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18-それぞれの思惑

 スモッグに覆われた赤茶色の空。その下には何本もの細長い煙突が伸び、黒々とした煙を吐き出している。そのさらに下には、土地という土地を覆い尽くすほどの燻んだ色の工場が並び建っていた。


 しかしそんな景色を窓の外に見ながら、ルディロがいる部屋は白く清潔な光に包まれていた。汚れひとつない壁にも、恐ろしいまでに整頓された機材にも、ルディロの性格がありありと表れている。


「……しかし、よろしいのですか、博士? この技術はまだ十分な実証実験がされてないんですよ。左腕だけでも危険だと言われていたのに、右腕までとなるとどんな副作用が出るか。もし博士の身に万が一のことがあったら……」


 脱力して椅子の背もたれに寄りかかるルディロに、となりに立つ助手が話しかけていた。助手はルディロと同じような白衣を着ている。セミロングの髪を持ち、眼鏡を掛けたその女性の顔には、戸惑いの表情が浮かんでいた。


「いいから早くやるノですよ。それとも、ワタクシの理論に欠陥があるとでも言うのデスか、エーテ?」


 ルディロはイライラした様子で助手に言い返した。


「いえ、それは……」

「それに、実証実験だってモウ十分に……」


 更に言い(つの)りかけ、ルディロはふと口を(つぐ)んだ。助手のエーテは怪訝そうにルディロを見つめたが、その話題についてそれ以上の言質は引き出せなかった。


「……とにかく、ワタクシが良いと言っているのですからサッサと用意しナサい!」

「は、はい……では、今すぐ……」


 エーテはまだ納得がいっていないようだったが、上下関係における規律の厳しいスペルリタス社会では、上司に逆らえばそれだけで厳罰に処されてしまう。そのためそれ以上説得を試みることはせず、『準備』のために研究室の出口へと向かっていった。


「いいデスか。ワタクシが作ったRA-1135型ですカラね! 間違えたらどうなるか、分かっていマスね!?」


 その背中にルディロは念を押した。エーテが振り向いて頷き、逃げるように研究室を出て行くと、ルディロは忌々しげに機械義手の左手で肘掛を叩いた。がっしりした鉄製の肘掛けが、機械の腕力に負けて凹んだ。


「まったく、エーテまでワタクシのことを軽んじるとは……それに、あの『オーラノイド』……次こそ確実にワタクシのものにしてヤる……」


 このところ、まるで何もかもが自分に反逆しているかのように、ルディロは感じていた。実は変わってしまったのは自分自身なのだということは、思いつきもしなかった。自分は常に完璧な頭脳の持ち主でなければならないのだから……。






 研究室のドアをノックする音がした。エーテが戻ってくるには早すぎると思っていたら、案の定聞こえてきたのは別人の声だった。


「プロフェッサー・ノージオ。私掠船ラグナージア号の船長アロール・レッゲル殿がお会いに見えています。お通ししますか?」

「……ええ、通しナサい。ワタクシの方でも言うことがありマスから」


 ルディロは舌打ち交じりに言った。本当に、言いたいことは山ほどある。


 少し間があって、研究室に大男が入ってきた。茶色の古びたロングコートを着て、狼のような頭に油断ない眼光を宿らせている。


 ルディロはその顔を一瞥(いちべつ)すると、挨拶もなしに本題を切り出した。


「……アナタたちのしくじりの所為(せい)で、ワタクシの計画にどれほど大きな支障が生じたのか、分かっているのデスか? 船長サン」

「ルディロ、あいつらは無事なんだろうな」

「だいたい、自分の船に部外者が潜入していることにも気づかないトは……」

「このところ連絡がつかないんだ……まさか、あんたが何かしたんじゃないだろうな」

「オーラノイドが未だにワタクシの手中にないのは、アナタの手落ちですよ?」


 完全に会話が噛み合っていない。それはそうだ。お互い自分の目的のことで頭がいっぱいだったのだから。その後も同じような堂々巡りがしばらく続いた。


 このままでは話が進まないと理解したのか、アロールはため息をついた。その様子を見て、ルディロは自分の立場に満足する。あの約束がある限り、主導権はこちらにあるのだ。


「……あいつらに会わせてくれれば、あの少女はどんな手を使っても捕らえてみせる……それで、どうだ?」

「彼らはスモッグの影響を検査するために保護しているだけデスが、まあいいデショう……しかし彼らに会わせるのはオーラノイドを捕まえた後デスよ」

「まずはあいつらに会わせてくれ。無事だと言うなら隠す必要も……」

「聞こえませんでシタか?」


 ルディロはじろりとアロールを睨んだ。アロールのような実力に(たの)んだ威圧的な眼光は無かったが、その目には底なし沼のような陰湿な闇があった。


 対等な立場なら言い返してやるところだった。しかしアロールには、この男の機嫌を損ねてはいけない理由があった。アロールの十年間にわたる努力の結果は、この男に掛かっているのだ。それがどれほど気に食わなくても。


「……いいか、約束だぞ、ルディロ。あの少女を連れてきたら、あいつらに会わせると」

「ええ、約束しまショウ。だから、さっさと奴らの足取りを追うのデスよ」


 そう言うと、ルディロは機械義手の左手をさっさっと払った。この話はこれで終わりだという合図だった。


 アロールは別れも告げずに研究室のドアへと向かっていった。その背中にはどこにぶつけてよいか分からない怒りが満ちていた。


 しかしルディロの方はといえば、もうそんなことには構っていなかった。すでにルディロの関心は、エーテが用意しているはずの『手術』へとすり替わっていたのだ。


 アロールは去り際に、もう一度目だけでルディロを振り返った。そしてルディロに伝えるというより、自分自身に聞かせるように呟いた。


「ルディロ、あんたは変わっちまったな……あんたがその……」


 しかしアロールはそれ以上何も言わず、やや乱暴にドアを閉めて研究室を後にした。これは仕事だ、と自分に言い聞かせながら。ルディロが求めるものを提供する代わりに、自らも欲しいものを手に入れる。ただ、それだけのことなのだ、と。

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