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英雄になれなかった君に捧ぐ 早世の英雄と悔恨の精霊士  作者: 建野海
早世の英雄と悔恨の精霊士
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才覚の片鱗

ウィングラムたち一行がトアル村を訪れて早一週間が経った。元々トアル村は亡きイオナの母であるイデアが好んだミンシアの花の特産地という事以外は取り立てて観光をする場所もない辺鄙な村だ。

 必然、ウィングラムや彼の護衛として村を訪れた騎士たちはどうしても時間を持て余す。視察と言う名目で村を訪れはしたものの人口は百人にも満たない小さな村だ。三日もあれば村の様子や税の状況、今年の蓄えなど視察に必要な全ての情報は揃っていた。

 毎日が刺激に満ちた日常である子供たちとは違い、大人たちは村の農作物の世話や狩りが済んでしまえば待っているのは当然、大人同士で集まっての酒盛り。

 名目である視察を早々と終えてしまい、やることのなくなったウィングラムたちがトアル村の村長や村人たちに持て成され、まだ日も昇りきっていない真昼間から酒盛りを始めるのは当然の流れといえた。

 ウィングラムを歓待する村長や村人たちは酒を飲みながらも領主に対して無礼を働かない程度の理性は残し、この村を訪れた初日にイオナに群がっていた己の子供たちと同じようにウィングラムや騎士たちに口々に質問を投げかける。

