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22-鮫

「まさか、もう一匹……!」


 ミストは今度は回避が間に合わないことを瞬時に判断し、バリアを張った。バリアに包まれて風が遮られた一瞬の無音ののち、鮫が真横からバリアに噛みつく地震のような衝撃が一行を襲った。


 流石に牙がバリアを貫通してくることはなかったが、諦めの悪い鮫は繰り返し噛み付いてきた。風が遮られたために、ケファの怯えた叫び声もはっきり聞こえる。


 ノキアはこの状況を打開する策を練ろうとしたが、バリアを張っている以上こちらからも鮫に対して攻撃することはできない。事態は膠着(こうちゃく)していた。


 なんとか、鮫の攻撃を一瞬でも止めることができれば……。その時、ノキアは一つの作戦を思いついた。


「ミスト、いいか。俺が合図したら、バリアを解除して、鮫に向かって炎を吐いてくれ!」

「でも、そんなことしたら先に噛みちぎられちゃうわよ!?」

「なんとかするから!」


 そう言いながらノキアは鞍の横に取り付けていたクォータースタッフを手に取った。そしてそれをミストの体の横に縦に構える。


「三、二、一……今だ!」


 ミストのバリアが消え、ノキアたちは再び寒風に晒された。鮫はついに食事にありつけると確信して嬉々として噛み付いてくる。ノキアはその顎の位置に合わせてクォータースタッフの向きを調整した。


 それらのことが一瞬で起こった後、ノキアたちは無惨に噛み砕かれ……なかった。クォータースタッフが鮫の上顎と下顎の間でつっかえ棒となり、ノキアたちの身を守りながら鮫の無防備な喉をミストの前に晒したのだ。


 ここぞとばかりに、ミストは紫の炎をその喉に流し込んだ。零距離で放たれたイリアの炎が鮫を内側から焼き尽くし、その体をあっという間にボロボロにした。


 ノキアが力の抜けた鮫の口からクォータースタッフを抜き取ると、ミストは脇目も降らずにその場を離れた。


 そこから少しの間降下すると、思いがけないことが起こった。それまで強烈に吹き付けていた暴風が、ある高度を境にピタリと止んだのだ。


「あのブリザード、上空にだけ吹いてたのね。本当に変な気候だわ。それにしても……」


 ミストは頭上に吹き荒れる雪の嵐を一瞥して、呟くように言った。


「……鮫に人工呼吸したなんて、末代までの恥だわ」


 なんとか危機を脱したらしいという安堵もあいまって、ノキアとケファはこのくだらない軽口が妙にツボに入ってしまった。






 とりあえず態勢を整えるため、ミストは近くに見つかった空き地へと向かった。そこは針葉樹森の中の開けた場所だった。


 ミストは着地する前に、下に向かって炎を吐きかけた。地面を覆っていた雪がみるみる溶けてゆきそのまま蒸発してゆく。やがて、ミストが着地できるほどの乾いた地面が出来上がった。


 鉤爪のある足が地面に着くと、ノキアとケファはすっかり(かじか)んだ手でミストの鞍と自分を繋ぐ命綱を外し、脇に滑り降りた。


「おつかれさま」


 ミストをねぎらった後、ノキアが気遣わしげに横に目をやると、ケファはふらふらしながら立ち上がり、浅葱色のダウンコートに付いた雪を手で払い落としているところだった。認めるのはなんとなく悔しいが、改めて見るとアリムが目利きしたコートはケファによく似合っていた。


 ノキアには専門的な流行までは分かっていなかったが、コートの浅葱色はケファのオレンジがかった夕陽色の瞳と補色調和をなし、互いを引き立てあっていたのだ。


(かわいい……)


 ノキアは素直にそう感じている自分に驚いた。しかしそれを実際に口に出すほどの器量はなく、またどういうわけか後ろからミストが睨んでいるような気もしたので、当たり障りのない言葉でごまかすことにした。


「ケファは、大丈夫だったか? 怖かったろ」

「ふあぁ……あー、ドキドキした!」


 そう言って笑顔を返してくるケファの胆力に、ノキアは驚かされるばかりだった。命懸けの戦いを生き抜いたばかりだというのに、まるで遊園地に行ってきたかのような態度だった。


「ふたりとも、ありがとう。それにしても、ミストのバリアもすごいけど、ノキアの武器もすごく硬いんだね! あの鮫、分厚い鉄板でも噛み砕きそうに見えたけど……」

「ああ、俺のクォータースタッフはアルラ鋼製だからな。この金属は、現代の技術では加工することができないほど硬度が高いんだよ。だからこいつも含め、今あるアルラ鋼製の道具類は全て、技術力が高かった古代からの遺産なんだ」


 ノキアはちょっと自慢げな声で言った。実際、アルラ鋼製のクォータースタッフは、ノキアが今まであちこちを冒険してきた中でも最高の掘り出し物と言ってよかった。売るつもりはないが、相当な価値があるはずだ。


「ちなみにアルラ鋼にはもう一つ重要な特性があって……」

「はいはい、自慢話はそのくらいにして、これからのこと話し合いましょ?」


 脱線しそうになる話を、すかさずミストが止める。


「二人とも、空を飛んでる時、遠くに何か巨大な建造物が見えたの、気づいたかしら?」


 ミストの問いに、ケファは首を横に振ったが、ノキアは頷いた。


「ああ、うっすらとだけど、何かの影みたいな……俺には、馬鹿でかい船かなんかに見えたな」

「ええ、私もそう思ったわ。このアステラは今は無人だそうだから、何か人工的なものがあるなら、ルエル人と関係するものなんじゃないかしら?」

「となれば、ひとまずそこが俺たちの目的地ってことになりそうだな。空は危険だから、当面は陸路を行った方がよさそうだな。ミスト、方角は判るか?」

「こっちよ」


 あれほど荒れた空を抜けてきたというのに、ミストは即座に首で一つの方向を指し示した。竜には方角を感知する特殊な力があるらしく、道案内に掛けては、ミストの右に出るものはいなかった。


 そこで三人は目線で同意を交わし、雪の積もる森の中へと足を踏み入れていった。

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