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21-ルエリータ

 レクシリルからルエリータまでは直線でも何日もかかる道のりだった。当然ミストもそれだけの間飛びっぱなしでいる訳には行かないので、一行はなるべく近いアステラまで定期船で行き、そこからミストがルエリータまで飛ぶこととなった。結果としてその行程は一週間を超える旅行となり、目的地に到着した時の達成感はひとしおだった。


「見えてきたな……あれが、ルエリータか」


 ミストに乗るノキアの視界に入ってきたのは、オーロラ海に浮かぶ球体のアステラ。その形は他と変わりないが、違うのはまるで牛乳が詰まった瓶のように内側が白濁していることだ。


「ふあぁ、真っ白だね。あの白いのが全部『雪』なのかな。ね、ところで『雪』ってなんなの?」

「今まで意味も知らずに使ってたの? まあ、たしかに滅多に見られない珍しいものではあるけど……雪っていうのは、氷の結晶が雨みたいにひらひら降る現象のことよ」

「そうなんだ! 早く見てみたいなぁ……それにしても、ミストってやっぱり物知りだねー」


 ケファの素直な褒め言葉に、ミストはクスッと笑った。


「ありがとう。でも、私も自分の目で見るのは初めてよ。普通、アステラは核であるステラクリスタルの力で気温が保たれているから、雪が降るほど寒くなることなんてないのよ」

「そのステラクリスタルが故障しているルエリータは、それだけ過酷な環境になってるってことだ。遠足じゃないんだから、気を引き締めていけよ、ケファ」


 嗜めるノキアの言葉に、ケファはなぜか不満げに「はーい」と答えた。


「竜の私は寒くてもどうってことないけど、あなたたちはそろそろ上着を着込んでおいた方がいいわね。もうすぐ到着よ」






 しかし、ノキアとミストの忠告が至極真っ当なものであったことを、ケファはすぐに知ることになった。ルエリータを守るバリアを通過した一行を襲ったのは、ひらひら降る粉雪どころではなく、真横から叩きつけるようなブリザードだったのだ。


「これは思ってた以上ね。二人とも、なるべく低く伏せて! 安全に着地できる場所を探してみる!」


 凄まじい風鳴りに負けじと張り上げるミストの声に従って、ノキアとケファはミストの体に張り付くように身を伏せた。そのおかげで多少はましになったが、それでも凍りそうな寒さと吹き付ける風と雪に、少しでも油断すれば放り出されてしまいそうだった。


 ノキアは多少なりと状況を掴もうと眼を凝らして辺りを見回したが、雲と雪の白さに覆い尽くされて、地面がどこにあるのかも判然としない有様だった。


 それでも諦めずに目をミストの頭の先に向けると、ホワイトアウトした景色のはるか遠くに、うっすらと巨大な影が見えたような気がした。ノキアは一瞬山かと思ったが、それにしては人工的な流線型をしている。そう、それはまるで――


(船、なのか……?)


 しかし吹雪に阻まれて、ノキアはその考えを口に出すことはできなかった。そして、実際にそれを目で見て確認することもできなかった。ちょうどその時、ありがたくない闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れたからである。


――ドクン――


「しっかり捕まって!!」


 ミストの声が響いたのとほとんど同時に、ミストは下降しながらバレルロールした。まるでジェットコースターに乗っているかのように体が揺さぶられる。しかし幸い、ノキアもケファも振り落とされはしなかった。


「ミスト、いったい……」


 ノキアは尋ねようとしたが、すぐに諦めた。このブリザードの中では口を開くことすらままならなかった。こんなところでまともに喋れるのはそれこそ竜くらいのものだ。


 それに、聞く必要もなかった。その頃にはもう、ミストを脅かしたものの正体はノキアの視界に入ってきていたのだ。


 槍のようなしなやかで鋭い体躯、小さいながらも凶暴な光を宿す眼、ミストに向かって大きく開いた口には三角形の牙がずらりと並んでいる。それは、普通なら空中で見ることなどありえない生物……。




(なんで鮫がブリザードの中を飛んでるんだよ!!)




 ノキアはそう叫びたい気分だったが、口を開けられないので心の声で我慢するしかなかった。


 ミストの翼開長の倍ほどの体長を持つその巨大鮫は、一撃目を躱された怒りを身に滾らせながら突進してくる。ミストは敢えてある程度引きつけてから、翼を大きく羽ばたかせて上に回避した。小回りが効かないらしい鮫は、再び攻撃を空振りさせる。


 ミストは首だけを鮫の方に向け、紫の炎を吐いた。しかし 雪に威力を殺され、さらに暴風に煽られた炎は大きく右に逸れ、鮫の横を通過していった。


「応戦するのは得策じゃないわね……賭けだけど、隙を見て急降下するわよ。振り落とされないようにね!」


 ノキアは言葉で返事ができないので、ミストの肩を叩くことで承認の意思を伝えた。相棒はそれだけで全てを理解してくれたらしく、早速次の行動に移った。


 再び翼をはためかせて、ミストはさらに上昇した。巨大鮫はそれを目で追い、仰角を取って突進を仕掛けてきたが、それがミストの作戦だった。ずらりと並んだ牙に捕えられる直前に、ミストは翼を閉じて頭を下へと向けた。


 揚力を失った竜の巨体はすぐに降下を始め、鮫の口はミストの尾をかすめて空を咬んだ。鮫はまたしても的を外したことに気が付いたが、すぐには止まれないのでそのまま斜め上へと飛び去っていく。


 その頃には、ミストは戦場から大きく高度を下げていた。相変わらず上も下も真っ白なので高度は掴みづらいが、鮫の姿はあっという間に遠くへと離れていった。


「これでとりあえずは振り切れたかしら……?」


 ミストは安堵の声を漏らしたが、それもほんの一時的なことだった。気がついた時には、右の方角から別の鮫が迫っていたのだ。

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