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英雄になれなかった君に捧ぐ 早世の英雄と悔恨の精霊士  作者: 建野海
早世の英雄と悔恨の精霊士
9/28

神託の儀

ついに七つの年を迎えた子供たちが待ち望んだ神託の儀、その当日が訪れた。朝霧が漂う早朝から、村にある教会に続々と人々が足を踏み入れていく。

 まだ早い時間という事もあり、大人たちに起こされて教会を訪れた子供たちの中には眠たそうに眼をこすり必死に起きようと努力する姿も見られた。

 もちろん、今日の主役である村の子供二人と、アレン、カイトはいち早く教会で神託の儀が執り行われるのを待っていた。

 いつもは冷静で大人びた様子を見せるカイトもこの日ばかりはアレン以外の二人の子供と同じように、年相応にソワソワと落ち着きのない姿を見せている。

 対照的にアレンは普段の落ち着きのなさはどこへやら。まるで既に自分がどのような天職を授けられるかがわかっているかのようにどっしりと教会に設置された長椅子に腰を下ろして落ち着いた様子を見せていた。

 一人、また一人と村に住む人々が教会の中へと入っていく。そして、そんな人々の後に続くように領主であるウィングラム、そして彼の娘であるイオナや彼らに付き従う騎士たちが教会を訪れた。

 教会正面に備えられた説法を行う台座、その最前列にある長椅子は彼らのために空けられており、ウィングラムと共に一同はその長椅子に座って儀式の始まりを他の村人たちと同じように待ち始めた。

 椅子に座ってすぐ、イオナは周りをキョロキョロと見渡した。そして、探していた目的の人物であるアレンを見つけると、こっそりと手を振った。アレンもまたそんな彼女の様子に気がつき、手を振り替えした。

 ウィングラムたちが到着して少しすると、教会の奥の扉を開いて神父であるロットンとシスターであるコロンが姿を現した。

 ロットンは片手にいかにも高そうな装飾が施された小箱を抱えている。両手で包み込めるほどの大きさのその中には、神託の儀に欠かせない物が厳重に保管されている。


「さて、それでは今より今年度の神託の儀を執り行う。始原の精霊様より伝えられる天職を聞き漏らさないためにも皆、儀式の際は静粛に」


 ロットンは教会内に集まった人々にそう告げると手に持っていた小箱を開いた。中からは教会に伝わる本来その姿を見ることも、言葉も交わす事が難しい精霊と交信することができる触媒である鉱石で作られた丸石が入っていた。

 例年の通り前口上と共に神託の儀を執り行うロットン。今まで幾度もこの村でこの儀式を執り行ってきた彼ではあったが、今年は例年と違い領主であるウィングラムがこの場に参加しているという事もあり、老齢の彼もいささか緊張した様子が見られた。

 緊張から、かすかに声を震わせながら最初の子供の名をロットンは呼んだ。


 後に、後世に語り継がれることとなる神託の儀がついに始まった。



 神託の儀が始まり、最初に呼ばれた少年がロットンが立つ台座の中央に置かれた丸石に触れるとかすかな光が目の前の石が発した。そして、


『……細工師』


 淡白な、それでいて人々の耳にスッと透き通る声が丸石から響いた。それは人々が信じる始原の精霊の声。たった一言だけ告げられた言葉は彼の天職が細工師であるということを示していた。

 告げられた己の天職にどこか納得のいった様子を見せながらもやはり、望んでいた天職でなかったのが残念でならないのか、肩を落としながら少年は元いた場所へと戻っていった。

 そんな少年の様子にかつて自分たちも通った道だと慰める様子で神託の儀を既に終えている人々は温かい視線を向けた。


「それでは、次の……」


 一人目の少年に続き、二人目に名を呼ばれた少女も、先ほどと同じようにたった一言『裁縫師』とだけ告げられ、元いた場所に帰っていった。

 一人目の少年との違いはその少女の表情が求めていた天職を与えられたことに喜びに満ちていたことであろう。

 そして、いよいよアレンの番が訪れた。


「さて、次はアレン。こちらに来なさい」


「はい!」


 ロットンから名前を呼ばれたアレンは勢いよく返事をして席を立った。ゆっくりとした足取りでロットンの前へと向かうアレン。そんな彼に、この場にいる人々がこれまでにない緊張感と共に一斉に彼に視線を向ける。

 幼い身でありながら既に数々の才覚の片鱗を見せる彼は一体どんな天職を授かるのか? そんな人々の期待に満ちた眼差しと共にアレンはスッと目の前にある丸石に手を伸ばした。

 アレンが丸石に手を触れた瞬間、一瞬の静寂と共に


――眩い光が教会の中を照らした。


「こ、これは!」


「なんだ、なんだ?」


「なんじゃ、これは?」


 突然の異常事態にそれまでの静けさが嘘のように驚きと共に人々が声を上げる。目も開けられないほど眩しい光の奔流。いつまでも続くかと思われたそれは、やがて徐々に光の強さを弱める。

