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英雄になれなかった君に捧ぐ 早世の英雄と悔恨の精霊士  作者: 建野海
早世の英雄と悔恨の精霊士
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遙か昔の御伽噺

「邪魔するぜ!」


 バンッ! と立て付けの悪い教会の扉をアレンは勢いよく開いた。

 都市部から離れた辺境の地にあるトアル村は澄んだ空気と一部の特産物が少し有名なだけで、財政的に見ても決して恵まれた村とはいえない。

 当然、そこに建てられた唯一の教会も質素であり、長い間風や雨に晒された建物にはそこかしこにガタがきていた。

 それを証明するようにたった今アレンが勢いよく開けた扉はギイギイと軋んだ音を鳴らし、ともすれば今の衝撃で扉が外れて倒れてしまいそうなほどであった。


「あれ? アレン。どうしたの? 今日はみんなで遊びに出かけるって聞いてたけど」


 そう口にして扉が開いた音、そして音と同時に入ってきたアレンに気がついたのは、どこの教会にも必ず一つは設置されている始原の精霊像を水で塗らしたボロ布で掃除をしていた少年だった。

 この地方では他に類を見ない黒い髪をし、深紅の瞳を兼ね備えた少年。彼こそアレンが相棒と呼び、この教会で老齢の神父とシスターと共に暮らす少年、カイトであった。

 どこの誰の子かもわからない孤児であったカイトは赤子の頃にこの教会の前に何者かに捨てられていた。夜鳴きをする赤子の声に気がついたシスターに見つけられ、それ以来七年の月日をこの教会で過ごしている。

 初めはこの地でも見かけない黒髪に赤目というどこか不吉を感じさせるその容姿のせいで村の人々から〝魔族〟の落とし子ではないかと忌避され、村人たちから距離を置かれていた彼であったが、村の人々から信頼の厚い神父から教えられる精霊信仰の敬虔な信徒となり、実直なまでに神父の教えを学び、真面目に過ごしているうちに、いつしかトアル村の一員として迎えられるようになった。

 今では、子供たちの中でも少しだけ大人びており、いたずらなどせず教会や村の手伝いを率先して引き受ける彼を悪く村人は誰もおらず、それどころか手のかかる自分の息子や娘たちにカイトを見習って家の手伝いをしなさいと口にするまでになっていた。


「おう! お前が今日は教会の手伝いをしてるっていうのを思い出してな。どうせだから俺たちも手伝いに来てやったんだ!」


 グッと親指を突き上げながら自信満々に告げるアレンにカイトは笑顔を浮かべ喜びを顕にする。


「そっか。それは嬉しいよ。ありがとう、アレン。けど、それにしては他の皆の姿が見えないんだけど?」


「……ん? あちゃ~、しまった。また、俺だけ先に来ちまった」


 そう言ってアレンは後ろを振り返ると彼方先にまだ豆粒ほどの大きさの少年少女の影がこちらに向かってこっちに向かって進んでいるのが見えた。


「相変わらずだなぁ。アレンは普通の人と違うんだから、もう少しみんなのことを気にしてあげなよ?

 でも、これだけ人並み外れてるんだ。もしかしたらアレンは神託の儀でとんでもない加護や天職を告げられるかもしれないね」


 幼いながらも周囲の人々を惹きつけるカリスマや、とても子供だとは思えない膨大な体力。そして彼の内に秘められた数々の才能を今まで何度も目の当たりにしてきたカイトは先ほどまで掃除をしていた始原の精霊像を見上げながら呟いた。


「まあな! 俺ってばもしかしたら神託の儀ですげえ天職を授かって、将来は〝英雄〟になっちまうかもしれねえな」


「またそんなこと言って……。でも、もしかしたらアレンならありえないとは言えないのかもしれないね」


 〝英雄〟。この世界に住む人なら子供の時分に誰もが一度は口にするその言葉。ここ、トアル村に住む子供たちも例外ではなく、男の子だけで遊ぶといった時には決まって英雄ごっこが遊びの定番だ。


 神話として今でも語り継がれる御伽噺にこのようなものがある。

 天地創造の際、神は始原の精霊を作り出した。始原の精霊は己の身体から数多くの精霊を生み出し、特に四大精霊と呼ばれる大精霊と光闇の精霊と呼ばれる対の大精霊は今の世界を創造したと伝えられている。


