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英雄になれなかった君に捧ぐ 早世の英雄と悔恨の精霊士  作者: 建野海
早世の英雄と悔恨の精霊士
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最愛の母と最愛の息子

子供たちにとって刺激に溢れる楽しい毎日はあっという間に過ぎていく。

 遊びの定番、英雄ごっこ。迷いの森の入り口で取れる果実を手にするための木登り。先日見事三匹の魚を釣り上げた釣り。

 そんな日々が過ぎる中、七つになった子供たちがずっと待ち望んでいだ神託の儀が明日は行われる。

 いつの時代も神託の儀は夢見る子供たちの待ち焦がれた瞬間であり、またある意味では現実を突きつけられることになる絶望の瞬間でもあった。

 ワクワク、ドキドキしながら明日の神託の儀を待ちわびる村の子供たち。その数はウィングラムに村長が語ったように四人。アレン、カイト、そして残る二人。

 基本的に神託の儀にて己の天職、そして僅かな可能性ではあるがこの世界を創造した精霊から与えられる加護。それを告げられる順番は生まれた月日が早いものからと決められており、アレンは三番目。

 孤児であるカイトは生まれた日がいつかがわからなかったが、教会の前でカイトが見つけられて引き取られた日がアレンよりも遅かったこともあり明日の神託の儀では彼が最後に天職を告げられる事になっていた。

 神聖な儀式の前日ということもあり、この日ばかりは村の子供たちも早々にそれぞれの家へと帰り、明日行われる神託の儀に備えて早く休むよう大人たちから促されていた。

 だが、年に数えるほどしかない行事の一つを楽しみにしている子供たちの多くは中々休もうとはせず、どこか浮き足立った様子を見せている。

 最も、それは子供たちだけに言えることではなく大人たちもまた普段とは違う神託の儀を迎える事に旨を躍らせていた。

 その理由は領主であるウィングラムの立会いだ。村人たちの一部は領主がアレンに目をかけているということを知っているが、もしアレンだけでなく自分たちの子供が神託の儀でよい天職に就くことがあれば、もしかしたら子供たちも目をかけてもらえるのでは? という淡い期待も抱いていた。

 もちろん、それだけが理由ではなく自分たちの上に立つべき領主たるウィングラムと共にこの神聖な儀式の日を過ごす事ができるという理由が一番大きな理由ではあるのだが……。


「母さん、ただいま!」


 村の子供たちと別れ、自宅へと帰ってきたアレンは一日中遊んだにも関わらず、まだまだ遊び足りないといった元気いっぱいの様子で帰宅の言葉を告げる。


「おかえりなさい、アレン。今日も楽しかった?」


 そんなアレンを優しい声音で迎えたのは彼の母であるフィオナであった。アレンが生まれる前は村一番の美人として名高かった彼女は器量もよく、同世代の村の男衆から幾度となく求婚された。

 そんな彼女も村で一番素養のあった商人の息子と結婚し、アレンを生んだ。だが、流行病により夫を亡くし、今では女手一つで彼を育てている。

 元々村の薬師の家系で生まれ育った彼女は、体調を崩した村人たちに処方する薬を調合したり体調の悪くなった子供たちの様子を見ることでお礼として村の人々から食材を分けてもらうなどして生計を立てていた。

 だが、亡くした夫と共にかかった流行病の後遺症により彼女の視力は著しく落ちており、ごく至近距離にあるもの以外はぼんやりとしか視界に写さないほど視力を失ってしまった。

 そのため、火を使う料理などはアレンが一緒にいる時に行うことになっており、どれだけ遊びが楽しくても夕飯時になると必ずアレンは自宅に帰るようにしていた。


「ああ! 今日もすっげえ楽しかった! あ~腹減った! 母さん、今日はなに作る?」


「そうね、この間の狩りで猪を仕留めた時に分けていただいた肉がまだ残っているから、今日はそれを煮込んだスープを作りましょうか?」


「いいな、それ! 早く作ろうか」


 アレンは壷に貯められた水を勺で救うと手についた汚れを洗い流した。そして、すぐに夕飯の準備を始めようと水場に立つフィオナの傍へと近づく。


「それで? 今日は一体何をして遊んでいたの?」


 今日の夕飯に使う山菜や先ほど話しに挙げた猪の肉などを準備しながらフィオナは今日の出来事アレンに問いかける。


「あのな、あのな! 今日はさ……」


 いつもの前口上と共にアレンは今日の出来事を口にする。今日も村の子供たちを連れてアレンは迷いの森にある木から垂れる樹液を取りに行ったという。

 道中、大人たちから忠告として語られる迷いの森に関わる御伽話をイオナに聞かせて「そんな恐ろしいところに行っても大丈夫でしょうか? 騎士の誰かを連れてきたほうがいいのでは?」と本気で心配されて大笑いをしたことやカイトがその御伽噺のそもそもの成り立ちを必死な様子でイオナに説明していたことなど、彼が語る日々の出来事は毎日を全力で楽しんでいると聞いているものを感じさせるものであった。

 もちろん、アレンの母であるフィオナは当然息子がそのように楽しい毎日を過ごせているのだということを彼自身の口から語られる事でとても安心してもいた。

 まだ物心つく前に流行病で父を亡くし、女手一つでこの子を育てられるだろうか? とフィオナが思った事は数限りない。

 だが、村に住む他の住民たちは旦那を亡くしたフィオナを親身になって支えてくれ、アレンもまた村の大人や子供たちに愛されて育った。

 一般的な子供からは少々、どころかかなり外れた成長振りを見せているが、それでもフィオナはアレンが明るく、元気に育ってくれている事が何よりの喜びであった。


「そう、今日はそんなことがあったのね。でもね、アレン。イオナ様は領主様の大事な一人娘なのだから、あまり無茶をさせてはいけませんよ?

