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03-脱出

 どこからか警告音が鳴り響いている。頭がぼーっとしているので、何と言っているのかは聞き取れない。しかし、警告音が鳴っているからには何か良からぬことが起きているに違いない。


 とにかく起きて状況を確認しなければ。そう思いながらも、頭は鈍痛で重く感じられ、思い通りに体を動かせない。


「……じょうぶ? ……だい、じょうぶ?」


 気遣わしげな声とともに、何者かの手がそっとノキアの頰に触れた。ミストだろうか、という推測はすぐに自分で打ち消した。どう考えてもこの感触は竜の鉤爪ではなく人の手だ。だとすれば……。


 やっと目を開くことができた。すると、まだぼやけ気味の視界に映ったのは銀灰色の髪の少女だった。


「のわっ、お、お前……!」


 生存本能が強引に肉体を叩き起こしたのか、ノキアは急に動きを取り戻した体を起こし、這々(ほうほう)の体で少女から遠ざかろうと試みた。


「起きた……よかった……」


 しかし少女はノキアの行動を不思議に思ったように首を傾げながら、嬉しそうに微笑んだ。さっきまで命懸けで戦っていた相手とは思えない……というより別人ではないかと疑いたくなるほどの変化だ。


「お前、いったい……」


 しかしノキアがそれ以上問いただす前に、再び警告音が鳴った。それに続いて流れるメッセージが、今度は鮮明に聞き取れる。


『――被験体ANG–EL-(イレブン)の異常行動を確認。非常事態解除コードが入力されない場合、本施設は十五分後に爆破されます。繰り返します。被験体ANG–EL-Ⅺの――』


 一瞬、思考が停止した。一難去ってまた一難、とはまさにこのことだ。この少女の正体については疑問が尽きないところではあるが、まずは生きてこの研究所を脱出することを優先しなければならないようだ。


「ミスト……ミスト! 無事か!?」


 ノキアは部屋の奥に伏していたミストのところまで駆け寄った。ミストは首を床に垂れ、眼を(つむ)っている。


 脳裡(のうり)に、嫌な予感が浮かんだ。少女が火炎弾を撃ち抜いた時、その余波がミストにも直撃していたのだろうか。もし、両手撃ちした圧力波がその威力も上げていたとすれば、流石のミストといえど……。


 しかし、ノキアがその身体を揺すぶっていると、ミストは眼を薄く開いた。


「むにゃ……何、ノキア、もう朝ごはん……? もう少し寝かせて……」

「……何馬鹿なこと言ってるんだよ。とにかくここから脱出するぞ!」


 ほっとしたような、呆れたようなモヤモヤした気持ちを感じながら、ノキアは叱咤(しった)した。そしてミストがやっと動き出そうとし始めたのを確認すると、今度は床に置き去りにされていた二つの得物を拾いに走る。


 一刻を争う状況ではあるが、そういう時こそ何が起こるかわからないので、ノキアは手早く武器の状態を確認した。愛用のクォータースタッフは、鉄壁を凹ませるほどの圧力波を浴びたにも関わらず、傷一つ付いていなかった。流石はアルラ鋼製だ、と胸を撫で下ろす。


「ちょ、ちょっと、ノキア! この子は……」

「その話も後だ! 今はまずこの建物を出ないと!」


 その時再び警報音が流れたことで、ミストもようやく状況を飲み込めたらしく、それ以上はつべこべ言わなかった。ノキアとミスト、そして謎の少女は急いで研究所を脱出した。






 施設の外に出ると、そこは全面が砂に覆われた世界だった。他の建造物や動植物の姿は見られず、ただ死に絶えた土地だけが広がっている。


 空は途方も無い大きさの半透明のドームに覆われ、ドーム越しにくすんだ星空が覗いていた。しかしその景色をじっくり見ている暇はなかった。爆発の規模が予測できない以上、少しでも遠く離れるに越したことはないからだ。


「時間がないわ。二人とも、私に掴まって!」


 ミストが叫ぶ。ノキアはすぐに、左腕で戸惑った様子の少女を抱え、右手でミストの背に()わえつけられていた鞍の縁を掴んだ。


 ノキアが掴まったことを確認するや否や、ミストは強靭な後足で地面を蹴り、翼をはためかせる。一瞬の後、二人の人間を乗せた竜は軽々と宙へと舞い上がっていた。走るよりもずっと速い速度で、研究所から遠ざかっていく。


 その時、背後から爆音が鳴り響いた。研究所の自爆装置が作動したのだ。ノキアが振り向いてその規模を確認する暇もなく、後から追ってきた爆風がミストの体を、木の葉を散らす風のように煽った。


 ミストはバランスを崩しグルグルと回転しながら落下していった。下手をすればノキアと少女を下敷きに墜落しかねない状況だったが、そこは意地を見せたのか地上すれすれのところで体勢を立て直し、腹を地面に擦りながら不時着した。


「た、助かったぁ……ありがとな、ミスト」


 精根尽き果て、少女とミストから手を放すとノキアはそのまま地面に転がった。少女は茫然とした様子でその場にへたり込んでいる。


「どういたしまして。それにしても……どうしてあの子まで連れてきちゃったのよ」


 ミストは後半を声を抑えて、ノキアにだけ聞こえるように言った。その疑問はもっともだった。ノキアにしても、ちゃんとした考えがあったというより、直感に従って助け出しただけだったのだ。


「よく分かんないけど、あの子、さっき戦った時とは様子が違うんだ。何か事情があったのかもしれない……それに、見捨てて後悔するよりは、助けて後悔する方が、俺はいいよ……」

「その気持ちは分かるけど、本当に大丈夫なのかしら……」

「……まあ、きっとなんとかなるって」


 ノキアの能天気さにつくづく呆れて、ミストは深いため息をついた。とはいえ、無邪気な様子の少女を見ると、安易に見捨てられなかった気持ちはたしかに分かる。


 それにしても一体、この少女は何者なのだろうか。ミストの中で疑問は膨らむばかりだった。

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