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34-サム

 ノキアは目の前の状況をどう受け止めていいか、考えあぐねていた。期せずして今回の救出対象と巡り合うことができたようだが、それが機械であったことは想定外だった。


 様々な種族が混在するオーロラ海で、相手がロボットであるというだけでその信頼性を疑うのは偏見かもしれない。しかし普段から当たり前のように魂の鼓動を感じ取っているノキアにとって、鼓動のないロボットが会話しているというのは、まるで口の無いのっぺらぼうが言葉を発しているような違和感があるのだ。


 それに、誰何(すいか)の一つもせずに襲いかかってくる冷酷な機械蜘蛛と渡り合ったばかりであることを考えれば、仕方のないことだっただろう。


 少なくとも機械は、なんらかの目的のために誰かの手によって作られた物なのだ。そういう意味では、固有の人格を持つもの同士だからこそ成立する『信頼』という言葉が当てはまり難いのは当然だ。


「……ああ、俺たちはニックと一緒に『先生』を助けにきたんだ。お前がその『先生』ってことで間違い無いんだな?」


 ノキアは慎重に言葉を選んで言った。


「ええ、ペント族の皆様にはそのように呼ばれていました」

「だがお前は自分のことを船のメンテナンス・ボットだと言った。それがなぜ、ペント族の面倒を見ることになったんだ?」

「少し長い話になりますが……」


 ノキアは少しの間思案してから答えた。


「どうせ今はここから動けない。部屋を出た先のところに機械蜘蛛が待機してるんだ。他に出口があったりはしないか?」

「いえ、そこの一つだけです。機械蜘蛛、というのはスペルリタスの機動兵器の事ですね……?」


 メンテナンス・ボットのサムはなぜか、少し悲しげな様子で言った。ノキアがその通りだと首肯すると、少し肩を落としたようにも見えた。


「……それなら確かに、下手に動かない方がいいでしょうね」

「なら、話を聞く時間はある。今頃はニックとミストが別の場所で捜索しているだろうから、あの二人には申し訳ないけど……」


 方舟に詳しいサムの話を聞けば、この状況の打開策も思いつくかもしれない。ノキアはそうも考えていた。


「私のことが信用できないのですね?」

「すまない……何しろお前みたいなロボットを見るのは初めてだから……」

「いえ、適切な判断だと思います」


 サムは肩を竦めながら言った。その動作があまりにも人間じみていたので、ノキアは改めて不思議な感覚に包まれた。


 こう言った動作も、ルエル人によって綿密にプログラムされているのだろうか。それとも、体が機械というだけで、サムには本当の心があるのだろうか。


「では、とりあえず座りましょうか。私は立ちっぱなしでも疲れませんが、あなた方はそうでは無いでしょう?」


 サムはそう言いながらも、自ら率先して座って見せた。敵意がないことを態度で示そうとしているように見える。


「そうだな。座ろう、ケファ」


 少なくとも、突然襲い掛かられたりはしないだろ。そう考えたノキアは、背後にいたケファにも促してその場に座った。


「ではまず、前提としてこの方舟の由来から話さなければなりませんね。と言っても、私は一介のメンテナンス・ボットなので、ルエル人の立てた計画の全貌までは知らされていませんが……」


 そう前置きしてから、サムは語り始めた。


「この方舟はもともと、ルエル人がこのアステラを離れ、別の場所に民族まるごと移住することを目的として作られた、巨大な移民船なのです。その移住先がはるか遠くにあったために、この方舟は数十年単位での運用を想定して建造されました。そのために船内には巨大な人口農場なども擁し、またどんな不測の事態にも対応できるように、多くの専属メンテナンス・ボットが導入されました。私は、その一つだったのです」

「……ルエル人は、なんで移住なんか計画したんだ?」


 本筋から離れると自覚していても、ノキアはつい尋ねてしまった。まだ誰にも知られていないルエル人の過去について知ることができると思うと、好奇心が刺激されたのだ。


「ルエル人の中で、ある病が流行したせいです。彼等はその病がアステラリウムという住環境のせいであると考え、生き残るために新天地への移住を試みることにしたのです」


 サムは話を途中で切られたことにも特に気にする様子はなく、淡々と説明を続けた。


「そうした万全の準備の上で方舟は進水式を迎えましたが、その試験航行の際になんらかの事故に遭い、航行不可能なほどの損傷を受けました」

「外宇宙……まさか『辺境の守護者』の襲撃を受けたのか?」

「へんきょーのしゅごしゃ……? ノキア、それってなんなの?」


 ケファの質問に、ノキアは振り返って答えた。


「オーロラ海の外に住むと言われる、巨人の姿をした怪物だよ。外宇宙に出ようとする船を無差別に攻撃して、あっという間に屑鉄にしてしまう……ただの伝説かと思っていたが……」

「その時どんなことが起こったのか、私は知りません。ただ結果として、方舟は命からがら帰還し不時着しました。とはいえそれはほとんど墜落に近く、さらに悪いことに衝撃でステラクリスタルに異常が起き、環境が変化したことで人が住むのに適さないアステラとなってしまったのです」


 それでこんな雪の世界になってしまったのか、とノキアは納得した。確かにオーバーテクノロジーを有する種族が住むには、不便そうな場所だとは思っていたのだ。


「それでルエル人はこの方舟とアステラを棄て、別のアステラへと避難していきました。その際に方舟の機能やロボットは全て機能停止されたはずですが、私は数年後、何かの拍子で再起動されたのです」

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