15-レクシリル
「……それで、クエルさんってノキアとはどんな関係なんですか?」
それぞれに自己紹介を終えた後、ケファはクエルに尋ねた。
「どうって……まあ、一言で言えば下宿仲間、だな」
「下宿仲間? ……それでわざわざ助けに来てくれるなんて、すごく仲が良いんですね」
「ま、いろいろとな」
「別に……ただの腐れ縁だよ」
ノキアはあまりその話に乗り気ではないかのように口を挟んだ。
「ノキア、あなたはもっと助けてくれたことに感謝しなくちゃだめよ」
「大丈夫、こいつが素直じゃないだけなのはよく知ってるからな」
ミストの言葉に、クエルはまたからかい口調で答える。ノキアはむきになって否定してもさらにからかわれるだけだことが分かっていたので、鼻をふんと鳴らすだけで敢えて何も言わなかった。
「まったく……それはそれとして、ほら、レクシリルが見えてきたわよ」
「ほんと? 見てみたい!」
ミストの言葉に、ケファがノキアの後ろから身を乗り出した。そしてその興味深い光景に息を飲む。
「あれって……アステラが三つ、くっついてるの?」
「そうだよ。だからレクシリルは《つぎはぎの星》と呼ばれることもあるんだ。オーロラ海広しと言えど、アステラ同士が連結しているのはこのレクシリルだけなんだそうだ」
そう言ってノキアは、自らもレクシリルに目を向けた。そこには、巨大な半透明の三つの球体が、それぞれ面を触れあわせて三角形を成しているのが見える。
今、ミストはレクシリルが浮かぶ深緑のオーロラ海の遥か上を飛行していたため、その様子が特によく見えるのだった。ノキアはそのまま解説を続けた。
「レクシリルを構成する三つのアステラにはそれぞれ異なる役割があるんだ。俺たちから見て右手前のアステラは農業コロニーで、アウェル稲の栽培やリオク牛の放牧、その他様々な農業と畜産業が発達している。左手前は工業コロニーで、ものすごい数の工場が林立してる。そして奥にあるコロニーが商業・居住コロニーだ。航宙船のための港や総督府、俺たちが住んでる家もあそこにある」
ケファはノキアの話に相槌を打ちながら、まだレクシリルの光景に目を奪われているようだった。確かに、水晶玉に閉じ込められたミニチュアの街のような景色は、何度見ても飽きない美しさを誇っていた。
「さあ、降下するわよ。しっかり掴まっててね」
ミストの言葉に、ケファが素直にノキアの腰に回した腕の力を強めたので、ノキアはまた自分の心臓がドキっとするのを感じた。
レクシリルの天蓋のバリアを通過すると同時に、ミストは自身のバリアを解除した。それまで無音だった世界に、ありとあらゆる音を混ぜこぜにしたような騒音がどっと押し寄せた。
「ふわぁ、すごい賑やか……何かお祭りでもしてるの?」
「いんや、いつもこんな感じだぜ、レクシリルは」
今や、クエルもケファの問いに答えるのに声を張り上げなければならないほどだった。
しかし、ケファがお祭りと勘違いしたのも仕方のないことだ、とノキアは思った。単に騒がしいだけでなく、レクシリルはその二つ名の通りあらゆる物を《つぎはぎ》にしたような街だったからだ。
眼下に建ち並ぶ家々の形一つ取っても、三角屋根の家、花瓶を逆さまにしたように上部が丸く膨らんだ家、人が住める大きさのサザエの貝殻のような家、どう使うのかひたすら細く高く伸びた石筍のような円錐型の家……と似た物同士を探す方が難しい。確かに、住宅街と言うよりはお祭りの出し物だと言われた方がしっくりくる。
これは、レクシリルが数え切れないほど多種多様な種族を受け入れる特異なアステラであるためだった。各々の種族が自分流の家を建てていった結果、まさに《つぎはぎ》の街ができたわけだ。
「じゃあミスト、いつもの公園に着陸してくれるか?」
「了解。やっと肩の荷が降りるわ」
実際、三人を背に乗せての長距離飛行には、流石のミストもかなり体力を奪われているようだった。ノキアは改めてミストが相棒でいてくれることに感謝しつつ、労わるようにその背をぽんぽんと叩いてやった。
「今度リオク牛の特上ロースをご馳走してやるよ」
「その言葉が聞きたかった」
ミストの衒いのない反応に、ノキアは苦笑した。
『その言葉』のおかげかどうかは分からなかったが、ミストの着陸は地面に着いたことも気付かないほどに優雅で穏やかなものだった。
後ろに乗っているケファから順に、ミストの背を飛び降りていく。そこはレクシリル市街でも有数の大きな公園で、中央に広がっている草地が着陸にうってつけなのでいつも利用させてもらっているのだった。
研究所のアステラを出て以来の動かない地面に、ノキアが無事に帰ってきた実感を噛みしめていると、どこからか香ばしい焼き魚の匂いが漂ってきた。同時に、横から凄まじい腹の虫の合唱が聞こえてくる。
音のした方向を見ると、ケファが顔を真っ赤にして突っ立っていた。
「あのね、ノキア……お腹すいた」
「うん、よーく伝わったよ」
「じゃあ何か食べてくか。もちろん、ノキアの奢りでな」
「ええっ、俺かよ!」
「だって『礼はあとでちゃんとする』って言ってたろ?」
クエルの指摘には、ノキアは言い返すことができなかった。確かに、今回のことは飯一回では返せないような恩だ。何しろ、ノキアを助けたからといってクエルに何のメリットがあったわけでもないのだ。
「そりゃそうだけど……むしろそんなのでいいのか?」
「もちろん今後もしばらく集らせて貰うから、そのつもりで」
「まじかよ……」
ノキアとクエルのくだらないやりとりに、ケファとミストが後ろでクスクス笑っているのが聞こえる。ノキアはばつが悪くなって頭を手で掻いたが、全員生還できたのだということを実感して嬉しくもあった。
問題は何一つ解決していない。むしろケファの存在によって今後さらなる波乱が起きそうな予感の方が強かったが、こうして笑っているケファを見ると、やっぱり助け出したことは間違いではなかった。ノキアにはそう思えるのだった。