 光が完全に止んだ時、丸石に手を触れていたアレンの手の中には見たこともない剣の柄が握られていた。


「ま、まさか……」


 それを見た瞬間、ウィングラムは驚愕にその顔を染めてとっさにその場から立ち上がった。まさに、今起きている出来事がとても信じられないといった様子だ。

 そんな彼の驚きを人々が理解する一言が丸石より告げられる


『アレン。あなたには〝英雄〟の天職。そして、〝不撓不屈〟の加護を与えます』


 それまでの淡白な一言とはうって変わって、全てを慈しみ抱きとめるような精霊の声が聞こえた。告げられたのは子供の誰もが一度は望んだことのあるもの。

 そして歴史上未だ誰一人として成し遂げた事のなかった神託の儀での〝英雄〟の天職。また、それに付随する形で伝えられた加護の宣告だった。


「「「お、おおおおおおおおおおおおおお!」」」


 始原の精霊より伝えられたアレンの天職。その言葉を聞いた教会内の人々は一斉に湧き立った。まさに、歴史的瞬間に立ち会ったという喜びが彼らの胸の内から湧き上がり、教会内は一気に喧騒の渦に巻き込まれた。


「静粛に! 静粛に! ま、まさかこのような事が起ころうとは……」


 誰もが予想もしえなかった事態に狼狽するロットン。ちらりと領主であるウィングラムにこの事態にどう対応するかと言った意味を込めて視線を向けるが、ウィングラムも予期せぬ出来事に困惑していた。

 だが、彼は困惑よりも己の内から溢れ出る歓喜に全身を震わせながら、〝英雄〟の天職を授けられたアレンに近づく。


「……アレン。もしや、それは〝神器〟ではないか?」


 アレンの前に立ったウィングラムは彼が手に持った剣の柄と思わしき物体を指差して問いかける。そんなウィングラムの問いかけに、周りの人々とは対照的にどこか落ち着いた様子を見せたままアレンは答える。


「あ、うん。そうだと思う。なんでか分からないけど俺、こいつが何なのかとかどういった使い方をするものなのかがわかるんだ」


「そうか……。そうか!」


 アレンの言葉から彼が手に持った一見すると何の変哲もないただの柄に見えるそれが〝英雄〟の天職を授けられたものが必ず手にする〝神器〟だと理解したウィングラムはすぐさま騎士の一人に声をかけた。


「おい! 今すぐに王都へ早馬を飛ばせ! 神託の儀にて〝英雄〟の天職と加護を授かった少年が現れたと! 

 彼の身分は我がル・ローゼス家が今この時より保障する。急げ! 火急の事態だ! 歴史が動くぞ!」


 ウィングラムから声をかけられた騎士は「ハ、ハッ!」と慌てた様子を見せながらすぐに教会から飛び出した。

 熱狂覚めやらない人々は次々と席を立ち上がり、いつの間にか一気にこの場の主役と化したアレンを取り囲んだ。

 もちろん、その最前列にはイオナの姿もあり、彼女は尊敬と憧憬の眼差しをアレンに向け、


「アレン! すごい! すごいわ! まさか、本当に〝英雄〟の天職を授かるなんて!

 あなたって……本当に最高の男の子よ!」


 と、周囲の目も気にせずに彼に向かって抱きついた。突然のイオナの行動に戸惑うアレン。だが、彼にはそんな事よりも先ほどからずっと気になっていることがあった。


「なあ、そんなことよりカイトのやつの神託の儀がまだ終わっていないんだけど……」


 自分がいったいどれほどの偉業を成したのかを理解していないかとでも言うかのような声色で、熱狂する人々に冷や水を浴びせるアレン。

 その言葉を聞いたカイトは他の村人たちと同じように親友が本当に〝英雄〟の加護を授かったことに夢中になっており、未だ自分が神託の儀を終えていなかったということに今更気がついた。

 シンと静まり返る教会内。ゴホンとウィングラムの咳払いをする音が聞こえ、


「そうであったな……。いや、すまない。あまりの出来事に興奮して我を忘れてしまっていた」


「いえ、そんな。むしろ僕の方こそ申し訳ありません」


 心底申し訳なさそうに人々に謝罪するカイト。自分の前に神託の儀を行ったアレンの結果が歴史上未だかつてなかった出来事であっただけあり、この後に自分が神託の儀を受けるのかと内心早く終わらないかと、とてつもない居心地の悪さを感じていた。


「ん、んんっ。さて、皆思う事は多々あるとは思うが、神聖な神託の儀の最中。せめて、最後の一人であるカイトの儀式が済むまでは今しばしの辛抱を」


 そう口にするものの、自分もウィングラムや村人たちと同じように歴史的瞬間に立ち会った事による興奮によりカイトの存在をすっかりと忘れてしまっていたロットンは気まずさを感じながら、カイトの名を呼んだ。


