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英雄になれなかった君に捧ぐ 早世の英雄と悔恨の精霊士  作者: 建野海
迷いの森の魔女と精霊の少女
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迷いの森の魔女

暗い、暗い闇の中。森の中には動物の声が木霊する。森へ迷い込んだ異邦人。生気の宿らぬ瞳を持って歩く屍骸の来訪を森に住む生物は歓迎していた。

 ここは〝迷いの森〟。現世と常世の境界ともいえるミンシアの生息地は当の昔に通り過ぎ、訪れたるは闇の深淵。

 大切な存在を失い、失意と絶望に囚われて生きる気力を失ったカイトは闇の奥底へとただ、歩み続けていた。

 そんな彼の周りでは、加護の働きもあってか光の玉となった精霊たちが心配そうに漂っている。だが、自分たちの〝愛し子〟が何の反応を示さぬことを悟ると興味を失ったように散っていく。

 そんな光景が何度も繰り返される中、未だ体に残る先の戦いで得た大きなダメージと心に負った永遠に癒える事のない深い傷による限界が再び訪れる。

 辺りを覆いつくす樹木から伸びる木の根に足を引っ掛け、無様にその場に転ぶカイト。もはや今の彼にとっては起き上がる気力すらも湧いてこない。

 思考は止まり、生への執着も絶えた。今はただ後悔と自罰的な感情のみが彼の心を支配する。

 そんな彼を心配するように散っていった他の精霊とは違い、一つだけ残った光の玉が幾度となく会との周りで飛び跳ねる。まるで諦めちゃだめ! とでも伝えるように。

 だが、必死でカイトを応援する精霊の声はカイトには届かない。そうして、周りの闇に溶け込むように瞼を閉じ、カイトは意識を手放そうとする。


「精霊が騒いでいるからなんじゃと思えば……ククク、これはとんだお宝が迷い込んできたわ」


 意識を手放す直前。最後にカイトの耳に届いたのは老獪なしゃべり方をする少女の声であった。



 それが夢だとカイトが気づいたのはすぐのことだった。

 黄昏に染まる世界。視線の先にはいつものようにトアル村で遊ぶ子供たちの姿がある。

 誰もがみな笑顔を浮かべていつものように英雄ごっこに興じている。そして自分はそんな彼らを少し離れた場所から眺めている。隣には大切な親友のアレンがいた。


「な~にしょぼくれた顔してんだよ」


 屈託のない笑顔を浮かべながらアレンがカイトに問いかける。


「アレン……」


 もう二度と聞くことができない友の声を聞いてカイトは泣き出しそうな思いでいっぱいになった。これは夢だ。そうわかっていても溢れる気持ちが抑えきれない。


「アレン、ごめん……ごめん」


 アレンの顔を見てカイトは謝る事しかできなかった。未来の英雄、輝かしい偉業。人類の希望。それを自分が奪ってしまったということがあまりにも罪深いことだと自覚するがゆえに。

 だが、カイトの謝罪にアレンは答えない。ただ困った顔をしてアレンはカイトを見つめていた。


「僕が、僕が余計なことをしなければ……」


 夢だとわかっているからだろう。二度と伝えることのできない悔恨の念をただひたすらにアレンへと伝えるカイト。そんな彼の言葉をひとしきり聞いたアレンは無言でその場から立ち上がった。


「……アレン?」


 カイトの問いにアレンは答えない。


「悪いな。俺、行かないと」


 そういい残し、アレンはカイトの元を離れて視線の先、英雄ごっこに興じる子供たちの下へと走っていく。


「待って! アレン!」


 咄嗟にアレンへと手を伸ばすカイト。だが、伸ばした手とは対照的にカイトの足はその場から一歩も動かない。去っていく親友の元に今すぐにでも駆け出したいのに身体は全くいうことを聞かなかった。


「アレン! 待って! 待ってくれ!」


 必死に声を上げてアレンを呼び止めるカイト。だが、アレンの歩みは止まらない。そうしてアレンが子供たちの元に辿り着いたとき、彼らの体を焼き尽くす業火がどこからともなく現れた。

 燃え盛る火の粉は子供たちの体を灰にする。そして、それはアレンも例外ではなく炎に包まれた彼はカイトが最後に目にしたアレンの死体の姿となった。


「アレエエエエエエエエエエエエン!」


 悪夢に襲われたカイトは喉が裂けるほどの絶叫を上げた。視界に写る世界の全てが灼熱の業火に覆い尽くされ、カイトは夢から覚めた。



「アレエエエエエエエエエエエエン!」


 夢の終わりと同じく叫び声を上げてカイトは目を覚ました。目覚めた彼がまず感じたのは暖かな毛布の感触。肌触りのよい獣の毛皮で作られたそれを触り、周囲へと視線を移す。


(ここは……)


 暗い室内を照らす微かな光。パチッ、パチッと火の粉を飛ばしながら燃える薪。どこかの家屋でカイトはベッドに寝かされていた。徐々に覚醒していく己の意識。夢から目覚めた直後には気づけなかったが、己の体から漂うのは村でも狩に出た際に傷を負った怪我人に使われていた薬草の匂いがした。


(誰かが、僕のことを助けてくれた……?)


 自分は確かに〝迷いの森〟にいたはずだ。しかもかなり奥深くまで歩んでいたはず。そう考えるカイトであったが、〝迷いの森〟に誰かが住んでいるなど聞いたこともない。

 そこまで考えた時、カイトの脳裏にかつてトアル村で聞いた言い伝えが蘇る。


「ん? 目が覚めたか」


 もしやとカイトが脳裏に浮かべたある予想を口にする直前、まるで闇の中から突如として一人の少女が姿を現した。


「誰?」


「ククッ。目覚めてすぐ手当てに対する礼もないとは。全く最近の若造は礼の仕方も教わっておらんようだのう。

 まあ……よい。久方ぶりに言葉を交わす人間じゃ、多少の無礼は多めにみてやろう」


 不遜な物言いで現れた少女はその外見から感じられる印象とはかけ離れた独特のしゃべり方をしていた。闇夜を漂う金の髪と鮮血を思い起こさせる深紅の瞳。そして、普通の人間とは明らかに違う長耳。

 〝迷いの森〟に伝わる一つの言い伝え。日が暮れた後、〝迷いの森〟の奥深くに進めば闇から手招きをするという魔女の伝説。


「我は貴様ら人間が魔女と呼ぶ者。イヴ・グランテーゼよ」


 精霊士と〝迷いの森〟の魔女はこうして出会った。

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