31-故郷
とはいえ、応急処置の経験がないケファにとっては、包帯を巻くのもひと苦労だった。旅慣れている者の常として一通りの知識があるノキアがあれこれと助言したが、綺麗に巻き終えるまでにはだいぶ時間がかかった。
ノキアはその間も定期的に外の様子を窺ったが、相変わらず機械蜘蛛は通路の先に停止したままだった。目標を見失ったらその場で待機するように設定されているのだろうか。
「ニックとミストは無事かな……」
「魂の鼓動はちゃんと聞こえるよ。ただニックの言ってた通りなら、機械蜘蛛は複数いるはずだから、安心はできないな。なんとか合流できるといいんだけど」
ノキアの言葉に、ケファは頷いた。
「それにしても、ミストのバリアが破られるの、初めて見たよ。巨大な鮫に噛み付かれてもびくともしなかったのに……」
「多分、あの鎌はアルラ鋼製なんだ。前に、アルラ鋼は現代の技術で加工ができないほど硬いほかに、もう一つ特性があるって言っただろ?」
「うん」
「アルラ鋼は、イリア・バリアを破壊できる物質なんだよ。他のどんな攻撃も弾くような強力なバリアでも、アルラ鋼製の武器でなら豆腐みたいに砕けるんだ」
そう言ってノキアは、手当ての間脇に立て掛けておいたクォータースタッフを手に取り、自慢げににやっとした。
「ミストがそれを言わせたくなかった気持ちも分かるだろ?」
「もう、意地悪なこと言って」
ケファはしょうがないなあという風に苦笑した。しかしその時、部屋の奥から物音がしたので、二人は驚いて振り向いた。
それは、部屋の隅に積まれた機材の山の中から聞こえた。それまで二人はただの廃品置き場だと思っていたところだった。中に動くものの気配がなかったので、警戒を解いていたのだ。
山の中に、猫の目のように光る赤い点が二つ現れた。不意打ちに備えてノキアがクォータースタッフを構えると、その山の中から声が発せられた。
「あなたは……ルエル人の方、ですね?」
そして廃材をかき分けて現れたのは、人と同じ大きさ・体格の、銀色の体を持つ機械人形だった。
*****
「……ちょっと、ニック、早く逃げなきゃ!」
ミストの呼びかけにも、ニックはその場を動かなかった。機械蜘蛛がここに近づいてくる足音も聞こえてはいる。危険が迫っていることも、もちろん理解している。
それでも、ニックの中で疼き始めた何かが、ニックをその場所に押し留めていた。
(どうして、逃げなきゃならないんだ)
ここは、自分の故郷なのに。ここは、ペント族の町なのに。なんの目的があるのかも分からない機械なんかに、なんで追い出されなけりゃならないんだ。
故郷の復興がもはや叶わないだろうことも、まだ生きているかもしれない先生を探す方が先決であることも、頭では理解している。
それでもなぜか、ここで尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかない。そういう感情が、ニックの内に芽生えていた。
「ニック……?」
ミストもニックのただならぬ様子に気付き、改めてニックの方に向き直る。
「なあ、ミスト、無茶な話なのは分かってるさ……でも、アイツを倒す方法、本当にないのか?」
ミストはそう言ったニックの目を見て、即座にその思いを理解した。ミストからすればネズミのように小さい雛ペンギンの瞳に宿っていたのは、宙賊船でノキアがケファを助けに行くと言い放った時と同じ、決意の光だった。
ミストは少し思案して、言った。
「一つ、まだ試してない方法があるわ。扱いが難しいから、普段は滅多に使わないんだけど」
「具体的にどう難しいんだ?」
「ニック、あの機械蜘蛛の動きを、5秒間止めることってできる?」
問い返したミストの言葉に、ニックは少しの間言葉をつまらせた。しかし、ついにこう答えた。
「……やってみせるさ。ここはホームグラウンドだし、オイラはペント族いちの戦士なんだからな!」
そのタイミングを見計らったかのように、ニックたちが入ってきたのとは反対側の入り口から、四本足に四つの巨大な鎌が付いた金属製の蜘蛛が姿を現した。
最初に遭遇したものとよく似ていたが、どことなく形の違う部分があった。全体的にずんぐりしているとでも言おうか。少なくとも、前回とは別の個体であることは確かだった。
「それで、ニック、何か作戦があるの?」
機械蜘蛛がニックとミストの姿を認め、ガシャガシャと喧しい音を立てながら迫ってくる。ニックは自らの故郷であった場所を見渡し、自らのうちに生まれた一つのアイデアを実行可能な作戦にするために、頭の中でシナリオを組み上げていく。
「ミスト、オイラ探し物してくっから、ちょっとの間あいつの相手をたのめねえか?」
「早くしなさいよね。私もあれが相手じゃ、そう長くは持ちこたえられないわ」
ミストの言葉に、ニックは頷く間ももどかしく、ペント族の町だった牧場ブロックに飛び込んでいく。草が高く伸びているので、ニックの姿はすぐに紛れて見えなくなった。機械蜘蛛はそんな小物には興味がないとでもいうように、進路を変えることなく突進を続ける。
ミストは壁際まで後退すると、敵を十分に引きつけてから翼を羽ばたかせながら跳躍した。この部屋の天井は数十メートルの高さがあり、飛びまわることまではできなくとも、機械蜘蛛を飛び越えるくらいのことは楽にできたのだ。
まるで跳び箱でもするようにミストが機械蜘蛛をいなすと、機械蜘蛛は勢いを殺すことができずに壁に激突した。轟音が響く。前脚の鎌が深く壁に突き刺さったのだ。これでしばらく時間が稼げると踏んだミストだったが、機械蜘蛛が壁をさらに破壊しながら易々と鎌を引き抜いたのを見て、それが希望的観測であったことを悟った。
「ほんとうに、早くしなさいよ、ニック……」
ミストは口の中で独りごちた。




