものと対峙しているような厳粛(げんしゅく)な感覚を抱いた。

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