もう一人のケファ 11
「お忙しい中御足労いただき感謝しますよ、ケファ博士。救助活動におけるあなたのご助力には、総督として大変感謝しています」
総督府の最上階にある総督の執務室。城塞のような建物の外装によく似合う宮廷風の調度に彩られた部屋にケファが入ると、慇懃な声がそれを出迎えた。
「……いえ、科学者として当然のことをしているだけです、ハスノ総督」
ケファは一礼してからそう応じた。
「オーラノイドのことが心配ですか?」
机の奥の椅子からハスノ総督が立ち上がった。髪は黒く染めているが、顔に刻まれた皺に生きてきた年月の長さと経験の深さを思わせる、理知的な女性。
すでに齢七十を超えているはずだが、衰えないリーダーシップと決断力を武器に総督の座にとどまり続ける敏腕だ。
「心配ではない、と言えば嘘になります」
慎重に言葉を選びながら、ケファは答えた。
ケファがここに向かう途中で、ミオリは役人の一人の手で引き離され、別のところに連れて行かれてしまったのだ。
その真意が読み取れるまでは、下手なことは言わないほうがいい。
「では、あなたにとっては辛い話になるかもしれません。これから話すのは、オーラノイドの処遇についてですから。混乱の中で正式な裁判もろくに開けない状況ですが、総督としては危険なオーラノイドの扱いについて、判断を下す必要があります」
為政者に特有の、一見具体的だが実際には何も言っていないのと同じ話し方。学者であるケファには歯痒い言葉遣いだ。
「ですが、事故の原因は辺境の守護者の異常であって、ミオリではありません」
「その点はこちらもすでに調査しています。ですが論点は、オーラノイドの責任問題ではありません。オーラノイドがあのような力を持っているという事実なのです」
眼鏡の奥に油断のない視線を覗かせて、ハスノ総督は言った。
「オーラノイド自身が望もうが望むまいが、同じ悲劇が繰り返される可能性がある。あるいは、悪意を持つ何者かに利用されるかもしれない。そういう物を、放置しておくわけにはいきません」
「それは……」
ケファは口籠もった。
「たとえば、オーラノイドからオーラ・ギアを摘出するようなことは、できないのですか?」
続いたハスノ総督の問いに、ケファは視線を落として首を振った。
当然、すでに何度も検討したことであった。
「ミオリの身体は、オーラ・ギアと共存することを前提に『調整』されています。外科的にオーラ・ギアを取り除いた場合、ミオリは死ぬことになります」
「そうですか」
ほとんど感情の籠らない声でハスノ総督は応じた。本当になにも感じていないのか、それともあえて隠しているのかはわからない。
「脳内に埋め込まれた制御チップの機能を停止して、オーラ・ギアの力を引き出せないようにすることはできます」
「ですがその場合、オーラ・ギアそのものは健在のまま体内に残ることになりますね?」
抜け目のない人だ、とケファは思った。
「……そういうことになります」
「確かに悪用の危険性を減じることにはなりますが、それでは根本的な解決になりません。私は、オーラ・ギアが二度と悲劇を起こさないよう、破壊すべきだと考えています」
ぞっとするものを感じ、ケファは唇をぎゅっと結んだ。それが何を意味しているかは明白だ。
「よって、誠に遺憾ではありますが、オーラ・ギアを摘出できないのであれば、オーラノイドは廃棄せざるを得ません。ご理解いただけますね?」
ケファはたまらずにため息をついた。ここにも、ミオリの味方はいないのだ。
ほとんど全てのルエル人にとって、ミオリはもはや忘れてしまいたい負の遺産となってしまった。その現実を思い知らされる。
「それは……考え直してはいただけないのですか?」
「あなたとオーラノイドの関係については、私も知っています。簡単に受け入れられることではないでしょう。ですが、私としては立場上、こうせざるを得ないのです。議会ではあなたのことも厳罰に処することを求める声が多くありました。私としてもこれが最大の妥協点です」
ケファは深呼吸をする。この展開も予測の範囲内ではあったが、できれば実現してほしくなかった展開だ。
だがそうなってしまったからには、自分にできる全力を尽くすしかない。
「分かりました……ですがそれには一つ、問題があります」
「問題、ですか?」
ハスノ総督は眉を顰めた。ケファは言葉を続ける。
「辺境の守護者が暴走したのは、守護者自身の人工知能が我々の掛けたブロックを破り、機体のコントロールを奪ったからです。守護者の暴走の間、ミオリはその動力として、強制的に辺境の守護者の支配下に置かれた。だから、守護者の暴走を止められなかったのです」
「ええ、確かに守護者の改修に携わった技師も同じような証言をしていましたね。ですが、それの何が問題なのです?」
「問題は、支配を受けるにあたって、ミオリの脳内チップが、辺境の守護者の影響を受けたらしいことなのです。これは、私が事故後に研究所でミオリの精密検査をした際に気付いたことです」
これまで感情をほとんど表に出さなかったハスノ総督が、かすかに目つきを鋭くした。