 この世界に住む人間ならば誰でも知る有名なものだ。


 そんな御伽噺から〝英雄〟がどう繋がるかというと、それは人と魔族の始まりに繋がる。

 天地創造を行った火、水、風、土の大精霊たち。彼らは何もなかったこの世界に物質を創造した。豊かな世界。だが、そこには精霊しか存在しない。

 ある時、気まぐれに光の大精霊が精霊としてできそこなった己の分け身をいくつかこの大地に解き放った。それが原初の人間だと言われている。

 それまで精霊には存在しなかった寿命という概念が存在するできそこないの人間は繁殖力は高く、気がつけば各地に命の灯火を増やしていた。

 短い生涯ながら、みるみる数を増やしてとんでもない速度で成長し、生涯を終える人を見て光の精霊は気分をよくしたと言われている。

 やがて、そんな人間に興味を持った他の四大精霊たちは光の大精霊を真似して、さまざまな生き物を出来損ないの己の分け身から生み出した。

 だが、それらは知性を有さないものが多く、生物の中でも特に精霊に存在が近く、知性を有していた人間に気まぐれにと大精霊たちは自分たちの持つ力の種を人間に与え始めた。


――これが加護の始まりと言われている。


 そうして長い月日を経て、数を増やし文明を少しずつ発展させていた人間であったが、彼らを見て面白くないと思ったのは闇の大精霊である。

 他の大精霊と違い、闇の大精霊だけは己の眷属である精霊以外を生み出すことができないでいた。特に、光の精霊と対であっただけに彼の精霊の怒りは凄まじいものだったという。

 嫉妬と怒りに駆られた闇の精霊は光の精霊が生み出した人間を模して出来損ないの眷属をついに生み出した。


――これが〝魔族〟の始まりと言われている。


 闇の大精霊の嫉妬と怒りが生み出した魔族の力は凄まじく、当時の人間は成すすべもなく蹂躙された。出来損ないとはいえ、己の眷属である人間が一方的に蹂躙されるのを面白くないと感じた光の精霊は他の四大精霊に呼びかけ人間に魔族と戦う力を与えた。


――これが天職の始まりと言われている。


 天職。魔族と戦うための力を手に入れた人間はそれまでの一方的な蹂躙から同等の力を経て戦いを行うようになった。

 そして、それは長い月日を経た今でも続いており、そんな中人間と魔族の中に生まれた変異種と呼ぶべき超越的な存在が〝英雄〟と〝魔王〟だ。

 他とは一線を画すほど強大な力、大精霊より授けられた〝英雄〟という名の天職。神が作り出した始原の精霊より与えられたと伝えられる〝神器〟。それらを兼ね備えた英雄はその名に違わぬ一騎当千の活躍を見せ、次々と魔族を屠った。

 だが、そんな英雄に対抗するように闇の精霊もまた己の眷属である魔族に力を与えて生み出されたと言われているのが〝魔王〟だ。

 英雄と同等の力を持ち、一方的に人間を蹂躙するその変異種を人々は怖れを込めて魔族たちの王、〝魔王〟と呼び、恐怖した。

 いつの時代も〝英雄〟と〝魔王〟は現れて戦う運命にある。過去の英雄と魔王の戦いは御伽噺や歴史書として今の世にも伝えられている。

 そして、今代ではかつてないほど多くの英雄と魔王が現れ、今も平穏に見えるこの世界のどこかで戦いを続けている。

 辺境の地にあるトアル村にも時折訪れる行商人たちが都で伝え聞いた魔族と戦う英雄の物語を子供たちに語り、それに感化された子供たちが御伽噺ではない、現実に存在する英雄たちに憧れを抱くのも当然のことであった。

 事実、アレンだけでなくカイトもまた英雄という選ばれた存在に密かに憧れを抱く、どこにでもいる少年の一人だったのだから。

 だが、カイトは本当に英雄になるのならば目の前にいる少年、アレンこそがそのような人物なのだと密かに感じていた。

 誰に対しても分け隔てなく接し、明るく人を惹きつける何かを感じさせ、まだ幼いながらも数々の才能の片鱗を感じさせる人間。噂に伝え聞く〝英雄〟という人物の幼少期はこのようなものだったのだろうか? とカイトは常日頃考えていた。

 だとしたら、将来彼が〝英雄〟となり、その戦いぶりをどこかで伝え聞いたとき、自分は誰よりも真っ先に喜ぶだろうとカイトは思う。そんな英雄と自分は共に過ごして育ったのだと。周りの人々に我がことのように喜んで語るだろう。

 そんな考えにカイトが耽っていると、アレンから置いていかれた少年少女たちがようやく教会に辿り着いた。皆、息も切れ切れでこの場所に辿り着いただけで精根尽き果てたといった様子だ。

 そんな彼らを見てアレンと彼は顔を見合わせて苦笑する。


 今日もトアル村は平和だった。

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