32-戦士の目
その頃ニックは、ペント族が住んでいた家々を飛び回っていた。それらは方舟の中で見つけた廃材を使い回したもので、ペンギンが住むには似つかわしくない無骨な掘建て小屋ばかりだった。
それらの廃材のほとんどは元がなんであったかも分からなくなっており、ペント族にとってほかに利用価値のないものばかりだった。しかし、時々は便利なものが見つかり、ペント族の生活に――主に遊び道具として――再活用されたこともあった。
ニックが探し回っているのは、そんな他愛もない遊び道具の一つ、しかし機械蜘蛛の動きを止めるための鍵となるであろう道具だった。
背後から、機械蜘蛛が壁に激突する轟音が聞こえる。ミストを一人で危険な目に合わせてしまっていることは十分に理解していた。ニックは焦る気持ちを押し殺しながら、さらに捜索の手を早める。
(……あった!)
今見ている家が何軒目なのか数えられなくなり始めた頃、ニックはやっと目的の物を見つけた。それはぐるぐる巻きになった、全長数十メートルはある細いワイヤーロープだった。
そのロープは、ニック自身が方舟を探検した時に見つけたものだった。先生の話によれば、『けんいん』とやらに使われていたもので、見かけは細いがとんでもない強度を誇るのだという。
思い出の品を目にして、この町で先生や仲間たちと共に過ごした思い出が溢れかけたが、今はそれどころではないと自分に言い聞かせ、ニックは重いロープを必死に担いで飛び出していった。
「まったく、いつまで待たせるのよ……」
紙一重で機械蜘蛛を翻弄しながら、ミストは呟いた。いかに身体能力が高いとはいえ、竜の巨大な体で攻撃を交わし続けるのは至難の技だった。その上、ニックがいる方向にずれていかないように調整もしなければならないのだ。当然、いつまでも保つものではない。
実際、躱しきれなかった攻撃が、すでにミストの体にいくつもの切り傷を残していた。どれも軽傷ではあるが、体力はじわじわと削られていく。
いっそ大声で名前を呼んでやろうか、などと皮肉めいたことを考え始めた頃、ミストは視界の端にニックが草むらから飛び出してくるのを認めた。何か巻いたものを手に持っているようだ。探し物は見つかったらしい。
ニックは機械蜘蛛の足元に向かって走り出した。シロクマから逃げる時にも見せていたが、すばしっこさにかけては一級品である。そしてミストは、ニックが走る後ろにちらちらと光る細い線が残ることにも気づいた。その先には、天井を支える太い柱がある。
(なるほどね……)
ミストはニックの思惑を理解した。機械蜘蛛の攻撃を跳躍で回避し、柱のある側へと着地する。ミストの考えが正しければ、柱に近い方がやりやすいはずだ。
ニックは機械蜘蛛の周りを一周するように走り続ける。目の前にミストという好敵手がいる機械蜘蛛は、その事にはまったく気づいていないようだ。ミストは軽く炎を吐いて威嚇し、機械蜘蛛の注意をさらに引き付ける。
その間にニックは一周目を走り終え、二周目に取り掛かった。このまま行けるかとミストが思いかけた時、機械蜘蛛の動きが一瞬止まった。その赤い一つ目が下を見る。どうやらニックの存在に気づかれたようだ。
ミストは機械蜘蛛の意識を逸らそうと、その胴体に向けて炎を放ったが、ミストの炎が脅威ではないことを学習してしまったのか、機械蜘蛛は構わずニックに向かって鎌を振り下ろす。
しかしニックもそう簡単にはやられなかった。走り、伏せ、飛び上がり、素早い動きで鎌の攻撃を回避し、草むらに隠れてから離れたところで飛び出して相手を翻弄する。そうしながら、二周目を走り抜くために着実に前進する。
ニックがペント族いちの戦士を自認していたのも、あながち嘘ではないのかもしれない、とミストは思った。むろん、種族の宿命として体格も筋力もたいしたことはないかもしれないが、その身のこなしはただ素早いだけではなく、十分に洗練されたものだった。
何より、ニックは今『戦士の目』をしていた。宿命に抗い、なすべきと思ったことを成し遂げようとする者の目だ。
ニックは作戦を成功させるだろう。なんの根拠もない直感としてそう感じたミストは、自らも役割を果たすべく次の行動に備えた。
ニックは幾たびも繰り出される鎌を掻い潜りながら、ついに二周を走り終え、元の柱のところまで駆け戻っていく。ミストはそこで再び跳躍し、機械蜘蛛の胴体を踏み台にして反対側――ミストが元々いた場所――に戻った。衝撃を感じた機械蜘蛛は、再び注意をミストに向ける。
いかに装甲が堅く、攻撃が強力だとしても、やはり頭脳面は単純であるようだ。だからこそ、こんな分かりやすい作戦にも気付かない。ミストは自分に向かってワンパターンに脚を踏み出そうとする機械蜘蛛を見つめながら、いっそ哀れにさえ思った。
機械蜘蛛の脚が、強靭なワイヤーに引っかかる。それでも力任せに歩を進めようとしたために、ワイヤーが四本の脚を一気に締め付ける。機械蜘蛛はバランスを崩して、大きな音と共にその場に転倒した。縛めを解こうと機械蜘蛛がもがき、ギリギリと嫌な音を立てる。
すでに勝負は決したも同然だったが、ワイヤーがいつまで保つかは未知数だったから、ミストはすぐさま攻撃態勢に入った。精神を集中させ、自らの喉の奥に埋まっているステラクリスタルにエネルギーを注ぎ込む。
白い光の球を吐き出したミストは、いつものようにそれをただのバリアとして展開するのではなく、イマジネーションを用いてその形を精密に整え始めた。それは正面から見れば真円、横から見れば楕円の、いわゆるレンズのように変形した。
そのレンズの形にほんのわずかでもズレがあれば、この技は十分な威力を発揮できなくなる。五秒間敵の動きを止める必要があったのは、そのためだった。
抵抗する機械蜘蛛の金属音に集中を乱されないように努力しながら、ミストは調整を続けた。心の中のイメージが一つの形となって現出し、それが確信へと変わった瞬間、ミストは口を最大限に開いて炎を放出した。
ミストの炎は見かけは普通の火とよく似ているが、実態は高熱を帯びたイリア・エネルギーだ。それはバリアで作られたレンズを屈折しながら透過し、レンズの前で一点に収束する。まるで、虫眼鏡で日光を一点に集めるように。
(これで、終わりよ!!)
収束点で圧縮されたイリアの炎が、一条の薄紫の光線となって解き放たれた。それは過たず機械蜘蛛の赤い一つ目を撃ち抜き、その胴体の反対側まで貫通した。拡散してしまうファイアブレスとは比べ物にならない熱量が、鋼鉄の体を容易に溶かしていく。
数秒間続いた放射の後、そこには胴体を真っ二つにされて機能停止した機械蜘蛛の残骸だけが残されていた。




