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14-助け船

 しばらくの沈黙の時間の後、光の輪はかすかな音を立てて無数の光の粒となって霧散した。そしておもむろにケファが口を開く。


「対象ノ戦意ノ喪失ヲ確認。危機対応プログラムヲ終了シマス……」


 その言葉を発し終えると、浮遊していたケファの体がゆっくりと降下していった。目は閉じられ、顔は軽く項垂(うなだ)れている。やがてその裸足が甲板に触れると、ケファは体を支えていた力が急に消えたようによろめいた。


「ケファ……!」


 ノキアは急いで歩み寄り、ケファが倒れないようにその肩を支えた。しかし、まだ元のケファに戻ったのか自信が持てなかったので、何が起きてもいいように身構えることは忘れなかった。


「ふぁ……ノキア?」


 やがてケファは目を上げてノキアの顔を覗き込んだ。その目には感情の光が戻り、戸惑ったように揺れていた。


「ここは……あたし、どうしてたんだろ……」

「……宙賊の奴に気絶させられてたんだよ」

「そうだっけ? ……よく、覚えてないや」


 やはり、あの状態になっている間、ケファの意識はないのだ。そうと分かった以上、ノキアには本当のことをケファに打ち明ける勇気はなかった。


 たった今まで、自分の体が違う人格に支配されていたというだけでも十分にショッキングなことだろう。ましてそれが、自分にとって危険な存在を躊躇(ちゅうちょ)なく殺しにかかる非情な人格だとなれば……。


「あ、ノキア、怪我してる……」

「こんなの、たいした傷じゃないよ」


 ノキアは笑って誤魔化したが、ケファは複雑な表情でノキアの服に滲む血を見ていた。


 その時、船首の方からいくつもの足音が聞こえた。見ると、艦橋の上のハッチから宙賊たちが姿を現していた。自分たちの船で好き勝手に暴れてくれたノキアへの怒りがその身に満ち溢れていることは、遠目からでもよく分かった。


「とりあえず、この船を脱出しないとな」

「……そういえば、ミストはどうしたの?」


 ケファの指摘によって、ノキアはここに来て最大の問題に気付かされた。ミストがいなければ脱出が出来ない。


 一瞬、船の何処かにあるであろう脱出艇を奪うことを考えたが、すぐにそれは無茶だと判断した。脱出艇ごときでは、この船の追跡を振り切ることなどできない。


 そうしている内にも、宙賊たちは続々とノキアたちの方へ向かってきていた。彼らが各々銃を携えているのを見て、ノキアの心に新たな懸念が生まれた。


(あの銃を向けられたら、またケファが暴走するかもしれない)


 しかし、この状況を打開する有効な手段は思いつかなかった。あるとすればルディロが逃げていった船尾側のハッチくらいだが、中でルディロや他の宙賊たちが待ち伏せしていればそれまでだ。


 ノキアが次の手を考えあぐねていると、ふと、聞きなれた波長を持った魂の鼓動が二つこちらに近づいてきていることに気付いた。


「……なんだよ、やっぱり来たのか」


 その口調はまるで歓迎していないかのようだったが、ノキアの口元には安心したような笑みが小さく浮かんでいた。ケファはそれを見て、何のことだろうという風に首を傾げたが、その答えはすぐに明らかになった。


 宙賊船を震わせるかと思えるほどに、轟々とした咆哮が上空から降り注いだ。宙賊たちが驚いて上を見上げると、今しも紫色の炎の塊が迫っているところだった。


「……よう、ノキア、あんな大見得切っておいて、手助けが必要なのか?」


 散り散りになって炎を避ける宙賊たちの叫び声の間を縫って、男の声が聞こえてきた。ちょうど、たった今炎弾が飛んできた方角からだった。


「なんだよクエル、とっくに逃げてったのかと思ってたぜ」

「一番美味しいとこ取るために、あえて花を持たせてやっただけだよ。オレの勝ちだな、ノキア」

「べ、別に勝負とかしてないだろ!」


 そんな益体(やくたい)のない会話をしている内に、クエルを乗せたミストがノキアとケファの側までやってきて着地した。翼を目一杯広げれば十メートルを超えるミストの巨体に、甲板がズシンと振動する。


「まったく、あなたたちのくだらない意地の張り合いに付き合わされるこっちの身にもなってほしいわ」

「結果オーライ、だろ?」


 愚痴を吐くミストに、クエルは鞍の上から言い返した。前に自分が言ったことへの当てこすりだと気付いて、ミストはむっと口を(つぐ)んだ。


「とにかく、こんな場所からはさっさとおさらばしましょ。二人とも、早く乗って」


 そして三人を背中に乗せたミストは、離陸に多少難儀しつつも、力強く虚空へと舞い上がった。下から宙賊たちの罵声が飛んできたが、そんなものに受け答えしてやる義理はない。ミストは加速すると、自らを覆うバリアを形成し、宙賊船のバリアから離脱した。


「ふう、ともあれこれで一件落着だな。ノキアも無事可愛い彼女を取り返したことだし……」

「か、彼女だなんてそんな……!」

「そういう関係じゃないっての!」


 クエルのからかいに、ケファとノキアは口々に否定の言葉を発する。しかしどちらも少し顔を赤らめているのを見て、クエルは楽しげに呵呵と笑った。


「はいはい、ご馳走さま。さて、ミスト、早いとこレクシリルに帰ろうぜ」

「……りょーかい」

「どうしたんだ、ミスト、なんか機嫌悪そうだな」


 ミストの声がどことなく投げやりなことに気付いてノキアが尋ねると、ミストは何かを振り切ろうとするかのように翼をバサッと羽ばたかせた。


「な、なんでもないわよ! ……ほら、宙賊たちにやられた傷がまだ痛むの。それだけ、それだけよ……」


 鈍感なノキアはそれですぐに納得してしまったが、クエルはその様子をさも面白げに眺めていた。

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