 いくら領主様が寛大なお心の持ち主だからといっても、あの方と私たちではそもそもの身分が違うのですから」


「わかってるって……。だいたい、そんなこと言ったってイオナの方が俺たちのとこ来るんだから。他所他所しく接するほうが仲間はずれにしてるみたいでかわいそうだろ?」


「もちろん、イオナ様が望んでいるんですから仲良くさせてもらうのは当然ですけれど、迷いの森に連れて行って万が一前みたいに魔獣が出てきたらどうするのですか?」


「そりゃ、そのときはこの前みたいに俺が……」


「もう……。あなたは確かに他の子供とは違うかもしれないけれど、それでも子供には変わりないんだから、そういう時はカイト君がしたようにすぐにその場を離れて大人たちを呼びなさい!」


 目を離せばすぐに無茶をしでかそうとする息子に呆れた様子を見せながらフィオナはアレンを嗜める。さすがのアレンも母であるフィオナの言う事には大人しく従うのか、


「……は~い」


 と、不承不承といった様子で頷くのであった。


「それと、明日はあなたも楽しみにしていた神託の儀が行われるわ。ただ、今回は領主であるウィングラム様や騎士の方々も同席されるから、くれぐれも粗相のないようにしなさい」


「わかった、わかった。ハァ……母さんまでカイトと同じようなこというんだから。勘弁してくれよ」


「あら? カイト君がそんなことを? 明日会ったらお礼を言っておかないといけないわね」


「母さん! 恥ずかしいから絶対にやめてくれよ!」


「なんでかしら。大体、あなたはいつも他の子供たちを連れて遊びに連れて行っては後始末をカイト君に任せてるって聞いたわよ?

 カイト君は優しいからすぐに頼るのもわかるけれど、あなたはもう少しあの子の落ち着いたところを見習わないと……」


「あ~あ~。なにも聞こえない!」


「もう。またそうやって都合の悪い事だけ耳を塞いで聞かない振りなんてして」


「いいんだよ! 俺とカイトは相棒なんだから! あいつができないことを俺がやる。そんでもって、俺にできないことをあいつがやってくれるんんだから!」


「カイト君がやれないことよりもあなたがやれないことのほうが遥かに多い気がするのは気のせいかしら?」


「気のせい! 絶対に気のせい!」


「全く、この子は……」


「そんなことより、母さんは明日の神託の儀で俺がどんな天職を授かると思う?」


 耳にしたくない話題から露骨に話を変えた息子に、またしても溜息を吐き出すフィオナであった。


「そうね。普通に考えればお父さんが授かっていた〝商売人〟か母さんが授かっている〝薬師〟が妥当だとは思うけれど。

 アレンはどんな天職を授かると思っているの?」


 母からの問いかけに待ってましたといった様子でアレンは胸を突き出し、自信満々の様子で答える。


「そりゃ、もちろん〝英雄〟だよ!」


 子供ならば誰もが一度は夢見る天職〝英雄〟。一般的な子供の枠に嵌らない自分の息子もそんな夢見がちなところは他の子供と一緒なのだと感じたフィオナはどこか安心する。


「そう。でもね、アレン。〝英雄〟の天職を授かった人々も七つの時に受けた神託の儀で最初から〝英雄〟の天職を始原の精霊様から授かったわけではないのよ?」


「えっ? そうなの?」


「そうよ。天職はその人が成長するのに比例して変化するものがあるわ。そして新しい天職を授かることもね。

 〝英雄〟の天職を授かった人々も最初は別の天職を授かって、成長をしていくなかで新しく〝英雄〟の天職を授かったのよ」


「え~それじゃあ、明日の神託の儀で授かる天職は〝英雄〟じゃないのか~」


 明らかにがっかりとした様子を見せるアレンにフィオナは苦笑する。そんな彼を慰めるわけではないが、


「そうね~。もしもアレンが神託の儀で〝英雄〟の天職を授かったなんてことがあったら、歴史上初めて最初の天職が〝英雄〟だった人になっちゃうわね」


 そうフィオナは口にした。その言葉を聞いたアレンは先ほど僅かに肩を落として落ち込んでいた様子をすぐさま何処かへと放り投げ、


「じゃあ、俺が歴史で最初の人間になるな!」


 と、何の根拠もない自信を見せる。そんな他愛ない会話を続けながら神託の儀の前日のアレンとフィオナの時間は過ぎていくのであった。

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