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英雄になれなかった君に捧ぐ 早世の英雄と悔恨の精霊士  作者: 建野海
早世の英雄と悔恨の精霊士
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子供たちは今日も元気に遊びに耽る

大人たちがアレンの話で盛り上がっている中、当の本人は自分の行く末がどのようなものになるかなど、まったくもって考えもしない能天気な様子で過ごしていた。

 イオナがトアル村を訪れて一週間。以前にこの村を訪れていた際の交流もあり、子供たちとの仲は以前にも増してすっかり親密なものになっていた。

 子供同士の遠慮のない付き合いに領主の娘に対する接し方を心配する大人たちであったが、行き過ぎた行動でなければ大半の事には目をつぶると言うウィングラムの言葉を神父であるロットンから聞き、心配をしながらもどこかホッとした様子を見せていた。

 村を訪れた当初はドレス姿であったイオナも元々用意してあった村の子供たちと遊ぶための身軽な格好へと翌日からは着替えており、時に泥に塗れてウィングラムの元へと帰ってくる事もあった。

 淑女たる事を求められる貴族の姿にあるまじき娘の姿を見たウィングラムは元より神託の儀を娘が迎えるまでは元気で健やかに育って欲しいと願っていた事もあり、そのような娘の姿を見ても不快な様子を見せる事もなく、むしろ腹を抱えて高笑いをしていた。

 二年前、愛していた妻と死別したことで塞ぎこんでいた娘がここまで元気な姿を取り戻してくれたのだ。ウィングラムはそれを喜びこそすれ怒る事など決してなかった。

 領主自身の許可、そして娘であるイオナが求めているということもあり今日も子供たちはイオナを連れて村のあちこちを駆け回る。

 今日の遊びは魚釣り。迷いの森の入り口のあちこちに落ちている木々に糸をくくりつけ、糸の先端に加工したU字の石を結んだだけの簡単な釣り竿。

 子供たちは皆釣竿を手に取り、村の近くを流れる川の上に作られた木製の橋から水中を泳ぐ魚を釣竿の先端に結んだ釣り針にうまく引っ掛けて釣り上げようとしていた。


「あ~暇だ。ぜんぜん引っかかりやしねえ」


 魚釣りを初めてから一時間ほど。子供たちの誰もまだ成果を挙げることが出来ていない。

 元々ジッとしているのが性に合わないアレンは釣りを初めてからすぐにソワソワと落ち着きのない様子を見せており、とうとう我慢の限界がきたのか持っていた釣竿を投げ出して橋の上に寝転んだ。


「もう、アレン。釣りは辛抱だと言ったのはあなたではないですか。

 そのあなたが真っ先に匙を投げるなんて。そんなことではロクに釣りを経験したことがない私は困ってしまいます」


 不貞腐れた様子で寝転ぶアレンの姿に苦笑しながらも楽しそうな笑みを浮かべてイオナが呟く。


「こういうジッとするのは俺には向いていないんだよ。

 いいんだって、別に俺が魚釣る代わりにカイトのやつが頑張ってくれるから」


 隣で釣竿を垂らしながら己を嗜めるイオナの言葉を聞きながら、アレンは対面で自分よりも年下の子供たちの面倒を見ながら落ち着いた様子で釣りを続ける相棒を見る。


「カイト! 後は頼んだぞ!」


 唐突に後を託されたカイトは呆れた様子でアレンを見る。


「いや、勝手に託されても困るよ。そもそも今日釣りをしたいって言い出したたのはアレンじゃないか。

 そうやっていつもやりたいことを決めて、飽きたらすぐ僕に丸投げするのはアレンの悪い癖だよ?」


「人聞きの悪い事言うなって。別に俺はお前に丸投げはしていない」


 心外だと言わんばかりの尊大な態度でアレンは返事をする。


「丸投げしていないなら何だって言うのさ」


「信頼してるんだよ。お前なら俺がやれないことをどうにかしてくれるってわかってるからな」


「また調子のいい事言って。そうやっていっつも僕が面倒事引き受けると思わないでよ?」


「わかってるって。でもなんだかんだ言ってお前いつも俺の事助けてくれるからな。信頼してるぜ、相棒」


「はいはい、わかったよ。まったくもう……」


 なんだかんだと文句を言いながらも村の誰もが目をかけているアレンに頼られることを心の底では嬉しいと感じているカイトは結局最後は彼に丸め込まれてしまうのであった。


「お二人はとても仲が良いのですね?」


 そんな二人のやり取りを興味深そうに見ていたイオナは、以前の訪問時にはアレンばかりに目を向けていたこともあり、今回改めてトアル村を訪れ、子供たちと遊んでいく中で自身が最も興味を抱くアレンの傍に常に立ち、彼から信頼されているカイトの存在を自然と気にかけるようになっていた。

 元々父であるウィングラムが気にしている存在ぐらいにしかカイトに対するイオナの印象はなかったのだが、こうして共に日々を過ごすうちに彼がアレンから多大な信頼を寄せられ、子供たちから慕われている姿を見ると確かに父が他の貴族の子弟に見習ってもらいたいと口にするのも納得がいくものだった。

