狼とペンギン 08
「船長、大変です! 船長!」
翌朝、アロールはリートゥの慌てた声に叩き起こされた。
「何事だ、リートゥ⁉︎」
「ニックが、おらんのです! ペント族の若者もほとんどが、姿を消したようで……」
「なんだと!」
アロールは跳ね起きて、自分が寝床に選んでいた洞窟の中の窪みから出た。するとペント族たちが不安げに言葉を交わし合っているのが見えたが、確かにその数は明らかに少ない。
「まさか……!」
昨日のニックのただならぬ様子を思い出しながら、アロールは目を見開いた。
自分たちだけで、雪の竜を倒そうというのか。なんと愚かな判断だろうか。
「馬鹿野郎……!」
口の中で悪態を吐きながら、アロールは周囲の部下たちを呼び集めた。負傷していない者のうち、数人を洞窟の守りに残し、残った数人に着いてくるよう命令する。
そして、朝日が眩しく反射する雪原へと繰り出していった。
*****
雪の竜は、凍りついた村の中央に座していた。眠っているようにも見えたが、微かな足音すらも見逃さなかったらしく、近づこうとした瞬間にはもうこちらを見ていた。
十人ほどの仲間たちを引き連れ、村を見下ろす丘の上に立ったニックは、回れ右したくてたまらない足を、強いて前に一歩踏み出させた。
「や……やい、そこのお前! ここはオイラたちの村だぞ! で、ででで出ていきやがれこんちきしょー!」
行きがけに拾った木の枝を剣のように前に突き出しつつ、どもりながら啖呵を切る。雪の竜に言葉を通じるのかどうかは分からないが、目の前にいるのが取るに足りない雑魚だということは理解したらしい。すぐに興味を失う。
すると、ニックの後ろに控えていた他のペント族たちもやいやいと罵声を浴びせかける。それでも効かないようなので、今度は一斉に雪玉を投げる。
雪玉は竜の体をスポスポと通り抜けていったが、竜は初めて攻撃を嫌がるそぶりを見せた。そして、ここに至ってペント族に対する認識を改めたようだった。つまり「雑魚」から「邪魔な雑魚」へと。
「みんな、避けろぉ!」
竜の僅かな表情の変化を素早く見てとったニックが命令し、ペント族たちは地面を蹴って散開した。一瞬後、さっきまで立っていたところに氷筍が突き立つ。竜の冷凍光線だ。
しかし、ニックたちは持ち前の素早さで全力回避したおかげで、全員無傷だった。そして今度は、散開したままあちこちから矢継ぎ早に煽り文句を投げつける。もちろん、雪玉も一緒だ。
「当たってなーいよっ!」
「そんなんじゃ捕まらないぜい!」
「もっとちゃんと狙えって!」
苛立ちが、竜の顔に浮かび上がってくる。この生意気な小動物どもを蹴散らすのに少し本腰を入れた方がいいと思ったのか、後ろ足で立ち上がり、首を振りながら広範囲に光線を放った。
光線の通り道に次々と氷筍が突き出し、まるで天変地異のように透明な山脈を作り上げていく。
だが、今度もペント族に犠牲者は出なかった。巧みに攻撃を躱した先で踊ったりして、さらに竜を煽る。
ついに竜は、翼を広げて宙に飛び上がった。空からなら、的確に目標を狙い撃てると考えたのだろう。
それを見たニックは……密かにガッツポーズをした。
「よし、この調子だ! みんな、手筈通りに頼むぜい!」
散開した仲間たちから、了解の旨を伝える応答が次々に返ってきた。その時、雪の竜がニックに狙いを定めた。
「うっっひゃあぁっ!!」
つい情けない声を上げながらも、ニックは光線を見事に回避した。そしてそのまま、ある方角にひた走る。
仲間も固まらず飛び回りながら、大まかには同じ方向に走っていた。雪の竜はペント族たちに次々狙いを定めながら攻撃を続けるも、中々捉えることができない。
そうして、竜は気づかぬうちに少しずつ、しかし着実に、ある方角へと誘導されていた。その先には、高く聳える山があった。
*****
「竜はどこだ……あそこか!」
部下たちと杉林を駆け抜けたアロールは、木々が途切れて一気に広がった視界の端に、雪の竜の姿を捉えた。
その場所はすでにペント族の村から大きく離れており、しかも特定の方角に徐々に移動しているように見える。
そこに至ってアロールは、ニックが単に一時の激情に駆られて飛び出して行ったわけではないのかもしれないと思い始めた。
しかし、そうは言っても銃も剣も効かない雪の竜を、ペント族がどうにか出来るとはどうしても思えない。万策尽きて、ニックたちが竜の生み出す氷に閉じ込められて窒息死していく様が目に見えるような気がして、喉が締め付けられるような感じがした。
「オレは先に飛ぶ! お前らは竜を目印にして後からついて来い。途中にペント族が倒れていたら救護を優先しろ。分かったな!」
部下たちの応答が返ってくるのを待つのももどかしく、アロールは拳銃を左手で抜いた。慎重な性格ゆえに普段はできる限り弾数を節約するアロールだが、今はもうそんなものに構ってはいられない。
斜め上に向かって放った弾丸が作り出す軌道に、アロールは迷うことなくその身を委ねるのだった。




