41-脈動
「世界を救う……だと? お前のやっていることのどこが、世界を救うことになるって言うんだ!?」
ノキアはクォータースタッフを振り抜いてルディロの右腕を弾き、同時に頭を下げて銃弾を躱した。ルディロの体勢が崩れたおかげもあり、弾丸はノキアのうなじの上わずか数センチのところを通過していった。熱で毛先が焦げるが、気にしている場合ではない。
その隙を突いて、勢いに乗せて回転させたクォータースタッフの、ブレードを弾いた方とは反対の端に光刃を発生させる。この武器は、両端から光刃を出すことができるのだ。
ルディロもこの攻撃は予想できなかったらしく、生み出された青く光る刃が、ルディロの左の手首を灼き斬った。手首から先が腕から離れ落ちるが、当然血が噴き出したりはしない。
「くっ!」
それでも流石に動揺した様子で、ルディロは右腕を振り回してノキアを追い払った。
「アナタには、分からないデショウ……この世界を待ち受ける運命ガ……それを乗り越えるにハ、スペルリタスが覇者となるしかないというコトガ!!」
「ああ、分からないな! 少なくとも今お前がやっていることは、ただの悪行にしか見えない!」
そう言い返しつつも、ノキアはルディロの言葉そのものには注意を払っていた。戦闘の昂りに押し出されて、ルディロが何か重要なことを口走っているように思えたからだ。強い言葉で反駁したのも、それによってルディロの次の言葉を引き出すことができると考えたからだ。
しかし、その作戦に気づいていたのか、はたまた単なる気まぐれか、ルディロがその手に乗ることはなかった。
「まあいいデス……今回の目的だったキマイラの実戦データ収集は十分にできたのデスカラ、そろそろ終わりにさせて貰いマスヨ!」
その言葉と共に、ルディロはノキアに向けて突進してきた。ひょろっとした脚と、両腕が機械となったことによる重量増加を考えれば、信じられないほどの速度だった。
おそらくルディロも、半機械獣人たちと同じように人工知能を自らに接続し、自らの脳が体にかけているリミッターを強制解除しているのだろう。
ルディロの右腕のブレードがギラリと光り、ノキアを両断せんという殺意とともに横一文字に振り抜かれた。ノキアはクォータースタッフでそれを受け止めたが、思いがけない攻撃の重さに驚かされた。
(データ収集が完了した、と言っていた……これまでは片手間だったってことか……!?)
あと少しで押し切られ、体勢を崩されるところだった。気を引き締めなおしたノキアは、しかし次の瞬間にはルディロの追撃に対応しなければならなかった。
その攻撃が、一撃目より動きが洗練されていることに、ノキアは気付いた。ルディロは科学者のはずなのに、まるで長年戦い抜いてきた戦士のようなキレがある。
まるで打ち合わせる一合一合を綿密に分析し、その解析結果を次の一撃にフィードバックしているかのように。
(これが、人工知能とやらの力なのか)
ノキアの理性と本能の両方が、長期戦は不利だと告げていた。
*****
「ノキア……」
ケファは胸元に当てた手をぎゅっと握りながら、二つの考えの間で揺れ動いていた。
それは、今すぐノキアの元へ飛んでいきたいという感情と、自分が行っても足手まといにしかならないという理性だった。
自分に何もできるはずがない、と知っていながら、これ以上足手まといのままでいるのは嫌だ、と心の中で叫ぶ声があった。
何より、自分が何者かも分からないケファに優しくしてくれたノキアを、何の恩返しをすることもできないまま失うかもしれない。そんなことは考えたくなかった。
いや、ただの恩義だけではない。もっと深くて強い、心の底からの衝動が、ノキアを失う可能性を全力で拒否していた。
その時、ケファの胸の内で何かが脈打った。奇妙なのは、それが心臓のある左胸ではなく、右胸から感じられることだった。
ケファは少しの躊躇いののち、その拍動に身を任せる決断をした。そこに宿るものがなんであるのかは分からない。もしかしたら危険なものかもしれない。
しかし、この脈動の先に何かがあるという手応えは、確かにある。何より、いつまでも足手まといの自分は嫌だった。
ケファの本能が体を突き動かし、その右手を目の前に掲げさせた。右胸に疼く溢れる力が、腕を通して掌に集中する。
そしてケファの掌から放出された力は、宙に浮かぶ白い光の輪を形成した。それは閉じ込められた獣のように、解き放たれる瞬間を待ちわびて猛り狂っている。
ケファは本能の命ずるままに、その掌をルディロへと向けた。
*****
――ドクンッ!――
すでに二度経験しているノキアは、その鼓動の意味を素早く理解した。
今回はケファに攻撃の手は及んでないはずだったが、また暴走してしまったのだろうか。
いずれにせよ、このままルディロと組み合っていれば、もろともに吹き飛ばされてしまいかねない。ノキアはクォータースタッフの先に光刃を発生させ、逆袈裟に振り上げた。ノキアの思惑通り、ルディロがバックステップでそれを躱したことで、両者の間に距離が生まれる。
自身も後ろに下がり十分な距離を取ったところで、ノキアは視界の端でケファの様子を捉えようとした。
しかしその時にはすでに、ケファの手から圧力波が放たれていた。その照準は正確にルディロに定められている。
「ぐぅっ!!」
ルディロは機械の両腕を体の前で交差させ圧力波を受け止めようとしたようだったが、衝撃そのものは殺すことが出来ず、体ごと後ろにふっ飛ばされた。
空中で数回転したルディロは、背後の壁に機械義手を突き立てた。機械の関節が衝撃を吸収したらしく、壁を離して床に降り立ったルディロは、平然と立ち上がった。
しかし流石に息が荒くなっており、表情には余裕のなさが窺える。
「……やはりオーラノイドもいマシタカ……今すぐ捕まえてやりたいところデスガ、流石に分が悪いようデスネ。今回の目的は果たし終えたことデスシ、どうやらここが退き時のようデスネ……」
そう言うとルディロは、左の機械義手を高く掲げた。そこからチチチチチ……という甲高い奇妙な音が響く。
「キマイラども、後片付けをしてワタクシに付いて来ナサイ!」
すると、世にも恐ろしいことが起こった。
その時、ミストの周りにはミストと戦っているキマイラと、ノキアに機械部分を切り落とされ気絶したキマイラたちがいた。
ルディロの号令が発せられた途端、健在のキマイラの一人が無力化されたキマイラたちに歩み寄り、
その首を掻き切り始めたのだ。