 常に一歩引いた位置で子供たちの様子を伺い、困っている子を見つけるとすぐさま声をかけて困りごとについて優しい声音で問いかけたり、今もアレンと同じように釣りの成果が見られず飽き始めた様子を見せる子供たちの面倒を率先して見ていた。


「おう! カイトは俺が一番信頼してる相棒だからな! イオナも困った事があればこいつに話せよ。

 なんだかんだ文句を言いながらも絶対に解決してくれるからな!」


 イオナが呟いた言葉を聞いたアレンは困りごとがあれば彼に伝えるようにと告げる。


「ふふっ。そうさせてもらいます。元よりカイトには何かあれば自身を頼るようにと言われていましたしね」


 自慢気に自分の信頼する相棒をイオナに勧めるアレン。本当はそんな彼を一番に頼りにしたいと内心でイオナは思っているのだが、鈍いアレンはその事には全く気づく様子はなかったのであった。

 そんなやり取りを交わしていると不意に子供たちの一人が「あっ! 引っかかった!」とこの場にいる誰もが待ちわびた声を上げた。

 その声を聞いた子供たちはすぐさま声を挙げた子の元へと一斉に集まる。手に持った釣り竿はしなり、糸はピンと張っている。垂れ下がる糸の先では引っかかった石針をどうにか外そうと必死になってもがく魚の姿が澄み切った水底に見えた。

 頑張れ、頑張れと必死に魚を釣ろうとする子供を応援する他の子供たち。だが、引っかかった魚が思ったよりも大物なのかいつもと違いすぐに引き上げることができない。


「こいつ~! アレン頼むよ、手伝って!」


「おうよ! 任せろ!」


 必死に力を込めるも一向に魚を引き上げる事ができず、釣竿を引く力に限界が来た子は頼りになるアレンを呼び寄せる。アレンは先ほどまでのやる気のなさはどこへやら。勢いよく返事をするとすぐさま釣竿を受け取った。


「おおりゃああああああ!」


 力強い掛け声と共にグッと釣竿を引くアレン。それまでの均衡が嘘のように一気に水中から石針に引っかかった魚が釣り上げられた。


「おおっ!」


「おっきい~」


 ビチビチと橋の上に釣り上げられた魚は水しぶきを周りに飛び散らせながら何度も飛び跳ねた。今まで子供たちが釣りをしてきた中でも一番の大物がそこにはいた。


「うおっ! こいつは大物だな」


 釣り上げた魚を目の当たりにしたアレンはその大きさに驚く。上から見ていたときにはそこまで大きく見えなかった魚も陸地に上がるとそれがどれだけ大きなものであったのかがようやくわかる。

 それは子供の頭から腰までの大きさもある大物だった。


「ホントだ。これだけの大物は中々お目にかかれないね」


 予め用意していた釣り上げた魚を入れるための水の入った木桶をアレンが魚を釣り上げてすぐに持ってきたカイトは、他の子供たちから一拍遅れて釣り上げられた魚の姿を見て呟いた。

 そう口にしながらすぐさま持ってきた木桶の中にカイトは魚を入れる。水の中に再び戻った魚を息を吹き返したように狭い空間の中で動き回った。


「すごい! すごい! アレン! こんな大きな魚は初めて見ました!」


 それまで黙って釣り上げられた魚を見ていたイオナは興奮した様子でアレンの手を取り、ぶんぶんと上下に何度も振った。

 そんなイオナの様子にアレンは戸惑い、どうすればいい? といった困惑した表情でカイトに助けを求める。

 カイトはそんなアレンの救援をあえて無視して最初に魚を引っ掛けた子供に声をかけて褒めてあげていた。


「すごいよ、釣り上げたのはアレンだけど引っ掛けたのは君だ。よく頑張ったね」


「えへへ~。ありがとう、カイト」


 カイトから褒められた子供は照れくさそうにしながらも、自分の頑張りが認められたのが嬉しいのか満面の笑みを浮かべていた。


「お、お~い、カイト……」


「よし! ようやく一匹釣れたんだ。みんな、せっかくだからもう少し頑張って魚を釣ってみようか!

 もしかしたら僕たちが釣った魚を領主であるウィングラム様が召し上がる事になるかもしれないよ!」


 それまでの子供たちの間に漂っていた退屈な雰囲気も大物を一匹手にいれたことにより一変。一気に活気を取り戻した子供たちは「お~っ!」とやる気に満ち溢れてそれぞれの釣竿を再び手に持ち、水中を泳ぐ魚に狙いを定め始める。

 そんな中、未だ興奮冷め切らないイオナに手を捕まれたアレンは一向に己を助けてくれないカイトに恨めしげな視線を向け、カイトはそんなアレンの姿を見てクスリと微笑を浮かべるのであった。

 なお、しばらくしてようやく落ち着きを取り戻したイオナは無意識にアレンの手を自分から握り締めていた事に気がつき羞恥から顔を真っ赤に染めるのであった。

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