 都の様子。娘であるイオナの成長振り。都市部の食事や生活環境。英雄たちの活躍ぶり。魔族の噂や神託の儀など、その内容は様々だ。

 村人たちの心からの歓待にウィングラムも騎士たちも気分をよくしている。ほどほどに宴の時間が流れ、酔いもいい具合に回っていた。

 そんな時、ふと騎士の一人がトアル村に関する噂話を思い出した。


「おお、そういえば村長。たしかこの村には昔から伝わる、ある言い伝えがあるとこの村に向かう道中で行商人から耳にしましたぞ。

 なんでも、ここトアル村の特産物であるミンシアの花が生息している〝迷いの森〟では森に足を踏み入れた子供を奪い去る悪い魔女がいるのだとか?」


 騎士の言葉を聞いたウィングラムは「ほう……」と興味深そうな様子を見せた。それに気がついた村長は騎士からの問いかけに返事をする。


「なに、どこの村でも伝わるごくありふれた言い伝えでございます。

 日が暮れたら〝迷いの森〟に入ってはいけないよ。明かりの消えた森で魔女が動き出す。

 暗い、暗い闇の中。魔女の囁きが耳に届く。おいでよ、おいで。こっちにおいで。

 こっちはよいぞ、心地よい。一歩進めばさあ、夢心地。闇の中へ真っ逆さま。

 いい子は進んじゃいけないよ。闇で魔女が手を招く。辺りは真っ暗、帰りはどこへ。

 迷ったならばミンシアを探せ。ミンシアの向こうは元の世界。〝迷いの森〟の入り口さ

 このような言い伝えがこの村には古くから伝わっております」


「ふむ、興味深い内容だな」


 神妙な顔で話を聞いていたウィングラムはそう呟くと話の続きを村長に促した。


「おそらくですが、この村に古くから住む猟師たちが夜闇が訪れてから子供たちが森に入らないように作り出した言い伝えなのでしょう。

 この村のすぐ近くにある〝迷いの森〟は広大な森です。日が暮れれば周りには明かりもなく、魔獣もでるのです。

 そのような場所に子供が一人で迷い込めば、たちまち魔獣に襲われて骨も残りません。

 そういった悲劇を防ぐために、村に住んでいた猟師たちは子供たちにこの物語を伝え、日が落ちた後は森に入らないように子供たちに言い聞かせてきたのでしょう」


「なるほどな。だが、魔女はいったいどこから出てきたのだ? 話を聞いていても魔女に関わるような内容はどこにもなかったと思うのだが」


 魔女という言葉をやけに気にするウィングラム。そんな彼の様子に、もしやと村長はこの国に伝わる一人の魔女の名を口にする。


「もしや、言い伝えに登場する魔女がかの有名な〝いばら姫〟、〝鮮血の女王〟であるグランテーゼを指しているのではとウィングラム様はご想像されましたか?」


「……うむ。グランテーゼの名は粗相を繰り返す者や、危険を冒そうとする子供には効果的な名であるからな。その名を恐れる者に貴族も平民もない。

 もしや、過去にこの言い伝えを伝えた人物もそういった意図があって敢えて魔女という単語を使用したのではないのかと考えてな」


「なんと、なんと。我々はそのような事考えも致しませんでした。さすがはウィングラム様。その慧眼、誠に感服いたします」


「世辞はよい。もしやと思っただけのことだ。このようなことで慧眼などと持ち上げられても困る。

 ……そういえばこの村では次の週に神託の儀を執り行うのであったな」


 言い伝えについて村長から一通りの解説を受け、自分なりにその内容に関しても解釈をしたウィングラムの興味は既にそこから離れ、代わりに酒の席の話に上げたのは自身の娘ももうすぐ受けることになる神託の儀。

 村や都市によって行う日に違いはあれど、共通しているのは男女共に七つの年を迎えた際、教会に属する神父を通じて始原の精霊に祈りを捧げ、そのものが最も得意とする職、天職を告げられる。

 かつては魔族と戦うためだけに与えられた天職は、その職種も限られた物であったが、時の流れと共に魔族と戦うだけの職種だけでなく人々の生活を向上させる様々な天職が精霊によって告げられることとなった。

 また、その中でも精霊の興味を引くような〝運命〟を持つような特異な人間には精霊から愛の証である加護を稀ではあるが授かる事もある。

 神託の儀はそこで告げられた天職によってはその者の人生に大きな変化があるため、天職がまだ告げられていない子供たちは今か今かとその瞬間を誰もが待ちわびている。

 特に、英雄に憧れる子供たちからは〝剣士〟〝武術家〟〝魔道士〟〝治癒士〟といった、英雄となった者たちがかつて神託の儀に初めに告げられた天職を始原の精霊より告げられる事を祈ることが多い。


「はい、その通りでございます。このトアル村で此度の神託の儀を受ける子は四名おります。

 中でもアレンは神託の儀を受ける前より、将来有望な片鱗を既に見せております」


 村長がアレンの名を出すとそれまで酔いもまわって僅かに虚ろになっていたウィングラムの視線に強い光が宿る。


「ほう……。そういえば、アレンは以前にたった一人でウルフィアを狩ったという噂を耳にしたが、それは真か?」


「お耳が早い。ええ……その通りでございます」


 ウィングラムの問いかけを村長は肯定をする。その言葉を聞いた騎士たちはそれまでの酔いが嘘のように驚いた。


「まさか、あのような子供が大人でも食い殺されることのある魔獣を?」


「ウルフィアといえばその牙の鋭さもさることながら、身軽な体躯で対峙したものを翻弄するはず」


「それをロクに戦い方も知らない子供がたった一人で。にわかには信じられん」


 口々にウルフィアを退治したアレンに対する感想を口にする騎士たち。事実、村長も己が目で実際にアレンが倒した魔獣であるウルフィアの屍骸を目の当たりにしなければ、彼らと同じような反応をしていただろう。


「にわかには信じられない出来事ではありますが事実、アレンが狩ったウルフィアの屍骸を私やロットン、そして村の大人たちが見ております。

 迷いの森で子供たちが遊んでいたところ、おそらくではありますが群れからはぐれたウルフィアが本来現れるはずのない森の入り口付近に現れ、運悪く子供たちと遭遇したのです。

 元々獣の類は森の近くにて姿を現すことはあっても、魔獣が本来生息すると考えられているテリトリーは大人たちでも普段は足を踏み入れる事のない森の深奥だと我々は認識しております。

 どれだけ興味があっても村の子供たちにはミンシアの花が咲く迷いの森の中域より奥には足を踏み入れないことを常日頃から言い聞かせており、子供たちはその忠告を受け入れておりました」


