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16-大きな木の家

「それにしても、すごい人の数だね。それに……不思議な見た目の人がいっぱい」


 ノキアの金で買った串焼きのピスケ(レクシリル特産の魚)を片手に、ケファは歩きながら辺りを見回して言った。


 その風景はノキアには見慣れたものだったが、ケファの言葉につられて改めて街道を見渡してみた。人間族の他にも、獣の頭と体毛を持った獣人、瑞々しい半透明の体に髪の代わりに触手が伸びている海月人、鱗のある体と四本の腕を持つ半竜人など、驚くほど多様性に富んだ人々が当たり前のように歩いている。ノキアはむしろ、この光景を見るのが初めてであるにも関わらず一切物怖じしない、ケファの胆力の方に感心した。


「そりゃ、ここは《つぎはぎの星》レクシリルだからな。一部の少数民族を除いて、オーロラ海に住む人種はほとんど全て集まっていると言っていい」


 串焼きピスケを両手に三本ずつ――もちろん全てノキアのおごり――持ったクエルが解説した。


「アステラって、どこもこんな感じなの?」

「いいえ、むしろ特別な方よ。ここはどんな社会にも必ずある、はぐれ者の溜まり場なのよ。お陰で私みたいな竜が歩いていても注目の的にならないのは助かるわ」


 ケファの質問に、ミストが答えた。


「でも逆に、どんなに見た目が好ましくても、ここでは初めて会う人は信用しちゃダメよ。でないとどっかの誰かさんみたいに、宙賊に待ち伏せされて襲われることになるから」


 そう言ってミストはノキアの方をちらりと見た。あからさまな当てこすりに、ノキアはふんとそっぽを向いた。


「はいはい、ワタクシが悪うございました」

「おや、あそこに美味しそうなスムージー屋があるじゃないか。お腹が満たされたら今度は喉が渇いてきたなぁ〜」


 クエルがわざとらしい大声で割り込んできた上に、意味ありげにノキアに視線を流す。


「……」

「誰かおごってくれないかなぁ〜」


 聞こえなかったふりをするノキアに、クエルはさらに追い討ちをかける。


「……ああもう、買えばいいんだろ、買えば!」

「ノキア、あたしあの紫のがいい!」


 どうやら、ノキアの周りに味方になってくれる人は誰もいないようだった。ノキアはなんだかちょっと泣きそうになりながら、財布の中身を数えつつスムージーを買いに走るのだった。






 街道をしばらく進んだ先で、一行は右折して横道に入った。するとその先に、一つの家が見えてきた。奥に見える奇妙な形の大木と一体になった建物は、大きいものの年季が入っている。その様子からは、土地は広いものの裕福なわけではないことがじんわり伝わってくる。


「ようこそ、我らがボロ屋敷へ」


 ノキアは振り返り、ケファに向かってわざとらしくおどけた声で言った。それが思わぬ波乱を呼ぶことも知らずに。


「だ、れ、の、家がボロ屋敷ですって?」


 ふいに女性の声が聞こえた。ケファはどこからその声が聞こえたのか分からずに辺りを見回したが、自分たち以外誰の姿も見当たらない。


 しかしノキアは全てを悟ったようにその場に固まっていた。


「お、おうふ……アリム、そこにいたんだな……」


 ノキアが恐る恐る背後の足元へと視線を移す。ケファがその先を辿ると、そこには前掛けを付けた白兎がちょこんと立っていた。後ろ足立ちをした状態での身長は六十センチほど、兎としては大きいが人間から比べればどうということはない。


 しかし、その目から発せられる眼光は巨人でさえ怯ませそうな力があった。


「それで? 誰の家がボロ屋敷ですって?」


 兎が同じ問いを繰り返した。口調は穏やかなのに、押し倒されそうな圧力を感じる。(おのの)くノキアの後ろで、クエルはそっぽを向いて口笛を吹いている。


「そ、それは、えっと……」


 ノキアは必死に言い訳を捻り出そうとしたが、辺りに身代わりになってくれそうな家はない。


 その上アリムの眼光は、中途半端な言い訳など許さないという脅しが籠っていた。こういう時は大人しく謝っておくのがいいというのが、ノキアの経験則だった。


「その……ごめんなさい、冗談でつい……」

「分かればいいのよ」


 案外ちょろかったな、とノキアが安堵したのもつかの間、アリムの追及はそれで終わらなかった。


「それにしても、アタシに相談ひとつせず勝手に出てって! クエルが怪しいって気づいたから良かったけど、そうじゃなかったらあんた無事に帰ってこれなかったかもしれないのよ! ほんと信じらんないわ、このバカ息子!」

「え、息子!? この方、ノキアのお母さんだったの?」


 アリムの口から出た思いもかけない言葉に、ケファが我慢できず口を挟んだ。同時にその目がノキアの頭頂部に向く。どうやらノキアの髪の中に兎の耳が隠れてないか確認しているようだ。


「ただの大家だよ! 向こうが勝手に言ってるだけだ!」

「うちに足を踏み入れた以上はみんな家族よ」


 ノキアの説明に、アリムはふんと鼻を鳴らしてそう言い返した。しかしノキアは、どこかありがた迷惑そうな微妙な表情をしている。だが、幸いケファの割り込みでアリムの気がそれたようだ。アリムは初めて見る顔に興味が移ってケファに向き直った。


「いきなりみっともないとこ見せてごめんなさいね。改めまして、アタシはアリム・ネル。下宿『大きな木の家』のオーナーをしてるわ。あなたのお名前は?」

「あたし、ケファ・アリフって言います。記憶がないから、これがほんとの名前かわからないけど。何も分からなくて困ってたところを、ノキアに助けてもらって……」


 すると、ケファの様子を一通り眺めたアリムの背から、再び怪しいオーラが放たれるのが感じられた。まさか、ケファにも何か文句をつけるつもりじゃないだろうな、とノキアは恐れたが、あいにく、その標的はまたしてもノキアだった。


「ノキア、ちょっといいかしら」


 そう言ってアリムはノキアの方に振り返る。ノキアはゴクリと唾を飲んだ。


「こんなかよわい人間族の女の子に裸足で街中を歩かせるなんて、あんた一体どういう神経してるのよ! 服だってほとんど寝巻き同然じゃない! そういう所に気が付かないからいつまでたっても彼女の一人もできないんでしょ、このおたんこなす!」


 ひとしきりまくし立てると、ノキアの反論も待たずに、アリムは手を頭の上まで上げてケファの手を引いた。


「さ、ケファちゃん、あんな唐変木ほっといて行きましょ。服も靴も、昔住んでた子のお下がりで良ければいいのがあると思うわ。ちょっと流行が古いかもしれないけど。見繕っておくから良かったら先にお風呂入って……」


 打って変わって優しい声で話しかけながら、アリムはケファを引っ張って家に向かっていった。


「……なんで俺ばっかり……」


 後に残されたノキアは、寄る辺ない気持ちで言った。たしかにノキアにも非はあったかもしれないが、少なくともケファの裸足を見過ごしていたのはクエルとミストも同罪のはずだ。


「ノキア……」


 そんなノキアの肩に手を置き、クエルはにっこり笑って言った。


「そのうちいいことあるって」

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