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43-家族

「お前は、ケファのことをルエル人だって言ってたよな。でも実は、ケファは過去の記憶が一切無いんだ。それで俺たちは、ケファの過去につながるものを探してる」


 ノキアはケファをその場に下ろして座らせ、自らも(ひざまず)いて事情を話した。サムを助け出すという目的を果たせなかったのに、お礼を受ける資格などないという気持ちもあったが、サムのカメラアイはまっすぐノキアを見つめてきた。


 その視線の中に、揺るがない意思が宿っているのを見て、ノキアはサム自身の思いを尊重することに決めたのだ。


「もし、分かるなら教えて欲しいんだ。この方舟とルエリータを捨てた後、ルエル人たちがどこへ行ったのか」


 身体に力が入らないのか座った姿勢から倒れそうになったケファを支えながら、ノキアは問うた。


 流石にロボットでも百年前の記憶を辿るのは大変なのか、少し間を置いてから、サムは答えた。


「ハイアラ……たしかそのような名前のアステラだったと思います。座標は、235.1°の362……ただ、百年前のことですから、今もそこに住んでいるかどうか……」

「それで十分だよ。ありがとう」


 サムは頷き、今度はニックに顔を向けた。ニックは嗚咽(おえつ)を漏らしながら、黒い瞳からぼろぼろと涙を流していた。


「ニック、私ごときのために、よくこんな危険なところまで来てくれましたね……ありがとう……」

「でっ……でも、オイラ、結局なんにもできなかったよ……先生のこと、助けられなくて……ぎゃ……逆に、オイラのせいで先生が……」


 ニックは何度もしゃくり上げながら言った。肩を震えさせているその様子は、元々小さなニックの体をさらに小さく見せていた。


「オイラたちには、まだ……先生が、必要なのに……」

「それは違いますよ、ニック」


 サムは、ニックを(なだ)めるように優しく言った。


「ペント族に必要なのは、私のような骨董品の知識などではありません。誰かのために進んで行動できる……ニック、あなたのような存在こそ、ペント族に必要なのですよ」

「オイラなんか……オイラなんか……だって、先生はなんでも知ってて、なんでも優しく教えてくれて……」


 サムは弱々しく、しかしはっきりと頭を横に振った。


「私にも、分からないことはあります……私は、方舟でのペント族との暮らしがいつまでも続かないことは、分かっていました……本当なら、こんなことになる前にあなたたちに、方舟の外で生きる方法を教えるべきだったのです」


 サムの話し方は淀みなかったが、その声音は少しずつ弱まってきていた。残されたエネルギーの限界が近いことは明らかだった。それでも、サムは語り続けた。


「でも、私にはそれができなかった……あなたたちと離れたくなかったのです……それが理にそぐわないことと分かっていたにも関わらず……何故なのでしょうか? どうして私は、そんな非合理的な判断をしたのでしょうか? それが、分からないのです……」


 すると、ニックは鼻をすすり上げ、涙を零し続けながら、泣き笑いのように微笑んだ。


「なんだよ、そんなの、当たり前じゃんか……オイラたちが、家族だからだろ……」


 その言葉に、サムのカメラアイがちかりと煌めいた。それはまるで、堪えていた涙がほろりと零れたかのようだった。


「家族……ありがとうニック、お陰で謎が解けました……どうか、ペント族の皆さんに、よろしくお伝えください……私の、大切な……かぞ、く……」


 その言葉を最後に、サムのカメラアイはその光を完全に失った。


「先生……せんせえ……うわあぁ―――んっっ!!」


 ついに我慢できなくなったニックの悲鳴があたりに響いた。ノキアは胸の底からこみ上げてくる不甲斐なさを、歯を食いしばって耐えた。自分たちはまだ敵地にいるのだから、敵の位置を感じ取れる自分がしっかりしていなければならないのだと。


 しかしそんな自制心さえも圧倒して、過去の情景が否応なく脳裏に蘇ってきた。ちょうど今のニックと同じように伏して泣き叫ぶ自分、その目の前に横たわる人影。


 助けられなかった。助けられたはずなのに。悔やんでも悔やみきれない現実に、身を引き裂かれる思い……


「ノキア……ちょっと痛いよ……」


 ケファの呟いた声でノキアははっと我に帰った。知らないうちに、ケファの肩を支える手に必要以上に力を入れてしまっていたらしい。


「ご、ごめん……」


 しかし怪我の功名と言うべきか、そのやり取りのおかげでノキアは少し冷静さを取り戻すことができた。ルディロたちの鼓動は順調に離れていってはいるが、ここはまだ敵地なのだ。


 ニックには酷だが、サムを偲ぶにもまずは方舟から脱出するべきだ。


「ミスト?」

「……ノキア、ちょっとこっち来てくれる?」


 ノキアが後ろを振り返って呼びかけると、ミストが逆にノキアを呼び出してきた。ノキアは気遣わしげにケファに目配せする。


「あたしは大丈夫。行ってあげて……」


 視線の意味を理解したのか、ケファは健気にそう言った。正直あまり大丈夫そうには見えなかったが、もたもたしてもいられないのでケファをそこに残してミストの元に駆け寄る。


 ミストは、仲間の手で首を掻き切られたキマイラたちのところにいた。そのあまりに凄惨な光景に、胃から嫌なものが込み上げてきそうになるのを、ノキアは堪えた。


 彼らもルディロに利用されただけなのだとしたらかわいそうな話だが、埋葬してやる余裕などはない。残念だが、このまま置いていくしかないだろう。


「ノキア、これ見て」


 しかしミストは、その心配をしているわけではないようだった。ミストが顎で示した方向を見ると――顎でものを指すのは人間族なら失礼な行為だが、竜族の場合は仕方ない――ノキアに右脚の機械義足を斬り落とされた獣人の少年が倒れていた。


 その瞬間、ノキアはミストが言わんとすることを理解した。その少年だけ喉が切られておらず、代わりに首の横の地面に鉤爪を突き立てた跡があったのだ。魂の鼓動も、弱っているが確かに聞こえる。


「これは……」

「最後に狙われたキマイラよ。きっとニックの声が届いて、殺すのを止めたのよ」


 ノキアとミストは、互いに顔を見合わせた。

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