11-決闘
「……よう、あんた、随分うちの船を荒らしてくれたみたいだな」
狼の唸り声が混じったような独特な声が、ノキアを迎えた。ノキアは素早くあたりを見回した。広い艦橋にはいくつもの座席があり、奥にはガラス越しに宇宙が広がっていたが、そこにいる人間は一人だけだった。
その男は、狼の頭を持ち、茶色のロングコートを着ている。声は落ち着いていたが底知れぬ深みを湛えていた。その声音と眼光の鋭さだけでも、他の宙賊とは一線を画す迫力が感じられた。
「……ケファをどこへやった」
「聞いたら答えるとでも思ったか?」
もちろんそんなことは思ってはいない。その短い会話の間にも、ノキアは魂の鼓動を探っていた。どうやら、ケファの鼓動は上の方から聞こえてくるようだ。もう一人の鼓動も、その近くに聞こえる。
「上……ってことは上甲板か?」
「話には聞いていたが、面倒な能力だな……『魂の鼓動』、だったか?」
「悪いが、道を開けてもらう」
「そいつはできない相談だな」
狼頭はそう言うと、斜めに背負っていた武器を手にとった。リボルビングライフルの銃床から銃口の下までサーベルの刃が伸びたような、独特な形の銃剣だった。普通なら両手でなければ扱えなさそうな代物だが、狼頭は片手でそれを軽々と構える。
「気に食わんとはいえ奴は大事な顧客だからな。それに船長としては、手下どもを可愛がってくれた礼もしなきゃならない」
言葉にこもる覇気とは裏腹に、その動きは緩慢だった。引き金が絞られ、銃弾が放たれるが、鼓動の聞こえるノキアにはそのタイミングは読めていた。体を横に逸らし、難なく回避する。
――ドクンッ!――
次の瞬間、ノキアの背後から銃剣が振り下ろされた。ノキアはその気配をギリギリで察知し、驚きながらも刃に対し直角にクォータースタッフを構える。鋭い金属音と共に両者がぶつかり合い、ノキアの腕に痺れるような衝撃が走った。大柄な見た目に違わぬ力の強さだった。
ノキアは剣をいなすように払いのけると、跳び退って距離を取った。そこまではほぼ条件反射的に対応できたが、頭の中はまだ混乱に呑まれていた。
「何が起こったか分からないって顔をしているな」
狼頭の宙賊船長はノキアを冷たく観察しながら言った。
「瞬間移動でもしたっていうのか……?」
「その通り。しかも予備動作は無しだ。情報屋によれば、あんたの能力は人間の衝動の強弱を鼓動のように聞き取ることで、敵が動くタイミングを予測する……だったか?」
ベッズにそこまで明かしたつもりはない。恐らく、ベッズが独自に収集した情報だろう。ノキアは情報屋という職業の恐ろしさを思い知らされたが、今はそれどころではなかった。
「だが、いつ動くかが分かっても、どこに動くかが分からなければこの能力の前では無意味、そうだろう?」
そう言いながら、狼頭は再びノキアに向けて銃弾を放った。ノキアは素早くそれを回避するが、次の瞬間には背後から次の銃声が鳴っていた。
なんとか急所への直撃は免れたが、掠ってしまったらしくノキアの左脇腹に灼けるような痛みが走る。
今度は左前方から銃剣が横薙ぎに迫ってきた。ノキアは両手で持ったクォータースタッフで辛うじて受け止めるも、重い衝撃が左腕と脇腹の傷に響き、激痛が体を駆け抜けた。
「ぐぅっ……!」
歯を食いしばっても呻き声を抑えきれなかった。たとえ直撃しなかったとしても、このままではじきに体力を使い果たしてしまう。
「どうした、もう終わりか?」
狼頭が言う。戦闘中であっても一切昂ぶることなく、淡々と獲物を追い詰めていく、ある意味不気味な声だった。
何か、必ず隙があるはず、いや、見つけなければ負ける……ノキアは迫り合いを続けながら必死に考えた。狼頭は瞬間移動に予備動作は存在しないと言っていた。もしその通りなら、もうノキアに勝ち目は無いだろう。しかし、ノキアの心にどこか釈然としない思いがあった。果たして本当にそうだろうか?
やがて、ノキアのクォータースタッフが狼頭の銃剣に押し切られた。よろけるノキアに向かって、狼頭は押し切ったそのままの動作で銃口を向ける。
しかし銃口が見えてさえいればノキアには弾道が予測できた。引き金を引くタイミングは鼓動で読めるので、よろめく動きを利用してノキアはその弾丸を回避した。
なぜ今、瞬間移動せずに撃ったのだろう? ふとそんな問いがよぎった時には、狼頭の次の攻撃が迫っていた。右からの銃剣の切り上げだ。刃はノキアが右手に持っていたクォータースタッフに当たり、痛みで集中力が弱まっていたノキアの手からそれをもぎ取った。
ガランガランと音を立てて、クォータースタッフが数メートル先に落下する。ひと跳びでは取りに行けない距離だ。そして狼頭は、勝利に酔いしれる風もなくゆったりとノキアに銃口を向ける。
「……あんた、手下どもをだいぶ苦しめたと聞いて期待していたが、案外大したことはなかったな。残念だよ……悪いが、もう飽きちまった。次は確実にその頭ぶち抜くぜ」
まただ、とノキアは思った。狼頭はなぜか、瞬間移動をせずに発砲する時がある。そして、その時は必ず何か喋る。自ら能力を明かすという、相手に塩を売るような真似までして。
その時、ノキアの頭にある着想が奔った。それは根拠のない仮説を多分に含んだ、推測というより予想でしかなかったが、この状況から勝利を導く唯一の可能性だった。
失敗すれば確実に死ぬ。しかしここで賭けなければ唯一のチャンスも失われる。ノキアは覚悟を決めて、腰の後ろに身につけている短剣の柄に右手を添えた。




