39-閃光
「ニック!!」
キマイラたちの相手をしながらも、ルディロに果敢に立ち向かうニックにも気を配っていたミストは、ニックが決定的な一撃を喰らうのを見てとって、思わず叫んでいた。
すぐに駆けつけたいという衝動に駆られるが、キマイラたちを放ってルディロのいる方に向かえば、当然挟み撃ちにされることになる。
そのくらいの事が分かる冷静さは保っていたから、ミストはまず目の前の異形の子どもたちに専念するようにと自分の気持ちを制御した。
実際、自分の状況も他人の心配をしていられるほど甘いものではなかった。最初は単純な一斉攻撃を仕掛けてくるだけだったキマイラたちが、次第にタイミングや方向を分散させた波状攻撃を使うようになってきていたのだ。
「やっぱり、こいつらの本当の恐ろしさは身体能力でも、機械の鉤爪でもない……分析・学習能力なんだわ」
ミストは口の中で呟いた。『同じ手は二度と効かない』という言葉を文字通り体現しているのが、この半機械獣人たちなのだ。初めて見る攻撃に対する反応が鈍い代わり、一度見た攻撃にはすぐに対策を講じてくる。
つまり、ミストが優位に立ち続けるためには、常に相手の不意をつく戦いをしなければならない。そして戦いが長引くほど、ミストが取れる手は少なくなっていく。
となれば、ミストが勝つためには、短期決戦に持ち込むしかない。が、ここまでの戦いですでに多くの手を明かしてしまっているミストには、それも簡単な話ではなかった。
まだ見せていない技の中で、最も高い効果が期待できるのは光線だが、五秒間もの準備時間をどう確保するかが問題だった。それに、一点集中型の光線で群れなすキマイラたちを一掃できるかどうかというのも大きな課題だ。
当然、そういうことをゆっくり考える時間を、キマイラたちが親切に与えてくれるわけもない。金属の鋭い爪や尾を構えて向かってくる敵の姿に、ミストは久しぶりに敗北の予感を抱いた。
とはいえもちろん、そう簡単に諦めてやるつもりなど毛頭ない。今できる最善を尽くし続ければ、いずれ必ずチャンスが来る。ミストは自分にそう言い聞かせた。
(前と左右から二ずつ……ということは、後ろに三……)
ミストは敵の動きを素早く観察した。前と左右から迫るキマイラたちの大袈裟な動きから、敵が陽動作戦を試みるところまで学習を進めた事は分かっていた。
だが、駆け引きに関してはまだまだ甘い。後ろの敵が本命だと判断したミストはあえて振り返る事をせず、背後を警戒していないように見せかけた。
前と左右の敵をファイアブレスで追い払うと、案の定キマイラたちはあっけなく撤退する。
背後から奇襲を掛けるならこのタイミングしかない。ミストは自分の感覚だけを信じて前を向いたまま尻尾を鞭のように横に振った。
一つ、二つ、尻尾が重い衝撃を感じる。そのまま尻尾を振り切って衝撃のもとを跳ね飛ばしたミストは、しかし三つ目の衝撃が来なかったことに気付いていた。
そこで初めて振り返ったミストは、自分の頭の位置より高い場所に跳び上がっているキマイラの姿を認めた。アライグマの頭を持ち、機械化した右腕から伸びる爪は、真ん中の一本がサーベルのように長く伸びている。
その鋭利な刃が自らの首の付け根を狙っていることを見て取るに至って、ミストはこの攻撃が不可避である事を悟った。背中の真上は、竜にとって最も無防備な場所だった。竜の身体は、上から襲われる事は想定していないのだ。
完全な回避ももう間に合わない。ミストはせめて急所への攻撃を逸らそうと体を捻りながら、来るべき斬撃の痛みを待った。
しかし、その苦痛がミストを襲う事はなかった。どこからともなく現れた灰色の影がキマイラに跳びかかり、青白い閃光とともにその右腕を斬り落としたからだった。
キマイラはバランスを崩してミストの横に落ちる。そしてその先に、灰色の服に身を包んだ少年が着地した。
「待たせたな、ミスト。機械蜘蛛を倒すのに時間がかかっちまってさ」
「……まったくよ」
耳慣れた声を聞いて、ミストはふうっと息をついた。憎まれ口を叩いたのも、本心では相棒の登場に安心したからだった。
ミストはノキアに倒されたキマイラを見た。右の機械腕を肘のところから切り落とされている。その断面は、まるで一瞬で灼き斬られたように白熱していた。
「ミスト。こいつらは、機械の腕や脚に人工頭脳っていうのが仕込まれているらしい。思考を制御しているその人工知能を切り落とせば、無力化できるんだそうだ」
人工知能という言葉は、オーロラ海に生きるミストには耳慣れない言葉だった。人の手で作られた頭脳……つまり、機械に脳味噌があるってこと? ミストは混乱する頭でその意味を咀嚼した。キマイラの非人間的な所作や高い学習能力も、それによって生み出されているということだろうか。それにしても……
「斬り落とすって、簡単に言うけど、今いったい何をしたのよ?」
ノキアが肩に担ぐクォータースタッフを見ながら、ミストは言った。棒で機械を斬る、なんて聞いたこともない。
「どうも、こいつはただの棒じゃなかったらしいんだ。実は……っと、ゆっくり話してる場合じゃないな」
ノキアは自分たちに向かって襲いかかってくる八人のキマイラを一瞥して言った。
「……まあ、口で言うより見せた方が早いか」
そして、ノキアは目の前にクオータースタッフをまっすぐ構えた。すると、ジジジッ……っという空気を焼くような音と共に、その先端から青い光の刃が現れる。
先頭のキマイラを射程に収めた瞬間、ノキアはクォータースタッフを素早い動きで振り回した。その型自体はミストにとって見慣れたものだったが、先端に光る刃が残像を残し、三日月形の青い軌跡を空中に幾重にも刻み付けていく。
それはまるで、小さな流星群のようにノキアの身の回りを彩った。
計算され尽くした軌道は、一振りごとにキマイラの機械部分のみを斬り落としてゆき、あっという間に三人のキマイラを、肉体に傷ひとつ付けることなく無力化した。
あれは、イリア・エネルギーの刃だ。自らもイリアを操る能力を持つものとして、ミストは直感的にその事を理解した。射程は数十センチほどの短さながら、火力的にはミストの光線に匹敵するのではないかと思われた。
ミストの光線がレンズの偏向を利用してエネルギーを一点に集中させるのに対し、ノキアのクォータースタッフはバリアを用いてエネルギーを小さな刃の形に凝縮することで、火力を得ているのだろう。
そんな事をミストが考えている間にも、ノキアは次なる標的に狙いをつけ、青い光刃を振り下ろす。
しかしその攻撃がキマイラに届く事はなかった。遠くから見ていたはずのルディロが瞬く間に接近し、両者の間に割り込んだからだ。
「……まだデータ取りも十分にできていないのデスカラ、これ以上壊すのはご遠慮願いたいデスネ」
クォータースタッフの柄を左腕で受け止めながら、ルディロは言った。




