神父からのお願い事
アレンや村の子供たちと共にカイトが教会の掃除をしてから数日。神父と共に日課の朝の礼拝を行い、その後シスターが用意した朝食を食べたカイトは今日は教会の蔵書されている精霊信仰に関する書物を読んで過ごそうと考えていた。
朝食に使用した木製の食器を井戸から汲み上げた水で洗い、書庫でもあり、客間でもある一室に向かおうとカイトが思っていると、そんな彼を神父であるロットンが呼び止めた。
「カイトよ。ちと、よいか?」
「はい、神父様」
手招きするロットンに連れられ、元々の目的地である客間に共に入るカイト。
「先日、村を訪れた行商人よりこれを預かった」
そう言って神父が客間に備えられた机の引き出しから取り出したのは一つの手紙だった。よく見ればそれは一般的な獣の皮で作られた封ではなく、切り出した木々を梳いて特別な製法で作り出された紙の封であった。
一般には出回らず、出回っても普通は手が出せないほど高価なそれは、主にこの国の貴族が使う手紙の封として用いられている。
よく見れば、手紙の封にはどこの貴族のものかを示す証である蝋を固めた印が押されており、その印に記された重なり合う剣と槍の紋様はこのトアル村も含めるこの地方一帯を治める貴族であり、領主の証でもあるル・ローゼス家の家紋であった。
「もしかして、またル・ローゼス家の方々がこの村を?」
「うむ。とてもありがたいことにな。どうも彼の領主、ウィングラム・ル・ローゼス様は亡き夫人であったイデア様が特に好まれていた、ミンシアの花の特産地でもあるこの村をお気に召したらしい。
二年前、イデア様が亡くなり、その御霊を慰めるために第一子であるイオナ様と共に訪れたのは覚えているな?」
「はい。当時のイオナ様は母であるイデア様が亡くなってから塞ぎこむようになり、静養も兼ねてのご訪問だった記憶しています」
「そうじゃ。本来ならば身分の違いからありえないことではあるのだが、神託の儀が過ぎるまでは子供は子供らしく過ごしてほしいというウィングラム様のご要望で中位貴族の娘であるイオナ様とお主も含めた村の子供たちは一月の間共に過ごしたのう」
「そうですね。とても懐かしく思います」
「特にアレンが塞ぎこんでおったイオナ様を外へと連れ出し、そのお心を癒してくれたとウィングラム様はとても感心されておりった。
公のお言葉ではないが、帰り際にこの教会を訪れた際には感謝の言葉を述べられておった。
そして、イオナ様もこの村で過ごしたことが忘れられなかったようでな。ありがたいことに視察という名目で再びこの地を訪れていただくことになったのじゃ」
「そうだったんですか! それはとてもありがたいことですね!」
「うむ。じゃが、以前とは違い今回は名目上ではあるが視察も兼ねてのご訪問となる。
いかにウィングラム様が寛大なお心の持ち主であったとしても娘であるイオナ様に失礼や危険があってはならぬ。
特に前回イオナ様のお心を癒した立役者であるアレン。あやつは幼いながらも他の子供たちとは少し違う存在であることはお前もよく知っておろう」
「はい。アレンはいい奴ですし、村の皆からも好かれていますが、その……時折暴走して無茶をしでかすことが多いかと」
「そのとおりじゃ。わかっておるならばそれでよい。
あやつは、自分が他の子供たちと違うということをあまり自覚しておらんようでな。
以前〝迷いの森〟に子供たちを連れて入って、この辺りでも中々見かけぬ魔獣であるウルフィアをたった一人で狩ったと聞いたときには驚きのあまり心臓が止まりそうになったわ」
「そういえばそんなこともありましたね」
「他人事のように言っておるが、カイトよ。お前さんもその場におったのだろう?」
「確かに僕もその場に居ましたが、結局僕は他の子達を連れて森を出ただけです。
実際、アレン一人で大人でも食い殺されることのある狼の魔獣、ウルフィアを倒したんですよ?」
「じゃが、他の子供が恐怖に呑まれる中で冷静に子供たちを連れ出して森を抜けたこともお主の年頃では中々できることではあるまい。
アレンの奴が特別すぎるだけじゃ」
「そうでしょうか?」
「うむ。じゃが、カイトよ。他の子供よりも少し大人びながらも同い年のお主だからこそアレンの奴も他の大人が口にしても聞かぬ忠告も素直に聞くとわしは考えておる。
そこでじゃ。ウィングラム様とイオナ様がご訪問の際、お前さんにはイオナ様と接する子供たち、特にアレンが暴走せぬようにしっかりと目を見張っていてもらいたいのじゃ。
むろん、イオナ様には粗相のないように。できるか?」
「はい! 始原の精霊様に誓って任されたお役目、しっかりと務めさせていただきます」
「そうか、そうか! ふむ、これで一安心じゃ。では、わしはこの後村長のところに向かいウィングラム様の歓迎の準備について話し合ってくるとする。
留守の間礼拝に訪れるものが来るかもしれんが、その際はコロンと共に彼らを迎えておくれ」
「わかりました! いってらっしゃい。神父様」
「うむ、頼んだぞカイト」
そう言ってロットンは手紙を手に持ち客間を後にする。残されたカイトは神父であるロットンから託されたお役目を果たすために教会を訪れる人を礼拝堂で待つことにするのだった。