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02-冷徹な破壊者

 少女は宙に浮いたまま、横に伸ばしていた右腕を前方へ――すなわちノキアの方へと向けた。


 その手には何も持っておらず、お互いの間には数メートルの空間があるので、常識的に考えれば攻撃などできないはず。しかしノキアは、何かが起ころうとしているのを直感的に悟って身構えた。


 少女が指を揃えて立てた掌の前に、白い光の輪が出現した。その大きさは直径約五十センチ、線の太さは数センチほどだろうか。


 その輪の光がにわかに強まったのを見たノキアは、迷うことなく右側に跳んだ。その瞬間、ノキアの背後から雷でも落ちたかのような轟音が響く。


「……これは……!」


 ノキアが少女を視界から外に出さないように目の端で確認すると、強靭な金属でできているように見える部屋の壁が、十センチも陥没していた。ちょうどさっきまで、ノキアが立っていた場所だった。


「ノキア!」


 ミストが叫び、少女を取り押さえようと横から飛びかかる。しかしノキアは同時に、少女の左腕がミストに向けられたことにも気がついた。


「だめだ、ミスト! 避けろ!」


 ノキアは叫んだが、もう遅かった。翼を広げ跳び上がったミストは、見えない力に押されて吹き飛ばされる。一瞬ののち、ミストが大きな音を立てて壁に叩きつけられた。


「くそっ! 仕方ない……」


 ノキアはそう呟きながら、クォータースタッフを構え直した。少女の姿をしたものに対して武器を振るうのはいい気がしなかったが、ここは明らかに応戦しなければやられる場面だ。


――ドクン……ドクン――


 神経を集中し、ノキアは心の耳を澄ました。少女が目覚めてから急激に強くなった鼓動は、今もはっきりと聞こえている。それは、ノキアにだけ聞くことのできる魂の鼓動だ。


 対象の感情によって起伏するその鼓動を聞き取れば、複雑な思考までは分からなくとも、相手が次に動くタイミングを予測できる。


 少女の右手の輪が再び光ったのと、ノキアが左に跳んだのはほとんど同時だった。


 バギンッ! 再び大きな音と共に、今度はノキアがいた場所の床が陥没する。


 原理は分からないが、あの光の輪には、純粋な圧力を発射するような能力があるようだ。その力は目に見えず、予備動作も少女の手の向きと輪の光の強弱しかない。


 厄介な相手だ、と思うのと同時に、ノキアは自分自身の特技のありがたみも感じた。先読みの能力がなければ、まともに太刀打ちできる相手ではなかった。


 少女は自分の攻撃が躱されていることに特に感慨を抱いた様子もなく、淀みなく掌を動かした。再びノキアに照準が定められる。しかしその時すでに、ノキアはもう一度右前方へと回避していた。


 攻撃は再び外れ、ノキアと少女の距離も縮まりつつあった。ノキアは次の攻撃に備えながら、同時にクォータースタッフを構えて攻撃姿勢を取った。目一杯伸ばせば二メートル以上のリーチを出せるこの武器なら、次のステップで少女を攻撃範囲内に収めることができる。


 しかし、ノキアの作戦はすぐに崩されることになる。少女が、今度は両腕を揃えてノキアへと向けたのだ。立てた両掌を中心に、光の輪が急激に拡大し、少女の身長よりも大きな円を描いた。


 この近距離で、この大きさの攻撃。ノキアは横跳びでは躱しきれないことを一瞬で悟った。その間にも巨大な輪は光を増していく。


 ノキアはすぐさま滑らかな動作でスタッフを構え直し、地面へと突き立てた。そして地面を強く蹴るのと同時に棒の頂点を握る腕を引き、力任せに身体を持ち上げる。


 棒高跳びに似た要領で、ノキアは三メートル近くも跳び上がった。時を同じくして撃ち出された圧力波が、クォータースタッフの足元を掬う。ノキアが咄嗟に手を離さなければ、スタッフに引っ張られて一緒に壁際まで飛ばされてしまうところだった。


 スタッフが壁に激突するけたたましい金属音を背後に聞きながら、ノキアは着地した。同時に、腰の後ろから予備の武器である短剣を抜く。


 しかし、その時にはすでに光の輪が再び輝き始めていた。これだけの威力と範囲を持っていながら、反動も消耗もないのか、と流石のノキアも愕然とする。クォータースタッフを奪われてしまったので、こちらはもう同じ回避方法は使えない。まさに、万事休すだった――ノキアが一人だったなら。


「……今だ、ミスト!!」


 ノキアの声に呼応するように、少女から見て左後方から紫色の炎が上がった。ノキアが少女の攻撃を引きつけている間に、ミストは必殺の位置とタイミングを計っていたのだ。


 轟々と燃え上がる炎が少女に迫る。到底回避できる状況ではなかったが、少女はそれでも眉ひとつ動かさなかった。素早い動きで身体ごと振り向いて、光の輪を炎の方へと向ける。圧力波が放たれ、ミストのファイアブレスを撃ち抜いた。


 炎は中心だけがくり抜かれ、外縁部はサーカスの火の輪くぐりのように少女の周りを通過していった。


 ノキアはその様子を最後まで見ることなく、地面を蹴った。右手に逆手で構えた短剣を振りかぶる。荒事の多い生活で鍛えられた脚力は、少女までの残りの距離を一気に詰めた。


 これが最後のチャンスだ、とノキアは思った。この期を逃せば、もう生き残る道は残されないだろう。ミストは竜であればこそ少女の攻撃に耐えられたが、生身の人間であるノキアには到底無理だ。


 だから、ここで殺すしかない。


 しかしそのその刹那、こちらに振り向きかけた少女と目が合った。夕陽色の瞳、猫のような縦長の瞳孔、そしてその奥には、言葉で表せないほどの孤独と虚無だけが存在した。


――ドクン――


 ノキアは一瞬よりも短い間に、決意を変えた。短剣を振るうことなく投げ捨てたのだ。しかし飛び掛った勢いまで殺すことは出来ず、結果的に少女に体当たりする格好となった。


 二人はもつれ合うようにして床へと落下した。ノキアは受け身を取ることもできず後頭部を強く打ち付け、激しい痛みが身体を駆け抜ける。



 これで、良かったのだろうか……。



 そんな感慨を最後に、ノキアの意識は途切れた。

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