13-賭け
機械義手の掌中央に、丸い穴が開いているのが見えた。ルディロはその掌を、ケファの左頰に突きつける。それを見て、ノキアはその穴が何なのか直感的に理解した。あれは、銃口だ。
「よせっ……」
しかし、ノキアの背筋に冷たいものが流れたのは、ルディロの脅し故ではなかった。銃口を突きつけられた瞬間、ケファの夕陽色の瞳が突然感情を失ったのだ。あの目は、見たことがある……
――ドクンッ――
しかし、危険を感じたノキアが止めに入る間もなく、ケファの口から無感情な言葉が発せられた。
「……脅威ヲ確認シマシタ。排除ヲ実行シマス」
ルディロの拘束を振りほどこうと、その右腕を掴んでいたケファの手の先に白い煌きが走った。次の瞬間、ルディロの絶叫が虚空へと響き渡る。あまりに突然のことに、ケファがあの光の輪の力でルディロの右腕を吹き飛ばしてしまったのだと理解するまで、少し時間が掛かった。
「ギャあアぁァ……腕が、腕ガぁ……!!」
ルディロが機械義手の左手で、さっきまで右腕があった場所、今は肩口だけになってしまった場所を押さえつけた。ケファはその様子を見ても何も動じた様子は見せず、ふわっと甲板から浮き上がると、距離を取ってからルディロを振り返った。
「キサマっ……たかが道具のクセに、ヨクもッ!!」
ルディロは痛みに顔を痙攣らせながら、左腕をケファに向けた。二発の銃声と共に弾丸がケファに襲いかかるが、ケファは躱すこともせず、右手を前に向け、光の輪を発生させた。すると弾丸は、見えない力に押しのけられて弾道を逸らし、ケファの後方へと通り過ぎていった。
まずい、止めなければ……とノキアは思った。ルディロのためではなく、ケファのために。このままではケファはいとも簡単にルディロを殺してしまうだろう。もしその事を後になってケファが知れば、きっと罪悪感に苛まれてしまうに違いない。
しかし、もしこちらがケファの本性だとしたら……そんな嫌な考えがノキアの脳裏を過ぎったが、すぐに押し殺した。あの天真爛漫なケファが、仮初めの人格だなどとは思えない。思いたくない。
ケファの手の前に浮遊している光の輪が、再び輝き始める。それが圧力波の発射準備であることは、ノキアは経験から学んでいた。
「危ない! 避けろ!」
ノキアはルディロに呼びかけたが、ショックで平常心を失ったのか、ルディロは目を血走らせ、震える左腕をケファに向けたまま立ち尽くしていた。
「こノっ……こノ、化け物ガぁ!!」
ルディロは続けざまに三度発砲した。やはり光輪が弾丸を逸らしたが、代わりにその光が若干弱まったように見えた。跳弾するのにもある程度エネルギーを消費するのだろう。
しかしそれはケファの攻撃を遅らせるだけで、止めるには到底及ばなかった。
「ったく、しょうがねえ……」
ノキアはほとんど音にならないくらいの小さな声で悪態を吐くと、地面を蹴って飛び出した。そして圧力波が襲いかかる寸前でルディロを突き飛ばす。
右肩の傷に響いたらしく、ルディロが甲高い悲鳴をあげたが、命を救ってあげたのだから、そのくらいは我慢してもらうことにする。
「ほら、ボケっとしてないでさっさと逃げろ!」
「し、しカし……」
「死にたいのか!!」
ノキアの怒鳴るような叱責に、ルディロもやっと少し判断力を取り戻したのか、哀れっぽい呻き声を上げながら這々の体でその場を離れて行った。
なんでこんな奴を助けるために体を張らなきゃいけないんだか……とノキアは心の中でぼやいた。アロールに指摘されるまでもなく、自分のやり方が甘いことは重々承知している。
それでも、人の命を奪うことを軽く考えるべきではないというのが、ノキアの信条だった。そのせいでより困難な状況に陥るなら、それすらも乗り越えられるほど強くなればいい。それは真っ直ぐではあったが、良くも悪くも若い信条だった。
「……目標ノ生存ヲ確認。追撃ヲ開始シマス」
その時、ケファの口から出ているとは思えない金属質な声が、次に取る行動を予告した。
「待て! ケファ、もういい、これ以上戦う必要はない!」
ノキアは振り返ってケファに呼びかけた。しかし夕陽色の眼は虚ろで、ノキアの存在を認めている様子すらない。
あの状態のケファにとっては、自分にとって危険な存在を排斥することだけが全てなのだ。ノキアは悟った。ならば、この攻撃を止める方法は一つしかない。クォータースタッフを構え、ケファに向けて突き付ける。
「……止めないなら、俺がお前を倒す!」
「新タナ脅威ヲ確認。排除優先度ヲ再設定シマス」
ケファはそう言って、目と手をノキアの方へと向け直した。作戦通り、ではあるのだが、馬鹿なことをしてしまったとノキアはすぐに後悔した。
――ドクンッ――
増大する光輪の輝きを注視して、十分に引きつけてから、ノキアは横跳びに回避した。直後、宙賊船の上甲板に円形の穴が穿たれる。
「相変わらずの威力だな……」
ノキアは慄きつつ、頭の中で次に取るべき手を模索した。前回の暴走の際には、結果的にケファを止めることができたのだ。ケファを正気に戻す手段は、必ずあるはず。
しかし、あの時ノキアは先に気絶してしまい、ケファが何をきっかけに攻撃を止めたのかは見ていなかった。
考えている内にも、ケファは次なる攻撃を準備していた。右手の前の光輪が再充填を開始する。
ノキアは再び、ギリギリまで引きつけてから第二撃を回避した。いくら強力といえど直線的な攻撃なので、何度も見ているうちに動きは読めるようになっていた。しかし状況そのものを打開しなければ、先に体力が尽きるのは間違いなくノキアの方だ。
(前回の俺の行動のどこかに、ヒントがあるはずだ)
ケファの動きに注意しつつ、ノキアは必死に頭を回転させた。あの時は、ノキアがケファの圧力波を回避し、ミストが隙を突いてファイアブレスを放った。ケファがそれを撃ち抜いた瞬間を見計らってノキアが接近し、そして……。
同時に、ノキアの頭の中でケファが発した言葉が響いた。「脅威ヲ確認」「排除ヲ実行」……。
ノキアはすっと霧が晴れるように、自分が何をするべきか分かったような気がした。
目の前で、ケファの生み出した光輪が輝く。前回と同じく片手では倒せないと判断したのか、今度は両手で巨大な輪を形成している。
ノキアは不思議と澄んだ気持ちでそれを見つめながら、手に持っていたクォータースタッフと腰の後ろに差していた短剣を甲板に放り投げた。そして両手を広げると、深呼吸をする時のように左右に伸ばす。
「俺にはもう戦う意志はない。降参だ」
それはアロールとの戦いと同じく、負けたら死あるのみの危険な賭けだが、今度は何故か恐怖はなかった。
光輪に囲まれて浮かぶケファの姿が、恐ろしさを上回る神々しい美しさを放っていたからかもしれない。
光輪の輝きがさらに強まり、そして――止まった。




