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23-シロクマ

 槍のようにまっすぐそそり立つ杉林の中を歩くのは、思った以上の重労働だった。人が住まないこのアステラに、雪掻きのされた道路などあるはずもない。ノキアたちは膝下まで雪に埋れながら一歩ずつ進んでいくほかなかったのだ。


 ミストが炎を吐けば雪を簡単に溶かせるのだが、それをずっと続けるのはミストに負担がかかる。一行は色々と考えた挙句、ミストを先頭に一列縦隊で歩くのがいいという結論に達した。


 体の大きいミストはそのつもりがなくとも大きく雪を掻き分けながら進むことになる。そしてノキアとケファはそのおこぼれに与るという構図だ。


 この作戦はそれなりに功を奏したとは言え、普通の道を歩くのに対して余計な体力と時間を取られるのは避けられなかった。


 どこまで行っても同じような景色ばかりが続き、自分たちがどのくらい進んできたのか分からなくなり始めた頃、単調だった旅路に変化をもたらす事件が起きた。


「助けてくれ〜〜っ!」


 人間族の子どものような声が、助けを求めて叫ぶのが聞こえたのだ。予想外のことにノキアたちは顔を見合わせる。


「ノキア、このアステラって、ヒトは住んでないって言ってたよね?」

「そのはずなんだけど……」

「とにかく行ってみる? どうするかは、状況を見てから決めればいいわ」


 そこで一行が声のした方に向かうと、やがて木立の間に大小二つの影が見えた。大きくて白い姿の何かが、小さい灰色の何かを追いかけているようだ。


「誰かぁ〜〜っ! 助けてぇ〜〜っ!!」


 どうやら追われている方が声の主らしい。人間ではありえないほど小柄だったが、兎も喋るオーロラ海ではそれほど不自然なことではない。


 どうやらこちらに向かってきているらしく、その姿は一行の目に次第にはっきり見えてきた。識別できるほど近付いてきたそれは、ふわふわの羽毛に包まれたコウテイペンギンの雛と、それを追いかけるシロクマだった。


 弱肉強食の厳しさを象徴するような構図であるにも関わらず、なんとなく締まりがないのは、おそらくペンギンが情けない叫び声を上げているのと、シロクマがシュールなまでに見事な二足歩行を披露しているからだろう。


 木々の間をすばしこく躱してなんとか距離を保っているペンギンの雛は、そのまま全力疾走でノキアたちのところまでやって来た。


「お、ちょうどいいところに! なあ、誰だか知らないけど助けてくれよぉ!」


 神妙な顔をすべきか笑いこけるべきか迷っているノキアの目の前で急ブレーキをかけたペンギンが、綿毛のような羽をパタパタさせて懇願してきた。


「ったく、しょうがないな……」


 助けるも何も、ペンギンがこちらに走ってきたせいでシロクマももれなく付いてきていた。竜のミストを見ても怯まない凶暴そうな様子を見れば、ペンギンだけでなく自分たちも危ないことは一目瞭然だ。


「私も手伝った方がいいかしら?」


 クォータースタッフを抜いたノキアにミストが声を掛けるが、ノキアは首を横に振った。


「大丈夫だよ。ミストにはブリザードの中で頑張ってもらったしな」


 そう言ってノキアは前に進み出ると、スタッフを前方に構えた。無駄な力を抜き、相手が何をしてきても即座に反応できる基本の構えだ。自分より体格の大きい敵に対して力任せの戦い方が悪手であることを、ノキアは知っていた。


 頭頂高三メートル程のシロクマは唸り声を上げながら、ペンギンを追いかけてきたそのままの速度で突進してきた。ノキアはいつものように鼓動を読み、自分を押しつぶそうと左右に広がったシロクマの腕をするりと潜り抜けた。


 そして振り返ることもなく、勢い余ったシロクマの背中をクォータースタッフで軽く押してやる。それだけでシロクマはつんのめり、雪の中に頭から突っ込んだ。


「どうしたよ、でかいのは図体だけか?」


 ノキアが挑発すると、シロクマは荒い声を上げて立ち上がる。どうやらペンギンと違って人語は解さないらしいが、おちょくられていることは本能で分かるようだ。


 シロクマが芸のない突進を繰り返してきたので、ノキアは今度は絶妙なタイミングでクォータースタッフで相手の足を払った。


 普通ならシロクマの足など重くて払えはしないのだが、ノキアはシロクマ自身の力を利用することで、最低限の力でそれを成し遂げた。シロクマは再びもんどり打って倒れ込む。


 すると、シロクマは今度は四本足で起き上がった。なるほど、重心を下げれば投げ技は食らいにくくなる。意外と頭が良いのかもしれない。感心するノキアに三度目の突進が迫った。


 ノキアは焦ることなく、クォータースタッフをシロクマの前足目掛けて横薙ぎに振る。シロクマは同じ手は食らわんとばかりに大きくジャンプし、そのまま飛びかかってきた。


 しかし、それこそがノキアの狙いだった。スタッフを振り抜いた勢いのまま後ろ向きになり身を屈める。背後から伸びてきた、爪を剥き出しにした右前足を両腕で掴む。あとはシロクマが脳天から落下するように、突進のベクトルを調整してやるだけでよかった。


 いかに雪に覆われた地面の上とはいえ、体重数百キロにもなるシロクマの落下の衝撃はほとんど軽減してくれなかったようだ。ドスン、と重い音を立てて、シロクマはそのまま昏倒した。


「ま、こんなとこか……いつ目覚めるか分からないから、とりあえずここを離れようか」


 ノキアはクォータースタッフを背に戻しながら、後ろで待っていた面々に向かって言った。

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