「アレンの後となってはとても気が進まないとは思うだろうが、すぐに終わる。さあ、手を触れなさい」


「はい」


 いったい自分にはどんな天職が授けられるのだろうか? アレンの後となってはたとえどのような天職を授かったとしても霞んでしまうであろうが、それでもカイトは自分をここまで育ててくれた村の人々や神父であるロットン、シスターであるコロンが喜んでくれるような天職を授かれたら良いと考えていた。


(お願いします、精霊様。どうか、皆が喜んでくれるような天職を僕に与えてください)


 心の中でそう願いながらカイトは目の前にある丸石に手を触れた。

 シンと再び静まり返る教会内。だが、目の前の丸石は何も反応しない。


「……あれ?」


 淡白な一言も、慈しむような声も聞こえない。アレンのときに起こったのとはまた別の異常な事態に人々のざわめきが聞こえ始める。


(え? え? なんで? どうして……)


 困惑するカイト。狼狽するカイトにロットンがなにか言葉をかけようとしたその瞬間、


『クスクス。もう、だめだよ~。私たちの愛し子が困ってるよ?』


『かわいいね。かわいいね』


『ふむ、このような幼子が我らが待ち望んだ愛し子とは』


『祝福を与えようか?』


『そうしよう! 我らの愛し子にふさわしい天職と加護を!』


 どこからともなく聞こえる声。見れば、いつの間にかカイトの周りには誰もが見たことのない半透明の人に近しい姿をした〝何か〟がそれまでその場にいたのが当たり前かのように存在していた。


「ま、まさかあれは……」


 先ほどのアレンの時でさえもう一生分の驚きをしたと思っていたウィングラムは声を震わしながら目の前に現れた存在について想像する。

 また、他の村人や騎士たちも突如として現れた謎の存在の正体に関して本能的に察しているものの、まさかと己の考える予想を思わず否定する。

 そして、この事態を引き起こしている当事者であるカイトもまた、一体自分の身に何が起こっているのか理解できないでいた。

 だが、そんな彼の心情などまるで気にした様子も見せず、自由気ままな様子で彼の周りを取り囲む〝何か〟の声が重なり合い、再び周りに響き渡る。


『始原の精霊に変わって』


『我らの愛し子に祝福を』


『あなたに我ら精霊と繋がる資格を持つ〝精霊士〟の天職と』


『数多の同胞から幸福を授けられる〝愛し子〟の加護を』


 カイトに向かって天職と加護を告げると、彼を取り囲んでいた〝何か〟は本当にそこに存在していたのか? と人々が思ってしまうほど自然に瞬きほどの一瞬でその姿を消していた。


「……〝精霊士〟? 〝愛し子〟?」


 今まで聞いたこともない天職を告げられたカイトは呆然とした様子でその場に立ち尽くしていた。その場にいた人々の誰もが立ち尽くすカイトと同じように、目の前で起こった出来事を受け入れられないでいた。

 〝英雄〟を告げられた時とは違い、誰もが困惑していた。それもそのはず、歴史上未だかつてありえなかった出来事がついさっき起こったにも関わらず、同日同時間に再び史上初となる出来事が起こったのだ。

 半透明とはいえ人が認識できる姿を持った精霊の降臨。そして、人類の創造主とも言われている精霊と契約することができる〝精霊士〟という天職の存在の確認をこの場にいた誰もが目の当たりにしたのだ。

 戸惑う人々。だが、そんな人々の中でたった一人だけ満面の笑みを浮かべながらカイトに近づき、力強く彼の肩に手を回して抱き寄せる少年がいた。


「すげえ! すげえよカイト! 〝精霊士〟? なんだよそれ! 格好いいじゃねえか!

 俺、精霊なんて初めて見たぜ。しかもお前契約できるんだって? とんでもねえな! 

 さすがは、俺の相棒だぜ!」


 今起こった出来事を我が事のように喜ぶアレン。わしゃわしゃとアレンに髪をかき乱され、ようやく現実に意識が戻ってきたカイトは恥ずかしそうにしながら、


「ちょ、ちょっとやめろよアレン」


 自身の髪をかき乱すアレンの魔の手から逃れるのであった。


「そう照れんなよ」


「照れてない!」


「嘘付け、顔真っ赤だぞ?」


「嘘じゃない! あ~もう、引っ付くな! 暑苦しいってば!」


「ニシシ」


 あまりの出来事の数々に思考停止している人々を他所にアレンにからかわれながらじゃれあいに巻き込まれるカイト。

 後に、〝早世の英雄〟として人々に語られることになる少年と〝悔恨の精霊士〟と呼ばれる少年の伝説の神託の儀はこうして終わりを告げた。

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