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05-襲撃

「ねえ、ノキア、このままだと壁にぶつかっちゃうんじゃないの!?」


 風にかき消されないようにケファは大声で尋ねる。ノキアも声を張り上げてそれに答えた。


「大丈夫だって! ミスト!」

「任せて!」


 ミストはそう言うと、大きく息を吸う。そして前方に白い光の球を吐き出した。光は一瞬ののち形を変え、布のようになってミスト達の周りに広がった。


「きゃっ!」


 ケファは光の膜に捕まると思ったのか、急いで首を引っ込める。しかし膜は誰にも触れることなく広がり続け、ミストの尻尾を通過したところで今度は収束し、容器のように一同をすっぽり包み込んだ。


 その瞬間、ずっと轟いていた風鳴りがぴたりとやんだ。光の膜に覆われたことで、周囲から遮断されたのだ。


 そうなれば当然ミストの翼も揚力を失うが、元の勢いが残っているため、高度を下げつつもそのままドームの外壁へと突進していく。


「いいか、アステラのドームは硬い壁のように見えるけど、実際にはアステラの核であるステラクリスタルが作り出す、イリア・エネルギーでできたバリアなんだ」


 目前に迫る外壁を注視しつつ、ノキアは手早く解説した。もう声を張り上げる必要はない。


「ミストが作り出したこのバリアも同じエネルギーで出来ている。そして、このバリア同士は接触した時、より密度の高い方が他方を透過するんだ。つまり……こういうこと!」


 ついに壁に激突するかと思われた時にはすでに、ノキア達はバリアに包まれたまま、なんの音も衝撃もなく宇宙空間へと離脱していた。






「……ふわあぁ、綺麗……」


 少しの沈黙の後、ケファの魅入られたような声がノキアの耳をくすぐった。その至極単純な表現に、ノキアは心の中で深く同意した。ノキア自身も、初めて宇宙に出た時は、感動のあまり他に言葉を思いつかなかったものだ。


 透明なバリアを通して見える前後左右、そして頭上には星々の散らばる宇宙が広がっていた。どこまでも続く真っ黒な世界を背景に、瞬くことのない無数の星々が浮かんでいる。その中心を、光の雲のように見える銀河が縦断していた。


 しかし、目を奪う景色はそれだけではなかった。視界の下半分を覆うように、深緑色に輝くオーロラのような燐光が揺蕩(たゆた)っていたのだ。それはまるで、光が潮となって流れる大海のようだった。


「……ようこそ、オーロラ海へ」


 初めてその光景を見るケファの感動を邪魔しないように配慮したのか、ミストは囁くような声で言った。


「これが、宇宙……」

「広いだろ? どこまで続いてるのか、まだ誰も知らないんだ」


 興奮冷めやらぬ様子のケファに、ノキアはまるで自分が宇宙の持ち主ででもあるかのように自慢げに言った。


「この宇宙全てっていうのは流石に無理かもしれないけど、せめてこのオーロラ海と、そこに浮かぶ全てのアステラリウムを旅するのが、俺の夢なんだ」


 勢い込んで言ってしまってから、ノキアは気恥ずかしくなってしまった。普段ならこんな風に夢を語るのは柄ではないのだが。


 ケファに後ろから抱きつかれてるシチュエーションのせいで平常心を失ってるのかもしれない。あるいは……。






 ミストは少しの間その場に留まってから、桔梗色の翼をゆったりと広げた。もちろん、真空の宇宙では空力で飛ぶことはできない。そのため竜が宇宙を航行する時は、バリアを形成するのに使うのと同じイリア・エネルギーを翼膜から放出するのだ。


 ミストはゆっくりと転進し、バリアごと自分たちの身をオーロラ海に降ろす。その瞬間、後ろへ引っ張られるような衝撃がノキアたちを襲った。びっくりしたケファが短い叫び声をあげる。


「きゃっ、な、何……?」

「オーロラ海の潮流に乗ったんだ。風がないし景色もほとんど動かないから速度感が掴めないと思うけど、今俺たちはどんどん加速してるんだよ」


 対するノキアはその奇妙な感覚にも慣れているので平然と答える。


「そうなんだ……オーロラ海って、そもそも何でできてるの?」

「実は私たちにも、細かいことは分かってないのよ」


 ミストが答える。


「複数のアステラが互いに作用し合うことで生まれる力場だとかなんとか、仮説を立ててる学者はいるそうだけどね。確かに分かってることは、オーロラ海がアステラの間を繋いでいて、上手く潮流に乗ることで高速で移動できるレールのような役割を果たしてるってことだけ」

「ふーん、宇宙には不思議がいっぱいなんだね」


 ケファはいくら眺めても興味が尽きないらしく、身じろぎしては辺りを見渡しているのが、背中を通してノキアにも伝わってきた。






 それからしばらくは、何も起きない平和な旅が続いていた。レクシリルまでの行程の真ん中を少し過ぎた時、その平和を破ったのはノキアの心に聞こえた魂の鼓動だった。それは微かなものであったが、次第にこちらに近づいてきているようだった。


「……ミスト、ケファ、注意しろ。この辺の宙域に誰かいるみたいだ」

「そう……危険なものじゃないといいけど。距離とか、人数は分かる?」

「まだはっきりと聞こえるわけじゃないけど……多分距離は五キロくらい、人数は……かなり多いな、三十人くらいか?」


 ノキアのその言葉に、ミストは不審げに溜息を吐いた。


「妙ね。そんな人数を載せられる大型船が、こんな辺境宙域をぶらぶら散歩なんてするかしら。何か裏が……」

「ミスト、ノキア! 後ろ見て!」


 不意に、ケファが叫び声を上げた。釣られてノキアが後ろを見ると、そこには信じられない光景があった。


 緑色のベールのようなオーロラ海の上、ノキア達の真後ろほんの五十メートルくらいのところに、巨大な六角水晶型のバリアに守られた航宙船(ボトルシップ)が迫っていたのだ。流線形をなす黄土色の船体は、なおも加速して距離を詰めてくる。


 宇宙空間に音は伝わらないのだが、その迫力はゴゴゴゴという音が聞こえそうなほどだった。


 次第にはっきり見えてきた船首に髑髏(どくろ)の模様を見て取るに至って、ノキアは舌打ちした。


「宙賊かよ……! ミスト、躱せるか!?」

「間に合わないわ! 速すぎる!」

「ならバリアの硬度を最大に! このままだと押し潰されるぞ!」

「きゃぁぁっ!!」


 三人の声がごちゃ混ぜに響き、混乱の坩堝(るつぼ)となる。永遠とも思える一瞬が過ぎ、ミストのバリアに宙賊船のバリアが接触した。


 ミストがバリアを強化したおかげで、宙賊船のバリアは透過することができた。しかしその先にある宙賊船そのものは、当然透過することなどできない。


 ノキア達はバリアごと船体に叩きつけられ、恐ろしい衝撃が一行に襲いかかった。

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