「そうであったか。その一件はまさに誰もが予期しなかった出来事であったということか」


「まさに。村の大人たちも子供たちがそのような目にあっているとは想像できず、逃げ延びてきた子供たちから話を聞いてすぐに猟師たちを呼び集めて森に残ったアレンの元へとすぐさま駆けつけました。

 ですが、我々が駆けつけた時には既にウルフィアはアレンによって倒されておりました。

 ロクに戦える武器もなかったにもかかわらず、アレンはたった一人でウルフィアと対峙し、打ち倒したのです」


「末恐ろしい子供だ。だが、いったいどのようにしてアレンはウルフィアを倒したのだ?」


「ええ、私たちもそこが気になって村にアレンを連れ帰った後に詳しく話を聞いたのですが、アレンが言うには森に落ちていた鋭利な倒木を使い、まずウルフィアの目を刺し貫いたと。

 視界を奪われたウルフィアは匂いでアレンの姿を捉えていたらしいのですが、その間にアレンは己の頭ほどの大きさの石を手に持ち木の上に登り、己を追って木の下に来たウルフィア目掛けて飛び降り、その脳天に勢いよく、持っていた石を振り下ろして討ち取ったというのです。

 まだたった六つ。天職すら授けられていない子供が武器も持たずたった一人で魔獣を打ち倒すという偉業を果たしたのです」


「そのようにして……。なるほど、まさに才能の塊だな。普通魔獣と初めて対峙した際に訓練を積んだ大人であっても恐怖を抱き足がすくむというのに。

 まだ六つであった子供がそのような偉業を成すとは。これは神託の儀の結果にもよるが本格的にアレンを我が騎士団に招く事も検討する必要が出てきたな」


 領主であるウィングラムがアレンに対してそこまで大きな期待を寄せているとは思いもしなかった村長は驚愕した。


「そ、それほどウィングラム様はアレンのことを買っておいでなので?」


「そうだ。元々以前にこの地を訪れた際、塞ぎこんでいたイオナの心を癒してくれたことに私も彼になにか礼を尽くさねばと考えてはいたのだ。

 だが、領主たるもの軽々しく民に対して礼を向けることなどできぬ。たとえそれが大事な一人娘に関わる事であったとしてもだ。

 しかし、アレンがその年でそれほどの才覚の片鱗を既に見せているのであれば話は別だ。私としても将来有望な騎士を鍛えるという名目で我が騎士団に招くという事は別段おかしな話でもあるまい。

 それに、イオナもアレンに対してはかなり心を許しいるようだしな。以前村を訪れて以来、あやつの口からは何度もアレンの名が出ておった。

 もしアレンがまだ芽吹いたばかりであろう才覚の芽をそのまま伸ばす事ができたのであれば、ゆくゆくはイオナの傍付きの騎士としてつけることもひそかに考えてはいる」


 まさかそこまでアレンに対するウィングラムの期待が大きいとは思わず村長だけでなくその場にいた騎士たちもすっかり酔いがさめた様子で彼の話を聞き入っていた。

 そもそも一介の村人が騎士に取り上げられる可能性があるというだけでも青天の霹靂ともいえるような出来事なのに、更には将来領主の一人娘の傍付きの騎士として召し上げられることまで考えられているなど、一体誰が想像できるだろう。

 それほどの地位にもしアレンがつくことが出来たのならば、ゆくゆくはアレンは貴族家系の娘と婚姻を結ぶことすら夢ではないのだ。

 ただの村人から貴族へ。それはまさに御伽噺として語られる英雄と同じように人々を魅了する騎士物語の定番とも言える物語であった。

 普段は夢だと切り捨てるような空想の物語がアレンにとっては手に届く現実として訪れようとしていた。

 一人の少年の行く末が大人たちによって酒のつまみとして口々に語り合われている中、当の本人はそのような話とは無縁だといった様子でイオナやカイト、そして村の子供たちと共に今日も村の中を元気よく駆け巡っているのであった。

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